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第三章 白い悪魔と呼ばれる者達
番外編:リヒトの想い①
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「リヒト、あの子との暮らしはどうだ?」
そう問いかけてきたのは連邦陸軍大佐であり、実の兄であるウィルフリード・シェーンベルクだった。話があると言われたので仕事の話かと思い、約一ヶ月ぶりに生まれ育った家へと帰ってきたわけだが––––。
客間の扉を開けると、テーブルの上には兄が愛飲している緑色のガラス瓶と丸い氷の入ったロックグラスが用意されていたので、俺はよりによってあの酒か……と内心ゲンナリしてしまった。
「……別に普通だよ」
「そうかそうか。ま……積もる話もたくさんある。まずは乾杯といこうじゃないか」
兄は慣れた手付きでグラスにウィスキーを注ぎ、ロックグラスを俺に渡してきた。この酒は薬のような独特の味がする為かウィスキー愛好家の中でも好き嫌いがハッキリと分かれる。ちなみに俺は後者だ。
「いただきます……」
俺は少し渋い顔をしつつも素直にグラスを受け取り、兄が手に持つグラスよりも低い位置で乾杯をした。俺は飴色の液体の中に沈んでいる丸くて透明な氷を少しでも早く溶かそうと、グラスを左右にゆらゆらと傾けてからウィスキーを舐めるようにチビッと飲む。
「…………う」
過去にもこのウィスキーを飲んだ事があるので味は分かっていたはずだが、舌が受け付けようとはしなかった。鼻から抜ける独特な匂いとアルコールの苦味を感じ、俺は反射的に舌先をチョロっと出してしまう。
「ハハッ! 相変わらずこの酒は苦手か?」
「……この酒だけじゃなくて全般的に苦手だよ」
下戸ではないが酒は苦手な方だった。過去に兄に酒の飲み方を教えてやると言われて街に繰り出した事がある。兄のペースに合わせてビール、ウィスキー、ワイン等……一日で様々な酒を飲んだ。結果、二日酔いのまま演習に参加する羽目になり散々な目にあったのである。
だから、今日みたいにどうしてもお酒を飲む時はグラスの中に入っている氷が少し溶けだした頃に飲むようにしているのだ。
「でも、お前の普通は良いって意味だよな。そういえば、毎日あの子と一緒に寝てるんだって? だから、顔色が良いのか?」
「………………そうだな」
ニヤニヤと笑う兄の表情を見て、俺は弱みを握られてるような気分になった。情報元は兄の邸宅から派遣されてきたテオバルトとドロテーアだろう。だが、あの二人の本当の主人は兄夫妻なので彼等を咎める気にもなれず、長い沈黙後に肯定する事しかできなかった。
「別に恥ずかしがる事ないだろ? 俺だって毎日ベルタと寝てるんだから」
「兄さん達は夫婦じゃないか……あ、そうだ。後、客人が来てる時くらいセックスは自重するべきだ。あの夜、シャリファは兄さん達の寝室近くで迷って耳まで真っ赤になってたんだぞ? 俺が止めに入ってなかったらどうなってた事か––––」
「ははぁー、だからあんなに恥ずかしそうにしてたって訳か……」
特に恥ずかしがる様子もなくウィスキーを味わうように飲む兄の姿を見て、俺は自分の感覚が少しズレているのかと頭を抱えそうになった。だが、自分は絶対に間違ってないと自身に言い聞かせ、溜息混じりにロックグラスをテーブルに置く。
「シャリファの様子を見るに男と接する機会は少なかったんだと思う。義姉さんにも彼女に変な入れ知恵しないように釘を刺しておいてくれよ?」
その発言を聞いた兄は何かを思い付いたかのようにニヤリと口角を上げた。俺は猛烈に嫌な予感がしてウィスキーのボトルに向かって手を伸ばしたが、後もう少しというところで兄に取り上げられてしまった。
「あっ、コラ!」
「これは兄さんからの奢りだ。ほら、たんと飲め」
兄が俺のロックグラスの縁までウィスキーをなみなみと注いでしまった。ちなみに上官から注いでもらった酒は一滴残らず飲み干して帰るのが連邦軍人のマナーでもある。それは兄弟間であっても然りだ。
「やめろ、俺を潰す気か?」
「明日は遅出だろ? 兄さんはまだまだお前とシャリファの恋模様を聞きたいんだが」
「期待したって無駄だぞ。面白い話なんて一つもないからな」
