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第二章 私の新しい家族
番外編:苦悩するリヒト③
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あれから兄との話し合いが終わり、明日正式にアストライア人の娘を紹介するという流れになった。
「あぁ、久しぶりに湯に浸かったな……」
疲れ切ってバスタブの中で少しの間眠りこけていた俺は完全に目を覚ました。湯船から気怠げに立ち上がってカランを捻り、シャワーを止めてからバスタブの栓を抜いて溜まったお湯を排水溝へ流し始める。
立ちくらみに襲われながらもバスタブから上がり、扉を少し開けて洗面台に置いていたバスローブを着用した。そのまま脱衣所に移動し、鏡に映った自分をまじまじと見てみる。
「ハハッ……目元の隈が酷いな」
自分でも酷い顔をしていると思った。これでは周りが心配してくるのも無理ない。俺は一刻も早く寝て、明日に備えようと洗面台に置いたタオルでガシガシと頭を拭いた。
散々な一日だった。だが、久しぶりに風呂にも浸かってまともな食事を取れたし、満足っちゃあ満足ではあるが懸念材料が一つ。あのアストライア人の娘の事だ。
「……ベルタもなんでアストライア人だって分かってて、ここへ連れてきたんだ」
確かにベルタの人を見る目はあると思う。俺の体調の異変と俺の妻の本性に逸早く気が付いたのも彼女である。しかし、俺の中であの娘がスパイである可能性がある以上、どうしてもあの娘の事を快く思えなかった。
「まぁいい。あの娘がスパイなら俺が捕まえれば良い話だし、側におくなら監視もできる。兄さんもそういう意味合いを込めて俺に預けるって言ってるんだろうし……うん?」
タオルを持って脱衣所を出ると廊下の曲がり角で銀の長い髪が揺らめいて見えた。俺は直様、使用済みのタオルをバスケットに投げ入れ、髪の先から雫が滴り落ちるのも構わずに彼女の後をつける。
「おいおい……そっちは兄夫婦の寝室だぞ」
俺は焦った。この時間帯だと二人っきりの時間を堪能しているに違いない。あの娘の目的は知らないが、そっちには行くな! 行かないでくれ!
そう願ったが、もう遅かった。
廊下のど真ん中でアストライア人の娘が兄夫婦の喘ぎ声を聞きながら立ち尽くしている。チラリと見えている耳が真っ赤になっているのを見ると、恐らくこういう声を聞くのは初めての経験なんだろう。
俺はもう兄夫婦が愛し合う声を聞いても何とも思わない。慣れたくないが慣れてしまったのだ。
だが、一番の問題はこの状況下であの娘にどう声をかけるかだ。驚いた拍子に叫ばれても困るし、兄夫婦の情事を邪魔すると後々面倒な事になる。
俺は迷った末に口元を押さえて暴れないように押さえつけようと決めたのだが、タイミング良く少女は踵を返すような形で俺にぶつかってきたので、そのまま暴れられないように彼女をギュッと抱きしめるような格好を取った。
それでも暴れようとしたので「……静かに。あの二人にバレると気まずいぞ」と声をかけると、ようやく落ち着いてくれたのだった。
目の前の少女は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。もじもじとしたまま何も話そうとしなかったので、俺は「何をしていた?」と聞く。
すると、トイレを探していたが迷ってしまったと言ったので、俺は怪訝な表情をしつつも彼女の手を掴んで目的の場所に連れて行ってやった。
彼女を待っている間、壁にもたれながら考え込んでいた。
この邸宅には様々な機密文書が置かれている。迷っていたと言ったのは言い訳で、それらを探していたのではないかと思ったのだ。
「それにしても兄さん達は空気を読めよ。客が来てる時ぐらいセックスは自重してほしいもんだ……」
摩擦でアソコから煙が出るんじゃないかといつも心配になる。しかも情事中の声がお互いデカすぎるんだよ、あの夫婦は。もしかして、ワザとやってるのかと突っ込みたくなるくらいだ。
「あー、しんど……」
