私の初恋〜孤児だった私は貴方の子供を産む為に参りました〜

麦星れな

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第二章 私の新しい家族

番外編:苦悩するリヒト④

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 部屋に戻ると、愛用している銃を分解したままにしている事に気が付いた。

 俺は後ろにいるシャリファと名乗ったアストライア人の様子を伺う。すると、彼女が分解された銃を見て少し怯えているような表情に変わっていたので「片付けるから少し待っててくれ」と言ってすぐに銃を組み立てていった。

 手際よく銃を組み立て終わった後、触るなと言ったばかりだというのに何を思ったのか俺は銃のグリップを彼女に差し出していた。

 ……何をしているんだ、俺は?

 矛盾を感じたのは彼女も同じだった。案の定「……今、触るなって仰いましたよね?」と戸惑ったような表情で言われてしまう。

 自分でも謎だった。恐らく彼女がスパイかどうか見極める為に無意識でそう言った––––そうだ。きっと、そうに違いない。

 そう自分で言い聞かせながら「物珍しそうに見てたからな。握ってみるか?」そう促してみると、彼女は恐る恐る銃のグリップを握った。手が震えて今にも銃を落としそうになっている。それに加えて握り方もなってない。

「……お返しします」

 少しして銃を返された。彼女の話を聞くと先日施設で一緒だった友達と別れたらしく、これから人を殺す銃を扱うと考えただけで怖くなったそうだ。

 確かにそういう話は嫌というほど聞く。三ヶ月の間、新兵はみっちり訓練を受けて各々の配属先へ巣立っていく。そういう光景を幾度となく見てきたし、自分もそうしてきた。そして、一年後には入隊した三分の一は戦死する。そんな過酷な状況を知っている俺はとてもじゃないが気の利いた言葉はかけられなかった。

 彼女がスパイじゃない事を確信できたからか、気が少し抜けて睡魔が襲ってきた。俺は「そろそろ寝よう」と声をかけ、組み立てた銃を持って立ち上がった。そのままクローゼットの前まで移動し、バスローブの紐を解いて前を開ける。

 いつもの癖でバスローブを床に脱ぎ捨てる所だったが、後ろで「ひゃっ……」という小さな声が聞こえたので、俺はすぐにバスローブを着直した。

 男の裸が見慣れないんだろうな……と思いながら、クローゼットの中に置いていた自分の鞄に銃を仕舞い、下着と黒のパンツを取り出して履く。それからバスローブを脱いでシャリファの元へ戻ると、こちらに背を向けたまま彼女はわざわざ手で目を覆っていたのだった。

 それを見た俺はクスッとまた笑ってしまう。敵国のスパイじゃないと確信を得てから、ますます彼女の行動の一つ一つが可愛らしく思えてきたのだ。

 しかし、問題はあのベッドだ。ベッドは一人用。襲う事なんて百パーセントしないが、男の裸に抵抗がある娘と一つのベッドで寝るわけにはいかない。そこで俺はシャリファにベッドを使ってもらおうと思い、彼女の肩を突いてみた。

 彼女が振り返って真っ先に見たのは俺の格好だった。
まさか俺が上裸だと思ってもみなかったんだろう。開口一言目に「さ、寒くないんですか?」と聞いてきたのだ。

 それから短い押し問答があったが、シャリファが俺の不眠症を理由に一緒にベッドに寝ようと誘ってきた。

 誘い文句が私と一緒に寝たら不眠症が治りますよ! という意味の分からない変な理由だったが、子供をあやす事や人一倍体温が暖かいから冬場には友人達によく抱き付かれていた事。小さい頃よく泣いて目を赤くさせていたから兎みたいだと言われたと話しているのを見て、俺は不思議と彼女がアストライア人という事を忘れて普通に会話をしていた。

 単純に楽しかった。ずっと家に帰らず仕事漬けの毎日で人と喋るという事を忘れてしまっていたせいか、もう少しだけシャリファと喋ってみたい––––そう思った俺は「……そこまでいうなら期待してみようか」と言うと、彼女は「お任せください!」と嬉しそうに笑って答えてくれた。

◇◇◇

 ……とは言ったものの。やはりシャリファの方が緊張しているのか会話がなかったので、俺から話を切り出した。

 先ずはこの家に来た経緯を聞いてみた。
シャリファは友達と一緒に軍に入隊希望を出したけど、書類審査で落ちてしまった事。それから、施設でベルタと出会い、シェーンベルクの邸宅に来る事になったのだと話してくれた。

 書類で落ちてしまったのは君がアストライア人だからとは言えず「……そうか」と返す事しか出来なかった。

「それで私、友人の入隊が決まってから毎日神様にお祈りしてるんです。彼女が無事に帰ってきますようにって……」

 手を組んで祈る格好を取ったシャリファ。その姿が何故かアストラ氷河洞窟で俺が撃ち殺した少女兵の姿と重なって見えたので、俺はハッと息を呑んだ。

 急に襲う寒気。そして、銀髪にこびりついた赤黒い血。
……駄目だ。これ以上、シャリファと仲良くなるのはやめよう。いざという時に引金を引く事が出来なくなりそうだ!

「君は………………いや、なんでもない」

 君はアストライア人なのか? それともヒルデブラント人なのかどっちなんだ? と思わず問いかけそうになったが、それは彼女も知らない事実。そんな事を問いかけたところで答えようがない。

「い、今の間はなんですか?」
「なんでもない。今日はもう寝ろ」
「ふにゅっ!?」

 俺は無理やり毛布をシャリファの頭まで被せる。すると、彼女は少し怒っていたが俺は無視して目を瞑り黙り込んだ。

 暫くすると、スー……っという寝息が聞こえてきたので、俺はそっと目を開けてみた。彼女の顔のパーツをよく見てみると睫毛はとても長く、さっきまで笑顔を浮かべていた口元や頬も桜色に染まって白い肌にとても映えていてとても綺麗だと思った。

 恐らく、彼女は戦争を目の当たりにしていない珍しい子なのだろう。だから、こんなにも眩しく感じられるのだろうか。

「……確かに君は暖かい。けど、俺には眩しすぎるよ」

 俺は目を瞑り、今度こそ眠りについた。

◇◇◇

 シャリファの暖かい体温のお陰なのか俺は久しぶりに深い眠りにつく事が出来た。疲れも完全には取れていないが、幾分かマシになっている。

「後はシャリファを起こすだけか」

 俺はとっくに着替えを済ませた。しかし、シャリファは朝が弱いのかいつまで経っても起きなかった。

 ……少し驚かせてやろうか。

 俺はベッドの脇に座り、寝ている彼女に覆い被さると耳元で「……起きないと襲うぞ?」と囁くと彼女は薄っすらと目を開けた後、すぐにハッと目を覚ました。

「お……おはようございます」
「おはよう、よく寝てたな。君が新兵だったら連帯責任で腕立て百回させていた所だ」

 朝から少しだけ意地悪を言ってみる。昨日は仲良くするのはやめようと思ったが、やはり彼女は揶揄い甲斐があるし、喜怒哀楽があってとても可愛げがあるから揶揄うのが癖になりそうだった。

「ほら、早く行くぞ。ちんたらするな」
「は、はい!」

 後ろからパタパタと小走りで着いてくる足音が聞こえる。今日から暫くこの生活が続くのか……そう思うだけで何故か俺は頬が綻んだ。
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