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第三章 白い悪魔と呼ばれる者達
第十九話 ※
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「うぅ~ん、美味しい~♡」
私はスプーンでジェラートを掬って一口頬張ると、ストロベリーの甘酸っぱい味が口一杯に広がった。
隣に座っているベスも一心不乱にチョコレート味のジェラートをパクパクと食べている。彼女の様子を見て、私はチョコレートがよっぽど好きなんだなぁ……と微笑みながら見ていたのだった。
「ご、ご馳走様でした……」
あっという間にジェラートを完食したベス。彼女が席を立とうとしたので、私は「ちょっと待って!」と声をかけた。
「どこか行く予定があるの?」
「まぁ、一応……」
「じゃあ、途中まで一緒に行かない? 私、迷子になっちゃって。さ、寂しいから一緒にいて欲しいの……」
ベスはジェラートを奢ってもらった手前、私の誘いをどう断るのか少し悩んでいるような反応を見せた。
もしかしたら、大事な用だったのかもしれない。断り難い事を言っちゃったかも……と私が少し心配していると、ベスは「良いよ」と返事をしてくれたのだった。
「本当!? ありがとう、ベス!」
「う、うん……」
彼女にギュッと抱きつくと、私は嗅いだ事のある匂いに一瞬、我に返った。
これは––––銃の匂い? リヒトさんが仕事で帰って来た時と同じ香りがする。これ、なんて言う匂いなんだっけ……?
私がベスに抱き付いたまま悩んでいると、彼女は離して欲しいという意味を込めてポンポンと肩を叩いてきた。
「シャリファ、皆見てるから……」
「あ……ゴメンゴメン! ベスが暖かいから、ついそのまま抱き着いちゃってた!」
そう言って苦笑いしながら一旦距離を取った。
ベスの表情を見てみると、少し照れたかのようにほんのり頬を赤くさせていたので、私はさっきの匂いを気のせいだと思い込む事にした。
◇◇◇
私達は公園から離れて海沿いの道を歩いていた。雨が降り出しそうなのか雲行きが怪しく、風が少し強く吹き始めている。
雨宿りした方が良いんじゃないかと思ってベスの表情を見てみると、彼女の顔付きがどんどん険しいものになっていたのでどうにも話しかけ辛くなっていた。
私はどうしたものかと悩んでいると、白いセーラー服を着た男性二人組とすれ違った。
「おい、聞いたか? さっき軍司令部で爆発があったらしいぜ?」
「もしかして、白い悪魔の仕業か?」
……白い悪魔? 何それ。
聞いた事のない言葉のはずなのに何故かチクンと心が痛んだ。
「ねぇ、今の言葉って––––」
ベスに白い悪魔が何を指すのか聞こうとしたが、眉間に刻まれた皺がより深いものになっていた。私は恐る恐る「ベス……?」と声をかけると、彼女はハッとして「ど、どうしたの?」驚いたような反応をみせた。
「怖い顔してたよ? 大丈夫?」
「あ……うん、大丈夫だから」
「そういえば、ベスはどこへ行く途中だったの?」
「あそこよ」
ベスが指を指した方向には港と倉庫街があった。
三隻の船が停泊しており、荷物を搬出している最中なのか人の出入りが激しい事が遠くから見ても分かる。それに加えて一般の人達が軍服を着ている人達と抱擁している姿もあちこちに見えた。
「もしかして、ベスもお友達が軍にいるの?」
「まぁ、そんな所かな」
「そっか。私の親友も成人したと同時に徴兵制度で軍に行っちゃったの」
「……シャリファは軍に行かなかったの?」
「うん、実は書類審査で落ちちゃって。今も理由は分からないの––––キャッ!」
突然、海側から強風が吹いたせいで帽子が脱げてしまった。地面に落ちた帽子を手に取り、慌てて帽子を被ってベスの方を振り返った。
「今の凄い風だったね…………ベス、どうしたの?」
「シャリファ––––、––?」
ベスの口からこの国では聞いた事のない言葉が聞こえてきた。
「……え?」
突然の言葉に私はただ呆然とするばかり。
その様子を見たベスは私の肩を強く掴んで、何かを問いただすような口調で私に話しかけてきた。
「––––! ––––––––!?」
「ご……ごめん、ベス。今、何て言ったの?」
「……シャリファ、私の言葉が分からないの?」
「う、うん……ベス、貴方はどこの国の人なの?」
怪訝な表情で頷く私を見たベスは驚いたような表情に変わった。そして、また何かを悩みボソボソと一人で何かを呟いた後、グイッと私の手を強引に引っ張った。
「い、いきなり何をするの!?」
「……帰ろう」
「ど、どこへ?」
「私達の祖国、アストライア連合王国へ!」
……アストライア連合王国? どうして、その国名がベスの口から出てくるの?