俺が壁にもたれながら項垂れていると、少女が驚いたような顔をしてトイレから出てきた。
「ま、待っててくれたんですか?」
「あぁ。一人にしたらまた迷うだろ?」
そう言うと少女は「……あ」と微かに声を発して、また顔が赤くなった。
この娘は表情がころころと変わって面白いなと思っていた。自分の妻は俺に対してこんな表情を見せた事はない。むしろ、自分の利益の為に女の武器を使ってくる事が多かった。そのせいもあり、この少女の反応がとても新鮮に感じられ、少しだけ意地悪したくなるような衝動に駆られてしまう。
……いや、駄目だな。彼女は客人なんだから。
これから一緒に住むというのに嫌われたりしたら後々面倒なので、今日の所は普通に接しよう。そう思っていたのだが––––。
「……きゃ、客間って一つじゃないんですか?」
……前言撤回。やっぱり虐めたくなった。
これはアレか? 方向音痴というやつか? 自分のいた部屋が分からない人間なんてこの世にいるのか? この娘、軍に入らなくて正解だなと感じていた。
とりあえず、部屋を探そうと思って歩き出してすぐの事だった。急に腕を掴まれてしまったので、どうしたのか聞くと彼女は泣き出しそうな顔をしていた。
いつもならこんな事で苛立たない俺も寝不足で思い通りに事を進める事が出来ず、少しイラッとしてしまっていた。「時間が惜しい。早く言え」と言うと、この娘は何を思ったのか「私と……一緒に寝てください!」と発したではないか。
俺は呆然とした。これは俗にいうハニートラップというやつなのか? いや、違うか。そんな高度な事をやってのけそうな娘じゃなさそうだし。それにさっきよりも顔が赤くなってる。何よりこの反応……きっと言葉を間違えただけなんだろうな。
目の前であたふたとしているのを見て俺はいつの間にかフフッと笑っていた。先ずはこの娘の名前を聞いてみようか……後はこの娘のお望み通り、一緒に寝てあげるとしよう。そしたら、また顔を真っ赤にして慌てるんだろうけど。
あれだけ眠かったはずなのに眠気なんてどこかへいってしまった。
久しぶりだ、こんな気持ち。もう少しだけ彼女を揶揄いたい。このジーンと広がる余韻のようなものが何なのか知りたい––––そんな気持ちが俺の心を支配しつつあった。
「あぁ、久しぶりに湯に浸かったな……」
疲れ切ってバスタブの中で少しの間眠りこけていた俺は完全に目を覚ました。湯船から気怠げに立ち上がってカランを捻り、シャワーを止めてからバスタブの栓を抜いて溜まったお湯を排水溝へ流し始める。
立ちくらみに襲われながらもバスタブから上がり、扉を少し開けて洗面台に置いていたバスローブを着用した。そのまま脱衣所に移動し、鏡に映った自分をまじまじと見てみる。
「ハハッ……目元の隈が酷いな」
自分でも酷い顔をしていると思った。これでは周りが心配してくるのも無理ない。俺は一刻も早く寝て、明日に備えようと洗面台に置いたタオルでガシガシと頭を拭いた。
散々な一日だった。だが、久しぶりに風呂にも浸かってまともな食事を取れたし、満足っちゃあ満足ではあるが懸念材料が一つ。あのアストライア人の娘の事だ。
「……ベルタもなんでアストライア人だって分かってて、ここへ連れてきたんだ」
確かにベルタの人を見る目はあると思う。俺の体調の異変と俺の妻の本性に逸早く気が付いたのも彼女である。しかし、俺の中であの娘がスパイである可能性がある以上、どうしてもあの娘の事を快く思えなかった。
「まぁいい。あの娘がスパイなら俺が捕まえれば良い話だし、側におくなら監視もできる。兄さんもそういう意味合いを込めて俺に預けるって言ってるんだろうし……うん?」
タオルを持って脱衣所を出ると廊下の曲がり角で銀の長い髪が揺らめいて見えた。俺は直様、使用済みのタオルをバスケットに投げ入れ、髪の先から雫が滴り落ちるのも構わずに彼女の後をつける。
「おいおい……そっちは兄夫婦の寝室だぞ」
俺は焦った。この時間帯だと二人っきりの時間を堪能しているに違いない。あの娘の目的は知らないが、そっちには行くな! 行かないでくれ!
