私の初恋〜孤児だった私は貴方の子供を産む為に参りました〜

麦星れな

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第三章 白い悪魔と呼ばれる者達

第十八話

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「ふっふっふっ……完璧ねっ!」

 私は鏡に映る自分を見て自画自賛していた。
私の今の格好は黒のキャスケットに白のボーダーが入った黒地のトップス。黒のスキニーパンツにシルバーのサンダルを合わせたシンプルなコーディネート。これに私は斜め掛けの小さな鞄を持った。

 ちなみにこの鞄の中にはベルタさんが「リヒトには内緒でお金を入れておいたから、それでいつでも遊びに来てね!」とこっそり入れてくれたお金が入っているのだ。今日はそれを使ってベルタさんの邸宅に遊びに行こうというわけである。

「よし! 後は髪が見えないように帽子に詰め込んで……っと」

 銀の髪が見えないように工夫を凝らしながら、私はキャスケットを深く被った。後は屋敷の使用人達にバレないようにこっそり屋敷から出るだけである。

「うーん、どう出ようかな?」

 自室の中心をグルグルと歩き回り、どこから出ようかと悩みながら窓からそっと外の景色を見つめた。

 すぐ下には箒を持って中庭の手入れをしている使用人が数名いるし、ここから外へ飛び出せばすぐに脱走した事がバレてしまう。それにここから中庭へ飛び降りるのは危険だ。高さがあるし、運動神経も良いとは言えないから高い木に飛び移るような真似はできない。私の場合、ヘマをして最悪骨折する可能性の方が圧倒的に高かった。

「うん、窓からは高すぎるからやめとこ。怪我したらリヒトさんが心配しちゃうもんね。じゃあ、裏口から出てみようかな」

 私は自室の扉を少しだけ開け、チラッと廊下の様子を伺った。

「……あれ? 誰もいない?」

 私は扉を大きく開けて廊下側に出てみる。すると、いつも私の近くにいるドロテーアやテオバルトも今日は何故かいなかったのだ。
 
「よーし、今のうちに行っちゃいましょ!」

 こうして私は誰にも気づかれる事なく裏口から外へ出る事に成功したのだが、この時まで自分が方向音痴である事実を綺麗さっぱり忘れていたのだった。

◇◇◇

 只今の天気は晴れ時々曇り。綿飴のような雲がたくさん空に浮かんでいる。そういえば、予報では午後から雨が降るって言っていたような気がしなくもない。

「……私の馬鹿。自分が方向音痴なの忘れてたよ」

 意気揚々とリヒトさんの邸宅から出た私だったが、すぐに迷子になってしまった。とりあえず、人の流れに乗って歩き続けていると第一海浜公園というプレートが見えて来たので公園内に入ってみる。

 暫く道なりに歩き続けていると大きな噴水が見えてきた。先程まで餌をやっている人がいたのか、地面には穀物のカスのような物が散らばり、白い鳩達が餌を求めて嘴で突き回っている。

 私は食事の邪魔をしないように横切ったつもりだったが、一羽の鳩が飛び立ったのを皮切りに一斉にバササ! と羽ばたいていった。

「び……びっくりした。それにしても、リヒトさんの邸宅からどこまで離れちゃったんだろう。とりあえず、人がいるから危ない所ではなさそうだけど……」

 公園にはたくさんの人がいた。腕を組んで歩くカップルに向こう側にはボールを蹴って遊ぶ子供達。赤ちゃんを抱いて幸せそうに歩く女の人に街中を警備をする女性軍人が歩いていた。

「ヴェロニカ、元気かな」

 女性軍人の後ろ姿を見て、施設を出たばかりのヴェロニカと重ねて見てしまった。

 実はこちらに来てから一度手紙を出したのだが、未だに返事がないのだ。彼女に何かあったのでは? と私はとても心配になったが、ヴェロニカはまだ軍で訓練中のはずだと自分に言い聞かせ、いつか必ず返事が来ると信じて待っている。

 これって気分転換になってるのかな? むしろ疲れているような気がしないでもない。私は噴水の縁に腰掛けて溜息を吐く。むしろ土地勘もなく一人で外に出たのは気分転換にならなかったかも。