「待って、ベス! 私はアストライア人じゃないわ!」
「シャリファ、貴方は連邦の人間に洗脳されてしまったの? 貴方のその容姿は連邦の人間じゃないわ、その透き通るような白い肌に美しい銀髪はアストライア人のものよ!」
突如、強風が吹き荒れた。ザァァァァ……と公園内に生えているシラカシの枝がしなってざわめいている。
私は何と答えて良いか分からなくて呆然と立ち尽くす事しか出来ず、幼い頃のショックな記憶が走馬灯のように蘇ってきたのだった。
◇◇◇
「うわぁぁぁぁん、ヴェロニカァァーー!」
五歳の私は親友の名前を呼びながらリビングのど真ん中で大号泣していた。他の施設の定員が超過した為、一時的にうちの施設に身を寄せていた歳上の子達に私は虐められていたのだ。
「今のうちにやっちまおうぜ」
男の子達は先生から見えないように私を取り囲んだ。
内二名の男の子は私を暴れられないように羽交締めにしてから私の髪を乱暴に引っ張ってニヤリと笑った。
シャキ……シャキ……シャキン!
目の前に立つ男の子が手に持つハサミで数回に分けて髪を切り落とし、挙げ句の果てに切り落とした髪を乱暴に投げ付けてきた。
「や、やめて……なんでこんな事するの?」
恐ろしくて蚊の鳴くような声しか出せないのを見た男の子達は憎しみを込めて私を見つめていた。
「黙れよ、白い悪魔!」
髪を切り落とした男の子がハサミの刃先を向けながら私に罵声を浴びせ、バシッと頬を叩いてきた。私はその衝撃で床に倒れ込み、その上から思いっきり足で踏み付けられる。
「お前達が俺の父ちゃんと母ちゃんを殺したんだ!」
「ギャッ! こ、殺してないよ……私は殺してない!」
「黙れ! 俺の父ちゃんはなこうやって殺されたんだ!」
刃先を向けて来られたので私は危険を感じ、咄嗟に手で頭を守った。すると、廊下側からヴェロニカの「先生、こっち!」という声が聞こえてきたのだった。
刃先が私の目に突き刺さる間一髪の所で、先生が息を切らしながら駆けつけてくれたのだ。
「コラッ! 貴方達、何をしてるの!?」
「や、やべ……逃げるぞ!」
男の子達は先生達に捕まえられ、別室へ連れて行かれた。
その日以降、彼らを反省させる為に別室に缶詰にした後、すぐに別の施設へと移送されていったのを思い出したのだ。
あの後、ヴェロニカや先生達がすごく心配してくれたし、楽しかった時の思い出の方が多かったからすっかり忘れていたわ。
後は……ヴェロニカ達と外で遊んでいて、ボールが遠くに飛んで行った時に孤児院の門の向こう側に立っていたお爺さんも私に向かって「この白い悪魔め!」と言われたような気がしないでもない。
もしかして、書類審査が通らなかったのも私がアストライア人だから––––?
確かに私は連邦に住う人達と容姿が違う。
ベルタさん達は最初から私がアストライア人だって知ってて引き取ったの? もしかして……リヒトさんもそれを知っていたから私を外に出さなかった––––?
