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第三章 白い悪魔と呼ばれる者達

第二十話

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「––––銀色のお星様。私の愛しい宝物」

 誰かが私の頭を優しく撫でながら歌っていた。聞いた事のない声のはずなのにとても安心できる声だった。
この声の持ち主と話したかったが、異常な程の眠気が私を襲っていた。身体が鉛に変わったのかと錯覚する程に重たく感じる。でも、不思議と不安に感じなかった。

「シャリファ……起きて、シャリファ」

 …………ん。

 その呼びかけに反応するかのように薄らと瞼を開いた。目を閉じていた時とは一変して空が暗い。

 ここはどこ?

 真っ暗な空に散らばっている銀色のお星様をボーッと眺めていると、誰かがひょっこりと私の顔を覗き込んできた。

「おはよう……って、まだ寝るの?」

 うん……凄く眠いの。放っておいて。

 優しい声に反発するように私は目を閉じて寝返りを打つ。すると、温かな手が私の頭を再び撫でてきた。

「全く……朝が弱いのはあの人譲りね。そういえば、貴方も小さい頃からずっと寝てる子だったわ」

 あの人って誰? それに私の小さい頃って?

「ほら、早く帰りなさい。貴方の事、とても心配してくれてる人がいるでしょ?」

 私の心配? 誰が私の心配をしてくれてるの?

「全部忘れちゃったの? あぁ……まだ彼との想い出がまだ少ないせいね。ほら、私が手伝ってあげる。毎夜、貴方の頭を撫でて一緒に眠っていた愛しい人の名前は? シャリファは彼の事が大好きでしょう? ゆっくりで良いから思い出しなさい」

 私の好きな人の名前? 私の頭を撫でてくれてた人? 

 ボーッとする頭でぼんやりと考えていると、柔らかな黒い髪に綺麗な翡翠色の目と、いっつも顰めっ面をしている男の人が浮かんできた。

 何これ……どうして、その人を想うだけでドキドキするの? この感覚は確か……あの人に頭を撫でられた時と同じの感覚だわ。これが好きって事?

「そうよ。さぁ、彼の名前は?」

 …………名前はリヒト・シェーンベルク。
歳は一回り離れてるけど、私が好きになった人。彼に会ってもう一度ハグしてもらいたい。今度は背後からじゃなくて、真正面からギュッてして欲しいなぁ……。

「思い出した? 彼、貴方が目を覚さないからすっごく心配してるわ」

 リヒトさんが? それに私が目を覚さないってどういう事? 私、ちゃんと起きて喋ってるよ?

「ほら、今度こそちゃんと起きて。貴方がここに来るのはまだ早いわ。私も早く大好きなあの人に早く会いけど、何十年後なんだろうなぁ……私もあの人に優しく抱きしめてもらいたい」

 大好きなあの人? 何十年後? 待って、何言ってるか分からないよ……貴方は一体、誰なの?

「貴方は私の宝物。貴方は可愛い私の––––」

 ま、待って! 私の質問にちゃんと答えて!

◇◇◇

「……う」

 ピッ……ピッ……という機械の小さな音が聞こえてくる。目を薄らと開いてみると、白いカーテンと見知らぬ白い天井が広がっていた。そして、鼻につく薬品の独特の香り。

 視界がぼやけてよく見えないけど、私は病院のベッドの上にいるの?

「…………シャリファ?」
「あ、うぅ……」

 久しぶりに喋るせいなのか上手く声が出せなかった。
酸素マスクをしたまま軽く咳をするだけで胸がズキズキと痛んだので、私は恐々と呼吸をしてみる。

 ゆっくりと瞬きしながら声がした方へ意識を向けると、大好きな翡翠色の大きな目があった。リヒトさんの目の下には薄らと隈が出来始めている。どうやら、不眠症が再発しているようだ。

「シャリファ!?」

 リヒトさんは突っ伏した状態からバッと上体を起こした。か細い声で「リ……ヒト、さん?」と呼ぶと、彼の表情は一気に和らいだ。

「あぁ、俺だ! 俺の事が分かるか!?」
「はい。ずっと……会いたかったです」
「俺も君に会いたかった。もう会えないんじゃないかと思って怖くなったんだ」

 その言葉を聞いて私はポロポロと涙が溢れた。
それはリヒトさんも同じだったらしく、目尻に涙を浮かべながら私の額や瞼に何度もキスを落としてくれた。

「今、担当医を呼んだからもう少し我慢してくれ」
「……私、どれくらい寝てたんでしょう?」
「一ヶ月を過ぎたくらいだ。本当に危なかったんだぞ? 出血が多くて心臓も止まったんだから」
「し、心臓も……?」

 う、嘘でしょ。そんな危ない状態だっただなんて!
よく帰って来れたなぁ……夢に出てきたあのお姉さんに感謝しないと!