「いいから飲め。あの子とお前の話を聞かせろ。いいか? これは上官命令だ」
してやったりというような笑みを浮かべながら命令をする兄を見て、俺は猛烈にイラッとした。いつも都合の良い時だけ上官命令をを使ってきやがって! そう思いながら不服そうな顔で「……いただきます、大佐殿」と答える。
さっさと飲み干して早く帰ろうとウィスキーを胃に流し込んだ––––これがまずかった。
◇◇◇
アルコールが回ってきたのか頭がボーッとする。
俺はいつの間にか兄が聞いてきた事をそのまま素直に答えるようになっていた。その様子を見た兄はニコニコと笑いながらグラスに水を注いでくれた。
「それで? シャリファに色々買ってやってるのか?」
「あぁ……この前はシャリファの為に靴を買ったんだ。そしたら思いの外、凄い喜んでくれてさ。彼女の外見はアストライア人そのものだけど、とても良い子なんだ。でも––––」
「でも?」
「俺のやってる事が段々気持ち悪く思えてさ。一回りも違う年下の女の子に贈り物ばっかりして良いのかって思うんだよ。なんだか、その……側から見たら彼女に振り向いてもらう為に必死に貢いでるみたいで嫌なんだ」
いつもは人に相談しない性質なのだが酔っている手前、気が付けば悩みをぶちまけていた。というのも兄夫婦は一回り歳が離れている為、いつか兄の意見を聞いてみたいという気持ちが心のどこかにあったからかもしれない。
それを聞いた兄は俺がそこまでシャリファにのめり込んでいるとは思っていなかったようで「ほー……つまり、リヒトはシャリファの事が好きって訳だな?」と確認を取ってきた。
その問いかけに俺はすぐに答える事ができなかった。
何故なら、年の差に加えて俺自身がまだ既婚者である事。シャリファの外見がアストライア人と全く同じ容姿をしている事も関係していた。
俺と一緒にいるせいで軍上層部にシャリファの存在が知られたら処刑されてしまうのではないか? だったら、俺と一緒にいない方が幸せなんじゃないか? と考えていたからだった。
一人で考え込む俺の様子を見て「色んな問題はあるかもしれないが、一先ずお前がシャリファの事が本当に好きなのかハッキリさせよう。それからの問題は一緒に考えたら良いじゃないか」と兄に諭された俺はフーッと息を吐き、冷静にシャリファの事が本当に好きなのか考えてみた。
あれだけ仲良くしないと誓っていたのに、いつの間にかシャリファの喜ぶ顔を見るのが好きになっている自分がいた。彼女と喋ると暖かく穏やかな気持ちになる。彼女を揶揄うのも反応が可愛いからついやり過ぎてしまう時があるし、コロコロと表情が変わるのが見てて面白い。特に優しく頭を撫でると頬がほんのりとピンク色に染まるのも好きだった。
「…………多分、好きだ」
兄の目の前でシャリファに対する気持ちを露わにするのは気恥ずかしくて多分を使ったが、彼女の事は本当に好きだ。自分の妻にも抱いた事のない気持ちに戸惑いを覚え、思わず顔を赤くさせて口元を隠すように手を当てる。そんな俺の反応を見た兄は機嫌良く笑った。
「全く、初々しい反応だな。それじゃ、さっさと女狐とは別れるように事を進めないとな。そうじゃないと、シャリファはお前と距離を縮めようとはしないだろ」
「それはそうだが、シャリファの容姿はアストライア人そのものだ。特に父さんが彼女を見たらどう思うか––––」
俺達の父親は身体の弱い母親と共に既に隠居生活を送っていた。話が長くなるので割愛するが、兄は半ば強引に父親から家督を取り上げた過去がある。父は俺達を厳しく育て、昔ながらの仕来りや伝統を重んじるようにと教育してきた。
「フン、父さんの事なんて知った事か」
兄は少し表情を歪ませながら、ウィスキーを荒々しく飲み干した。
「彼女は連邦の人間だ。彼女に石を投げる奴が一人でもいたらお前も俺もベルタも絶対に許さないだろ? 俺達で彼女を守っていったら良いじゃないか」
「勿論、そのつもりだ。だけど、俺が彼女を守れるようにする。兄さん達はよっぽどの事がない限り手を出さないでくれ」
お互い熱くなってる時はどうも早口になってしまうのが俺達兄弟の悪い癖だ。いつもは引かない兄も今回だけは「……了解しました、大尉殿」と微笑みながら俺の意見に同意してくれたのだった。