「皆、私に内緒にしてたの……?」
どうして? という思いが私の心を支配する。
普段感じられない黒くてドロリとした感情が渦巻いたが、ベスに手を握られてハッと我に返った。
「私の上司に会わせてあげる。今、国と連絡を取ろうとしてるみたいだし、私達と一緒に帰ろう?」
そう言ってベスは私の返事を待たずに強引に手を引いて歩き出したが、私は歩こうとしなかった。
「……シャリファ?」
「ベス、私の家族はそっちにはいないよ。私がそっちに帰ったら何が待ってるの?」
「す、少なくともさっきすれ違った奴等みたいに私達を差別する奴はいなくなる。それに私達の国は美しくてとても気高い……世界に誇れる国なんだ!」
誇らしげに自国の事を語る彼女を見たが、私にはアストライア連合王国になんの魅力も感じなかった。
ヴェロニカと離れ離れになって今でも寂しい思いをしているのにそちらの国に行ってしまえば、リヒトさんとも––––。
「……あ」
どうして胸がギュッて締め付けられるの?
まだリヒトさんと出会って一ヶ月しか経ってないし、恋人同士でもない。なのにどうしてこうも胸がギュッて苦しくなるんだろう。
私はこの短時間のうちに色んな事を思い出していた。
リヒトさんと初めて出会った時、何故か冷たくされたけど後から優しい人なんだと気づいた事。私の為に靴や紅茶を買ってきてくれた事。私がわざと寝たフリをしていた時、腕枕をしながらずっと頭を優しく撫でてくれた事––––たくさんの思い出が溢れてきたのだ。
「家族がいないなら私がなってあげる。貴方は一人じゃないわ」
「……私はアストライア連合王国には行かないわ」
私は彼女の目を真っ直ぐ見つめながら、ハッキリとした声で言うと「ど、どうして?」とベスは動揺しながら聞いてきた。
「大好きな人達がここにいるから」
「で、でも! さっきみたいに嫌な思いをするんじゃ––––」
「そればかりじゃないわ。良い人達もたくさんいるのを私は知ってるもの」
私はベスの手を握る。だが、彼女は到底理解できないというように頭を小刻みに左右に振り始めた。
「シャ、シャリファの言う意味が分からない!」
「それは貴方がこの国の人達を知らないからよ」
「そんなの––––ハッ!」
パンッ、パンッ、パンッ!
突如、三発の銃声が鳴り響いた。
ベスは距離を取り、私は驚きのあまり「キャアッ!」と叫んでその場にしゃがみ込む。すると、聞いた事のある声が背後から聞こえてきたのだった。
「シャリファッ!」
「リ、リヒトさん……?」
「こっちに来い! 今すぐそいつから離れろ!」
こちらに銃口を向けながら怒鳴るリヒトさん。その声に反応するようにヨロヨロと立ち上がったが、私の背後からカチッと何かを押すような音がした。
すると、軍が大砲を打った時のようなけたたましい破裂音が聞こえてきた。私はその轟音に驚き、弾かれたように振り向く。
港にあった倉庫街の一部が黒煙を上げて燃え上がっていた。火はもう一棟の倉庫の屋根に飛火し、倉庫内に保管していた物に引火したのか大規模な爆発を引き起こした。
ジリリリリッ! と火災を知らせるベルがそこら中で鳴り響き、港では大パニックが起きていた。右往左往し泣き叫ぶ人達の姿や爆発に巻き込まれて倒れている者達の姿が見られる。
その悲惨な様子に私は口元を覆って「ひ、酷い……!」とショックを受けて後ずさると、いきなりベスが突進してきた。
「死ね、同胞の敵だっ!」
彼女が向けた明確な殺意は私にではなくリヒトさんに向かっているのがすぐに分かり、ハッとなった。
ま、また……この感覚!?
私はまた階段から落ちた時のように景色がスローモーションに見えた。彼女の手には銀色に輝く何かが握られていたので、私はハッと目を見開く。
あれはナイフ––––まさか、リヒトさんを刺すつもりなの!?