「……リヒトさん、絶対に怒るよね」

 外は物騒だから外に出ちゃ駄目だと言われていたのに、約束を破って外に出てきた事に罪悪感を感じてしまっていた。

 今度から言われた事はちゃんと守りますから、どうか無事に家に帰れますように……と心の中で神様に祈った。

「仕方ない。誰かに聞くしかないかな……」
「おいコラ! 何してんだ、てめぇ!」
「ひゃっ!? な、何!?」

 男性の怒鳴り声に驚いて飛び跳ねるように立ち上がると、すぐ近くで身体の大きな男性がキャップを深く被った華奢な男の子に向かって怒鳴り散らしていた。

 周りにいた人達は顔を見合わせた後、蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。私も逃げようかと思ったのだが、何故か足が動かなかった。

 ––––足が震えてる。怖い。どうしよう。

 心臓が尋常じゃない位にバッコン、バッコンと脈打っている。
喧嘩に巻き込まれたらどうしよう。そう思うだけで震えが止まらなかったが、それ以上にあの華奢な男の子が目の前でボコボコにされてしまったら……と想像するだけで身体中の血の気が引いていくようだった。

「おい、何か言ったらどうなんだ!? 人様にぶつかっといて無視はねぇだろうよ!?」

 毛むくじゃらの腕が男の子の胸倉を荒々しく掴んだ。すると、男の子はその手を掴み返すでもなく、静かに男を睨んでいた。

「…………さい」
「あん? なんて言った?」
「うるさい。消えろ」

 私は彼が発した言葉に違和感を感じた。言葉数は少なかったが、イントネーションが少し違うような気がしたのだ。

「このガキ……言わせておけば––––!」

 男はみるみるうちにトマトのように顔を真っ赤にさせて拳を振りかぶった。

 危ない––––! そう感じたのに何故か私は顔を背ける事なく駆け出していた。そして、男の子を庇うように両手を広げると、顔面に拳が当たる寸前でピタッと止まってくれた。

「や、やめてあげて下さい! 理由はなんであれ暴力は絶対に駄目です!」

 恐怖で声が震えた。痛い思いをせずに済んで良かったと心底思ったが、殴りかかってきた男はフーッ、フーッと興奮した状態。とてもじゃないが、冷静に話ができる様子ではなかった。

「あぁん!? なんだ、小娘! 俺はコイツを殴らなきゃ気が済まねぇんだ!」
「だ、だとしてもっ……やめてあげて下さい!」
「うるせぇ! お前には聞いてねぇんだっ!」

 男は私に狙いを定めて大きく拳を振りかぶったので、今度こそ殴られると思い、ギュッと目を瞑った。

「おい! お前達、何をしているんだ!」

 私はバッと顔を上げた。二人の軍人が腰に携帯していた銃に手を掛けながら、こちらに向かっていたのだ。

 ただならぬ雰囲気を感じて私はヨロヨロと後ずさる。
すると、先程助けた男の子とぶつかったので、私は反射的に振り返るとルビーのように赤い目と目が合った。

「……? 貴方、もしかして女の子なの?」

 少し目が少し吊り上がっているが、目の前にいる子は男の子のにしては顔立ちが女の子っぽかったので、思わずそう口に出してしまった。

「––––っ!」
「え、ちょっと!?」

 私には理解できない言葉で何かを発した後、手を掴まれて駆け出していた。走った事のないスピードに私は足がもつれて転けそうになったが、どうにか体勢を立て直して無我夢中で走った。

「ハァッ、ハァッ……待って! 早いってば!」

 私は走りながらチラッと後ろを振り返ってみる。すると、遥か後方でさっき私達に暴力を振るおうとした男は取り押さえられていた。

 あ……危なかった! もし、軍に捕まっていたらリヒトさんに邸宅からこっそり抜け出した事がバレてしまうところだった!