「とりあえず、お前達の仲が進展してて安心したぞ。さぁ、次は仕事の話をしようか」
「話の順序が逆じゃないか?」
「俺は気になったらずっとその事が気になる性質なんだ。それはお前もよく知ってるだろ? それに仕事の話はすぐに終わる」
兄の表情が真剣になった。その表情を察するにあまり良い話ではないらしい。俺はアルコールの回った頭を無理やり起こして仕事モードに切り替える。
「首都を中心に連邦では使用されていない武器がいくつも見つかった。それらの武器は連合王国でよく使われている類のものばかり……しかも人が出入りしたような形跡が残っていた」
「アストラ氷河洞窟の残党ですか?」
ピリッとした空気に包まれた。
「その可能性が高いと見ている。ここ数日の間で動きがあるかもしれないから警戒しておけ。特にお前は先日の氷河洞窟で指揮した件もある。恨みを買ってるかもしれないから誰かと常に行動を共にしろ。単独行動は避けるんだ」
「……分かりました。気をつけて任務にあたります」
神妙な表情で頷く俺を見て、兄は両手を上げて伸びをした。
「さて、今日はこれくらいにしようか。また進展があれば追って通達する。もう二十二時だし、シャリファもお前の帰りを待ってるんじゃないか?」
「そうだな。あの子は俺が戻らない限り、永遠に起きて待ってる子だから」
「フフッ、健気な子だな。やっぱり、ベルタの目に狂いはなかったというわけだ」
「……だな」
俺が同意すると兄も誇らしげに笑った。
「とにかくだ、帰ってあの子とイチャイチャしながら寝ろ。このご時世、軍人は命がいくつあっても足りないからな」
「残念ながら兄さんが期待しているような展開はないぞ。俺は結婚してからじゃないと手を出さないって決めてるんだ」
「ふーん? 果たして、いつまで保つかな~?」
ニヤニヤと笑う兄を見て、俺はムッと口をへの字にさせた。
「煩い。人の詮索をする前に義姉さんが待ってるだろ? 自分こそ早く嫁の所に行ってイチャイチャしてこいよ」
「あぁ、勿論だ。俺は今日も思う存分にベルタを愛し尽くすぞ!」
兄はそう宣言しながら軽快に立ち上がった。
俺も水を飲み干してから立ち上がり、相談に乗ってもらったお礼を告げて本邸を後にしたのだった。
「リヒト、あの子との暮らしはどうだ?」
そう問いかけてきたのは連邦陸軍大佐であり、実の兄であるウィルフリード・シェーンベルクだった。話があると言われたので仕事の話かと思い、約一ヶ月ぶりに生まれ育った家へと帰ってきたわけだが––––。
客間の扉を開けると、テーブルの上には兄が愛飲している緑色のガラス瓶と丸い氷の入ったロックグラスが用意されていたので、俺はよりによってあの酒か……と内心ゲンナリしてしまった。
「……別に普通だよ」
「そうかそうか。ま……積もる話もたくさんある。まずは乾杯といこうじゃないか」
兄は慣れた手付きでグラスにウィスキーを注ぎ、ロックグラスを俺に渡してきた。この酒は薬のような独特の味がする為かウィスキー愛好家の中でも好き嫌いがハッキリと分かれる。ちなみに俺は後者だ。
「いただきます……」
俺は少し渋い顔をしつつも素直にグラスを受け取り、兄が手に持つグラスよりも低い位置で乾杯をした。俺は飴色の液体の中に沈んでいる丸くて透明な氷を少しでも早く溶かそうと、グラスを左右にゆらゆらと傾けてからウィスキーを舐めるようにチビッと飲む。
「…………う」
過去にもこのウィスキーを飲んだ事があるので味は分かっていたはずだが、舌が受け付けようとはしなかった。鼻から抜ける独特な匂いとアルコールの苦味を感じ、俺は反射的に舌先をチョロっと出してしまう。
「ハハッ! 相変わらずこの酒は苦手か?」
「……この酒だけじゃなくて全般的に苦手だよ」
下戸ではないが酒は苦手な方だった。過去に兄に酒の飲み方を教えてやると言われて街に繰り出した事がある。兄のペースに合わせてビール、ウィスキー、ワイン等……一日で様々な酒を飲んだ。結果、二日酔いのまま演習に参加する羽目になり散々な目にあったのである。
だから、今日みたいにどうしてもお酒を飲む時はグラスの中に入っている氷が少し溶けだした頃に飲むようにしているのだ。
「でも、お前の普通は良いって意味だよな。そういえば、毎日あの子と一緒に寝てるんだって? だから、顔色が良いのか?」