 リヒトさんはホッと安堵の溜息を吐いた後、何故かニヤリと口角を上げた。

「言いたいはたくさんあるけど、シャリファが無事で良かったよ。退院したら……お仕置きだから覚悟しとけよ?」
「お仕置き…………あっ!?」

 そうだ! 私ったらリヒトさんの外出禁止命令を破ったんだった! うわぁ、どうしよう。どんなお仕置きされちゃうんだろ。出来れば、痛くないのが良い。

「ゴ、ゴメンナサイ! デキレバ、イタクシナイデクダサイ!」
「君は俺を何だと思ってるんだ? 痛いお仕置きなんてするわけないだろ? そうだな…………シャリファの状態が良くなるまでとことん甘やかす刑にしようか」
「わ、私をとことん甘やかす刑? それってどんな刑なんですか?」

 私が酸素マスクを外しながら質問すると、リヒトさんは「秘密」と言うだけでいくら聞いても教えてくれなかった。だが、この前のような続きをするのかなと考えるだけで恥ずかしくなってしまう。

 この前、背中にキスを落としたやつだったら照れるけど、リヒトさんとならシャリファは頑張ります!

 勝手に想像して、勝手に意気込む私であった。

「あ……そういえば、ベスはどうなったんですか?」
「彼女は捕虜として地下独房に入れられている。後、今回の事件はテロだとは公にしないという事になったんだ」

 リヒトさんがバツが悪そうに私から目を逸らしたので、私は軽く唇を噛んだ。

「……それは私とベスがアストライア人だからですか?」

 私の言葉にリヒトさんは言葉を詰まらせたが、暫くしてから「……そうだ」と厳しい表情で肯定したので、私はギュッと病衣を握りしめた。

「だが、聞いてくれ。君の国籍は連邦なんだ。書類が通らなかったのは君の容姿がアストライア人そのものだったからだろう。けど、君がどうして俺達の家が経営している孤児院にいたのか調べてもよく分からなかったんだ」
「……そう、なんですね」

 誰が私を孤児院に入れたのか? 両親はどんな人なのか? 両親は生きているのか? 死んでいるのか?

 今まで考えた事がなかったけど……もしかしたら、私のルーツを辿る時が来たのかもしれない。

「……リヒトさん。私、自分が何者なのか知りたいです。出来る事ならベスにも会って、アストライア連合王国がどういう国なのかも聞いてみたいんです」
「捕虜と会うのは正直厳しいだろうな。だが、怖くないのか? 君の事を刺したんだぞ?」

 リヒトさんが心配そうな表情で言う。

「怖くないです。あの子と話して感じたんですけど、多分……視野が狭くなってるだけだろうなって思ったので」
「そうか……恐らく条件付きになると思うが、前向きに検討はしてみよう」
「あ、ありがとうございま……あだだだだっ!」

 私はお礼を言おうと身体を起こそうとしたが、ずっと寝たきりという事もあって身体が硬直してしまったらしく、少し動かしただけでこうだ。

 リヒトさんも私の痛がりように血相を変えながら心配してくれた。

「そのまま寝ててくれ。無理はするな」
「は、はい。すみませ––––?」

 ほんの少しだけ香る煙草の匂い。
どうして、リヒトさんの顔が目の前にあるんだろ? 待って。こ、これ……キスしてるの? 私とリヒトさんが? ゆ、夢じゃないよね?

「……ん」

 リヒトさんの唇、暖かくて柔らかいなぁ。キスってすっごく緊張しちゃうなぁとか色々考えてるうちに唇を離されてしまった。

「あ、えっと……」

 顔に火が着いたかのように熱くなった。恥ずかしすぎて目を合わせられなかったが、私の反応を見てリヒトさんがクスクスと笑う。

「一つ大人になったな」
「は、はい」
「……もう少し」
「はい?」
「もう少し待っててくれ。ちゃんとするから」

 リヒトさんの言ったちゃんとするという意味があまり分かっていないまま「は、はい……」と返事をする。

 だが、今のはどう言う意味だったのか質問するべきだと思い、彼に話しかけようとするがタイミングが悪くノックが三回鳴り、担当医が私の体調を見にやってきた。

「シャリファさん、体調はいかがですか? おや、顔が少し赤いようですが–––」
「気分は悪くないようです。後は診察をお願いします。私は一度、家族と連絡を取りますので」

 そう言って席を立ったリヒトさん。
彼にお礼を言ってなかったと思い、声をかけようとしたが、かつてないくらい彼の耳が真っ赤に染まっていたのを私は見逃さなかった。
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