ベスの行動を察した私は彼女を止める為に気付けば、両手を広げて立ちはだかっていた。
「ベスッ、やめて!」
「シャ、シャリファッ!?」
ズブリと胸に何かが深々と刺さる感覚がした。それと同時に感じる強烈な痛みと息苦しさ。私は足の力がガックリと抜け、仰向けの状態で倒れ込んだ。
「あ……」
視界いっぱいに広がる黒っぽい雲。
私、どうなっちゃうのかなぁ……と呑気な事を考えながら空を見つめていると、ポツポツと雨が降り出してきた。
「シャリファ……シャ……ッ!」
「……カハッ」
リヒトさんが私の声を呼んでいる。彼の呼び掛けに答えたいのに私は冷たい水の中に沈み込むように意識を手放してしまった。
「うぅ~ん、美味しい~♡」
私はスプーンでジェラートを掬って一口頬張ると、ストロベリーの甘酸っぱい味が口一杯に広がった。
隣に座っているベスも一心不乱にチョコレート味のジェラートをパクパクと食べている。彼女の様子を見て、私はチョコレートがよっぽど好きなんだなぁ……と微笑みながら見ていたのだった。
「ご、ご馳走様でした……」
あっという間にジェラートを完食したベス。彼女が席を立とうとしたので、私は「ちょっと待って!」と声をかけた。
「どこか行く予定があるの?」
「まぁ、一応……」
「じゃあ、途中まで一緒に行かない? 私、迷子になっちゃって。さ、寂しいから一緒にいて欲しいの……」
ベスはジェラートを奢ってもらった手前、私の誘いをどう断るのか少し悩んでいるような反応を見せた。
もしかしたら、大事な用だったのかもしれない。断り難い事を言っちゃったかも……と私が少し心配していると、ベスは「良いよ」と返事をしてくれたのだった。
「本当!? ありがとう、ベス!」
「う、うん……」
彼女にギュッと抱きつくと、私は嗅いだ事のある匂いに一瞬、我に返った。
これは––––銃の匂い? リヒトさんが仕事で帰って来た時と同じ香りがする。これ、なんて言う匂いなんだっけ……?
私がベスに抱き付いたまま悩んでいると、彼女は離して欲しいという意味を込めてポンポンと肩を叩いてきた。
「シャリファ、皆見てるから……」
「あ……ゴメンゴメン! ベスが暖かいから、ついそのまま抱き着いちゃってた!」
そう言って苦笑いしながら一旦距離を取った。
ベスの表情を見てみると、少し照れたかのようにほんのり頬を赤くさせていたので、私はさっきの匂いを気のせいだと思い込む事にした。
◇◇◇
私達は公園から離れて海沿いの道を歩いていた。雨が降り出しそうなのか雲行きが怪しく、風が少し強く吹き始めている。
雨宿りした方が良いんじゃないかと思ってベスの表情を見てみると、彼女の顔付きがどんどん険しいものになっていたのでどうにも話しかけ辛くなっていた。
私はどうしたものかと悩んでいると、白いセーラー服を着た男性二人組とすれ違った。
「おい、聞いたか? さっき軍司令部で爆発があったらしいぜ?」
「もしかして、白い悪魔の仕業か?」
……白い悪魔? 何それ。
聞いた事のない言葉のはずなのに何故かチクンと心が痛んだ。
「ねぇ、今の言葉って––––」
ベスに白い悪魔が何を指すのか聞こうとしたが、眉間に刻まれた皺がより深いものになっていた。私は恐る恐る「ベス……?」と声をかけると、彼女はハッとして「ど、どうしたの?」驚いたような反応をみせた。
「怖い顔してたよ? 大丈夫?」
「あ……うん、大丈夫だから」
「そういえば、ベスはどこへ行く途中だったの?」
「あそこよ」
ベスが指を指した方向には港と倉庫街があった。
三隻の船が停泊しており、荷物を搬出している最中なのか人の出入りが激しい事が遠くから見ても分かる。それに加えて一般の人達が軍服を着ている人達と抱擁している姿もあちこちに見えた。
「もしかして、ベスもお友達が軍にいるの?」
「まぁ、そんな所かな」
「そっか。私の親友も成人したと同時に徴兵制度で軍に行っちゃったの」
「……シャリファは軍に行かなかったの?」
「うん、実は書類審査で落ちちゃって。今も理由は分からないの––––キャッ!」
突然、海側から強風が吹いたせいで帽子が脱げてしまった。地面に落ちた帽子を手に取り、慌てて帽子を被ってベスの方を振り返った。
「今の凄い風だったね…………ベス、どうしたの?」
「シャリファ––––、––?」
ベスの口からこの国では聞いた事のない言葉が聞こえてきた。
「……え?」
突然の言葉に私はただ呆然とするばかり。
その様子を見たベスは私の肩を強く掴んで、何かを問いただすような口調で私に話しかけてきた。
「––––! ––––––––!?」
「ご……ごめん、ベス。今、何て言ったの?」
「……シャリファ、私の言葉が分からないの?」
「う、うん……ベス、貴方はどこの国の人なの?」
怪訝な表情で頷く私を見たベスは驚いたような表情に変わった。そして、また何かを悩みボソボソと一人で何かを呟いた後、グイッと私の手を強引に引っ張った。
「い、いきなり何をするの!?」
「……帰ろう」
「ど、どこへ?」
「私達の祖国、アストライア連合王国へ!」
……アストライア連合王国? どうして、その国名がベスの口から出てくるの?