「………………そうだな」
ニヤニヤと笑う兄の表情を見て、俺は弱みを握られてるような気分になった。情報元は兄の邸宅から派遣されてきたテオバルトとドロテーアだろう。だが、あの二人の本当の主人は兄夫妻なので彼等を咎める気にもなれず、長い沈黙後に肯定する事しかできなかった。
「別に恥ずかしがる事ないだろ? 俺だって毎日ベルタと寝てるんだから」
「兄さん達は夫婦じゃないか……あ、そうだ。後、客人が来てる時くらいセックスは自重するべきだ。あの夜、シャリファは兄さん達の寝室近くで迷って耳まで真っ赤になってたんだぞ? 俺が止めに入ってなかったらどうなってた事か––––」
「ははぁー、だからあんなに恥ずかしそうにしてたって訳か……」
特に恥ずかしがる様子もなくウィスキーを味わうように飲む兄の姿を見て、俺は自分の感覚が少しズレているのかと頭を抱えそうになった。だが、自分は絶対に間違ってないと自身に言い聞かせ、溜息混じりにロックグラスをテーブルに置く。
「シャリファの様子を見るに男と接する機会は少なかったんだと思う。義姉さんにも彼女に変な入れ知恵しないように釘を刺しておいてくれよ?」
その発言を聞いた兄は何かを思い付いたかのようにニヤリと口角を上げた。俺は猛烈に嫌な予感がしてウィスキーのボトルに向かって手を伸ばしたが、後もう少しというところで兄に取り上げられてしまった。
「あっ、コラ!」
「これは兄さんからの奢りだ。ほら、たんと飲め」
兄が俺のロックグラスの縁までウィスキーをなみなみと注いでしまった。ちなみに上官から注いでもらった酒は一滴残らず飲み干して帰るのが連邦軍人のマナーでもある。それは兄弟間であっても然りだ。
「やめろ、俺を潰す気か?」
「明日は遅出だろ? 兄さんはまだまだお前とシャリファの恋模様を聞きたいんだが」
「期待したって無駄だぞ。面白い話なんて一つもないからな」
「いいから飲め。あの子とお前の話を聞かせろ。いいか? これは上官命令だ」
してやったりというような笑みを浮かべながら命令をする兄を見て、俺は猛烈にイラッとした。いつも都合の良い時だけ上官命令をを使ってきやがって! そう思いながら不服そうな顔で「……いただきます、大佐殿」と答える。
さっさと飲み干して早く帰ろうとウィスキーを胃に流し込んだ––––これがまずかった。
◇◇◇
アルコールが回ってきたのか頭がボーッとする。
俺はいつの間にか兄が聞いてきた事をそのまま素直に答えるようになっていた。その様子を見た兄はニコニコと笑いながらグラスに水を注いでくれた。
「それで? シャリファに色々買ってやってるのか?」
「あぁ……この前はシャリファの為に靴を買ったんだ。そしたら思いの外、凄い喜んでくれてさ。彼女の外見はアストライア人そのものだけど、とても良い子なんだ。でも––––」
「でも?」
「俺のやってる事が段々気持ち悪く思えてさ。一回りも違う年下の女の子に贈り物ばっかりして良いのかって思うんだよ。なんだか、その……側から見たら彼女に振り向いてもらう為に必死に貢いでるみたいで嫌なんだ」
いつもは人に相談しない性質なのだが酔っている手前、気が付けば悩みをぶちまけていた。というのも兄夫婦は一回り歳が離れている為、いつか兄の意見を聞いてみたいという気持ちが心のどこかにあったからかもしれない。
それを聞いた兄は俺がそこまでシャリファにのめり込んでいるとは思っていなかったようで「ほー……つまり、リヒトはシャリファの事が好きって訳だな?」と確認を取ってきた。
その問いかけに俺はすぐに答える事ができなかった。
何故なら、年の差に加えて俺自身がまだ既婚者である事。シャリファの外見がアストライア人と全く同じ容姿をしている事も関係していた。
俺と一緒にいるせいで軍上層部にシャリファの存在が知られたら処刑されてしまうのではないか? だったら、俺と一緒にいない方が幸せなんじゃないか? と考えていたからだった。
一人で考え込む俺の様子を見て「色んな問題はあるかもしれないが、一先ずお前がシャリファの事が本当に好きなのかハッキリさせよう。それからの問題は一緒に考えたら良いじゃないか」と兄に諭された俺はフーッと息を吐き、冷静にシャリファの事が本当に好きなのか考えてみた。