 さっきの騒ぎで人気のなくなった公園の外周をひたすら走った。海側の空から黒い雲が流れて来ているのが見える。もしかしたら、もう少しで雨が降るかもしれない。

「ね、ねぇ……貴方! もうそろそろっ……と、止まってったら!」
「……!」

 手を力強く引くと走るスピードを徐々に落として立ち止まってくれた。私は涙目になりながらゲホゲホと咳き込んで、呼吸を整える。

「ハァ……ハァ……つ、疲れた。久しぶりにあんなに走ったわ。貴方もしんどく––––なさそうね」

 なんと目の前の男の子はあれだけ走ったにも関わらず、汗一つ流していなかった。しかも、息もそんなに乱れていない。

「だ、大丈夫? 怪我してない?」

 話しかけても何も答えてくれない。もしかしたら、言葉が分からないのかも?

「貴方、もしかして喋れないの?」
「……そんな事、ない」

 あぁ、良かった。話が通じた。でも、やはり少しカタコトな気がする……という事は外国の子だろうか?

 そう思った私はゆっくりとした口調で話し始める。

「そっか。貴方は女の子……だよね? さっきのおじさん怖かったね、大丈夫だった?」
「うん……平気」

 少しぶっきらぼうな感じで喋りながら何故か辺りを仕切りに気にしていたので、彼女につられて私も辺りが気になり始めた。キョロキョロと辺りを見渡すと、広場の片隅でピンク色のラッピングカーが停車していたので、何が売られているのか目を細めながら観察してみる。

 すると、ちょうど車の前で並んでいたお客さんがツンと先が尖った紫色の何かを受け取っていたので、それを見た私はカッと目を見開いた。

 あれは……ジェ、ジェラート!? 凄い、車で売ってるだなんて! うわー、どうしよう! 久しぶりにジェラートが食べたい!

 私は帽子を深々と被っている彼女の様子を伺った。
さっきから余裕のない表情をしている。もしかしたら、見知らぬ男に喧嘩をふっかけられたから気分が落ち着かないのかもしれない。

 よーし! お金もあるから、この子と一緒にジェラートを食べちゃおう!

「……貴方、ジェラートは好き?」
「ジェ、ジェラート?」

 私はニコニコと笑いながらピンク色のラッピングカーに指を指した。
すると、彼女はすぐにゴクリと喉を上下させ、キラキラとした眼差しでラッピングカーを見つめたのを私は見逃さなかった。

「フフッ! 貴方、甘いの好きでしょ? 私がご馳走様してあげるから二人で食べない?」
「えっ? で、でも……」
「じゃあ、私からのお願い! 一緒にジェラートを食べて下さい! お金はあるから心配しないで!」

 そう言って、今度は私が彼女の手を引っ張った。
黒板に書かれたメニュー表を見て、どれにしようか迷いながら彼女に「貴方はどの味が好き?」と聞いてみるが、一向に返事がない。

「もしかして、文字が読めなかったりする?」
「あ、あぁ。読めない」

 帽子を被り直しながら少し恥ずかしそうに言ったので、私はコソッと「そうなのね。じゃあ、ストロベリーとグレープとチョコレート……どれが良い?」と聞く。

「……チョ、チョコレート」
「分かった! 私、頑張って買ってくるからあそこのテーブルで待ってて!」
「が、頑張って……買う?」

 私の言葉に彼女は首を傾げているようだったが、そんな事は気にせずに鼻息を荒くさせながら車へと向かった。

 ジェラートを販売しているおじさんに「チョコレートとストロベリー、一つずつ下さい」と注文し、震える手でお金を手渡した。
すると、おじさんは笑顔で「はい、どうぞ!」とカップに入ったジェラートにスプーンを挿した状態で手渡してきたので、私は「ありがとう!」と笑顔でお礼を言ってすぐに彼女の元へ戻った。

「お待たせ~! こういう場所で初めて買ったから少し緊張しちゃった! はい、貴方の分!」
「あ、ありがと……」

 彼女は少しはにかみながらお礼を述べた。

「うふふ、どういたしまして! あ、自己紹介まだだったね! 私、シャリファっていうの。貴方は?」
「ヴェス……あ、いや。ベスよ」

 視線を逸らしながらそう言った彼女を見て、きっとシャイな子なんだろうなと思った私は「よろしくね、ベス!」と笑顔で応えた。
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