「待って、ベス! 私はアストライア人じゃないわ!」
「シャリファ、貴方は連邦の人間に洗脳されてしまったの? 貴方のその容姿は連邦の人間じゃないわ、その透き通るような白い肌に美しい銀髪はアストライア人のものよ!」
突如、強風が吹き荒れた。ザァァァァ……と公園内に生えているシラカシの枝がしなってざわめいている。
私は何と答えて良いか分からなくて呆然と立ち尽くす事しか出来ず、幼い頃のショックな記憶が走馬灯のように蘇ってきたのだった。
◇◇◇
「うわぁぁぁぁん、ヴェロニカァァーー!」
五歳の私は親友の名前を呼びながらリビングのど真ん中で大号泣していた。他の施設の定員が超過した為、一時的にうちの施設に身を寄せていた歳上の子達に私は虐められていたのだ。
「今のうちにやっちまおうぜ」
男の子達は先生から見えないように私を取り囲んだ。
内二名の男の子は私を暴れられないように羽交締めにしてから私の髪を乱暴に引っ張ってニヤリと笑った。
シャキ……シャキ……シャキン!
目の前に立つ男の子が手に持つハサミで数回に分けて髪を切り落とし、挙げ句の果てに切り落とした髪を乱暴に投げ付けてきた。
「や、やめて……なんでこんな事するの?」
恐ろしくて蚊の鳴くような声しか出せないのを見た男の子達は憎しみを込めて私を見つめていた。
「黙れよ、白い悪魔!」
髪を切り落とした男の子がハサミの刃先を向けながら私に罵声を浴びせ、バシッと頬を叩いてきた。私はその衝撃で床に倒れ込み、その上から思いっきり足で踏み付けられる。
「お前達が俺の父ちゃんと母ちゃんを殺したんだ!」
「ギャッ! こ、殺してないよ……私は殺してない!」
「黙れ! 俺の父ちゃんはなこうやって殺されたんだ!」
刃先を向けて来られたので私は危険を感じ、咄嗟に手で頭を守った。すると、廊下側からヴェロニカの「先生、こっち!」という声が聞こえてきたのだった。
刃先が私の目に突き刺さる間一髪の所で、先生が息を切らしながら駆けつけてくれたのだ。
「コラッ! 貴方達、何をしてるの!?」
「や、やべ……逃げるぞ!」
男の子達は先生達に捕まえられ、別室へ連れて行かれた。
その日以降、彼らを反省させる為に別室に缶詰にした後、すぐに別の施設へと移送されていったのを思い出したのだ。
あの後、ヴェロニカや先生達がすごく心配してくれたし、楽しかった時の思い出の方が多かったからすっかり忘れていたわ。
後は……ヴェロニカ達と外で遊んでいて、ボールが遠くに飛んで行った時に孤児院の門の向こう側に立っていたお爺さんも私に向かって「この白い悪魔め!」と言われたような気がしないでもない。
もしかして、書類審査が通らなかったのも私がアストライア人だから––––?
確かに私は連邦に住う人達と容姿が違う。
ベルタさん達は最初から私がアストライア人だって知ってて引き取ったの? もしかして……リヒトさんもそれを知っていたから私を外に出さなかった––––?
「皆、私に内緒にしてたの……?」
どうして? という思いが私の心を支配する。
普段感じられない黒くてドロリとした感情が渦巻いたが、ベスに手を握られてハッと我に返った。
「私の上司に会わせてあげる。今、国と連絡を取ろうとしてるみたいだし、私達と一緒に帰ろう?」
そう言ってベスは私の返事を待たずに強引に手を引いて歩き出したが、私は歩こうとしなかった。
「……シャリファ?」
「ベス、私の家族はそっちにはいないよ。私がそっちに帰ったら何が待ってるの?」
「す、少なくともさっきすれ違った奴等みたいに私達を差別する奴はいなくなる。それに私達の国は美しくてとても気高い……世界に誇れる国なんだ!」
誇らしげに自国の事を語る彼女を見たが、私にはアストライア連合王国になんの魅力も感じなかった。
ヴェロニカと離れ離れになって今でも寂しい思いをしているのにそちらの国に行ってしまえば、リヒトさんとも––––。
「……あ」
どうして胸がギュッて締め付けられるの?