あれだけ仲良くしないと誓っていたのに、いつの間にかシャリファの喜ぶ顔を見るのが好きになっている自分がいた。彼女と喋ると暖かく穏やかな気持ちになる。彼女を揶揄うのも反応が可愛いからついやり過ぎてしまう時があるし、コロコロと表情が変わるのが見てて面白い。特に優しく頭を撫でると頬がほんのりとピンク色に染まるのも好きだった。
「…………多分、好きだ」
兄の目の前でシャリファに対する気持ちを露わにするのは気恥ずかしくて多分を使ったが、彼女の事は本当に好きだ。自分の妻にも抱いた事のない気持ちに戸惑いを覚え、思わず顔を赤くさせて口元を隠すように手を当てる。そんな俺の反応を見た兄は機嫌良く笑った。
「全く、初々しい反応だな。それじゃ、さっさと女狐とは別れるように事を進めないとな。そうじゃないと、シャリファはお前と距離を縮めようとはしないだろ」
「それはそうだが、シャリファの容姿はアストライア人そのものだ。特に父さんが彼女を見たらどう思うか––––」
俺達の父親は身体の弱い母親と共に既に隠居生活を送っていた。話が長くなるので割愛するが、兄は半ば強引に父親から家督を取り上げた過去がある。父は俺達を厳しく育て、昔ながらの仕来りや伝統を重んじるようにと教育してきた。
「フン、父さんの事なんて知った事か」
兄は少し表情を歪ませながら、ウィスキーを荒々しく飲み干した。
「彼女は連邦の人間だ。彼女に石を投げる奴が一人でもいたらお前も俺もベルタも絶対に許さないだろ? 俺達で彼女を守っていったら良いじゃないか」
「勿論、そのつもりだ。だけど、俺が彼女を守れるようにする。兄さん達はよっぽどの事がない限り手を出さないでくれ」
お互い熱くなってる時はどうも早口になってしまうのが俺達兄弟の悪い癖だ。いつもは引かない兄も今回だけは「……了解しました、大尉殿」と微笑みながら俺の意見に同意してくれたのだった。
「とりあえず、お前達の仲が進展してて安心したぞ。さぁ、次は仕事の話をしようか」
「話の順序が逆じゃないか?」
「俺は気になったらずっとその事が気になる性質なんだ。それはお前もよく知ってるだろ? それに仕事の話はすぐに終わる」
兄の表情が真剣になった。その表情を察するにあまり良い話ではないらしい。俺はアルコールの回った頭を無理やり起こして仕事モードに切り替える。
「首都を中心に連邦では使用されていない武器がいくつも見つかった。それらの武器は連合王国でよく使われている類のものばかり……しかも人が出入りしたような形跡が残っていた」
「アストラ氷河洞窟の残党ですか?」
ピリッとした空気に包まれた。
「その可能性が高いと見ている。ここ数日の間で動きがあるかもしれないから警戒しておけ。特にお前は先日の氷河洞窟で指揮した件もある。恨みを買ってるかもしれないから誰かと常に行動を共にしろ。単独行動は避けるんだ」
「……分かりました。気をつけて任務にあたります」
神妙な表情で頷く俺を見て、兄は両手を上げて伸びをした。
「さて、今日はこれくらいにしようか。また進展があれば追って通達する。もう二十二時だし、シャリファもお前の帰りを待ってるんじゃないか?」
「そうだな。あの子は俺が戻らない限り、永遠に起きて待ってる子だから」
「フフッ、健気な子だな。やっぱり、ベルタの目に狂いはなかったというわけだ」
「……だな」
俺が同意すると兄も誇らしげに笑った。
「とにかくだ、帰ってあの子とイチャイチャしながら寝ろ。このご時世、軍人は命がいくつあっても足りないからな」
「残念ながら兄さんが期待しているような展開はないぞ。俺は結婚してからじゃないと手を出さないって決めてるんだ」
「ふーん? 果たして、いつまで保つかな~?」
ニヤニヤと笑う兄を見て、俺はムッと口をへの字にさせた。
「煩い。人の詮索をする前に義姉さんが待ってるだろ? 自分こそ早く嫁の所に行ってイチャイチャしてこいよ」
「あぁ、勿論だ。俺は今日も思う存分にベルタを愛し尽くすぞ!」
兄はそう宣言しながら軽快に立ち上がった。
俺も水を飲み干してから立ち上がり、相談に乗ってもらったお礼を告げて本邸を後にしたのだった。
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