まだリヒトさんと出会って一ヶ月しか経ってないし、恋人同士でもない。なのにどうしてこうも胸がギュッて苦しくなるんだろう。
私はこの短時間のうちに色んな事を思い出していた。
リヒトさんと初めて出会った時、何故か冷たくされたけど後から優しい人なんだと気づいた事。私の為に靴や紅茶を買ってきてくれた事。私がわざと寝たフリをしていた時、腕枕をしながらずっと頭を優しく撫でてくれた事––––たくさんの思い出が溢れてきたのだ。
「家族がいないなら私がなってあげる。貴方は一人じゃないわ」
「……私はアストライア連合王国には行かないわ」
私は彼女の目を真っ直ぐ見つめながら、ハッキリとした声で言うと「ど、どうして?」とベスは動揺しながら聞いてきた。
「大好きな人達がここにいるから」
「で、でも! さっきみたいに嫌な思いをするんじゃ––––」
「そればかりじゃないわ。良い人達もたくさんいるのを私は知ってるもの」
私はベスの手を握る。だが、彼女は到底理解できないというように頭を小刻みに左右に振り始めた。
「シャ、シャリファの言う意味が分からない!」
「それは貴方がこの国の人達を知らないからよ」
「そんなの––––ハッ!」
パンッ、パンッ、パンッ!
突如、三発の銃声が鳴り響いた。
ベスは距離を取り、私は驚きのあまり「キャアッ!」と叫んでその場にしゃがみ込む。すると、聞いた事のある声が背後から聞こえてきたのだった。
「シャリファッ!」
「リ、リヒトさん……?」
「こっちに来い! 今すぐそいつから離れろ!」
こちらに銃口を向けながら怒鳴るリヒトさん。その声に反応するようにヨロヨロと立ち上がったが、私の背後からカチッと何かを押すような音がした。
すると、軍が大砲を打った時のようなけたたましい破裂音が聞こえてきた。私はその轟音に驚き、弾かれたように振り向く。
港にあった倉庫街の一部が黒煙を上げて燃え上がっていた。火はもう一棟の倉庫の屋根に飛火し、倉庫内に保管していた物に引火したのか大規模な爆発を引き起こした。
ジリリリリッ! と火災を知らせるベルがそこら中で鳴り響き、港では大パニックが起きていた。右往左往し泣き叫ぶ人達の姿や爆発に巻き込まれて倒れている者達の姿が見られる。
その悲惨な様子に私は口元を覆って「ひ、酷い……!」とショックを受けて後ずさると、いきなりベスが突進してきた。
「死ね、同胞の敵だっ!」
彼女が向けた明確な殺意は私にではなくリヒトさんに向かっているのがすぐに分かり、ハッとなった。
ま、また……この感覚!?
私はまた階段から落ちた時のように景色がスローモーションに見えた。彼女の手には銀色に輝く何かが握られていたので、私はハッと目を見開く。
あれはナイフ––––まさか、リヒトさんを刺すつもりなの!?
ベスの行動を察した私は彼女を止める為に気付けば、両手を広げて立ちはだかっていた。
「ベスッ、やめて!」
「シャ、シャリファッ!?」
ズブリと胸に何かが深々と刺さる感覚がした。それと同時に感じる強烈な痛みと息苦しさ。私は足の力がガックリと抜け、仰向けの状態で倒れ込んだ。
「あ……」
視界いっぱいに広がる黒っぽい雲。
私、どうなっちゃうのかなぁ……と呑気な事を考えながら空を見つめていると、ポツポツと雨が降り出してきた。
「シャリファ……シャ……ッ!」
「……カハッ」
リヒトさんが私の声を呼んでいる。彼の呼び掛けに答えたいのに私は冷たい水の中に沈み込むように意識を手放してしまった。
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