そう願ったが、もう遅かった。
廊下のど真ん中でアストライア人の娘が兄夫婦の喘ぎ声を聞きながら立ち尽くしている。チラリと見えている耳が真っ赤になっているのを見ると、恐らくこういう声を聞くのは初めての経験なんだろう。
俺はもう兄夫婦が愛し合う声を聞いても何とも思わない。慣れたくないが慣れてしまったのだ。
だが、一番の問題はこの状況下であの娘にどう声をかけるかだ。驚いた拍子に叫ばれても困るし、兄夫婦の情事を邪魔すると後々面倒な事になる。
俺は迷った末に口元を押さえて暴れないように押さえつけようと決めたのだが、タイミング良く少女は踵を返すような形で俺にぶつかってきたので、そのまま暴れられないように彼女をギュッと抱きしめるような格好を取った。
それでも暴れようとしたので「……静かに。あの二人にバレると気まずいぞ」と声をかけると、ようやく落ち着いてくれたのだった。
目の前の少女は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。もじもじとしたまま何も話そうとしなかったので、俺は「何をしていた?」と聞く。
すると、トイレを探していたが迷ってしまったと言ったので、俺は怪訝な表情をしつつも彼女の手を掴んで目的の場所に連れて行ってやった。
彼女を待っている間、壁にもたれながら考え込んでいた。
この邸宅には様々な機密文書が置かれている。迷っていたと言ったのは言い訳で、それらを探していたのではないかと思ったのだ。
「それにしても兄さん達は空気を読めよ。客が来てる時ぐらいセックスは自重してほしいもんだ……」
摩擦でアソコから煙が出るんじゃないかといつも心配になる。しかも情事中の声がお互いデカすぎるんだよ、あの夫婦は。もしかして、ワザとやってるのかと突っ込みたくなるくらいだ。
「あー、しんど……」
俺が壁にもたれながら項垂れていると、少女が驚いたような顔をしてトイレから出てきた。
「ま、待っててくれたんですか?」
「あぁ。一人にしたらまた迷うだろ?」
そう言うと少女は「……あ」と微かに声を発して、また顔が赤くなった。
この娘は表情がころころと変わって面白いなと思っていた。自分の妻は俺に対してこんな表情を見せた事はない。むしろ、自分の利益の為に女の武器を使ってくる事が多かった。そのせいもあり、この少女の反応がとても新鮮に感じられ、少しだけ意地悪したくなるような衝動に駆られてしまう。
……いや、駄目だな。彼女は客人なんだから。
これから一緒に住むというのに嫌われたりしたら後々面倒なので、今日の所は普通に接しよう。そう思っていたのだが––––。
「……きゃ、客間って一つじゃないんですか?」
……前言撤回。やっぱり虐めたくなった。
これはアレか? 方向音痴というやつか? 自分のいた部屋が分からない人間なんてこの世にいるのか? この娘、軍に入らなくて正解だなと感じていた。
とりあえず、部屋を探そうと思って歩き出してすぐの事だった。急に腕を掴まれてしまったので、どうしたのか聞くと彼女は泣き出しそうな顔をしていた。
いつもならこんな事で苛立たない俺も寝不足で思い通りに事を進める事が出来ず、少しイラッとしてしまっていた。「時間が惜しい。早く言え」と言うと、この娘は何を思ったのか「私と……一緒に寝てください!」と発したではないか。
俺は呆然とした。これは俗にいうハニートラップというやつなのか? いや、違うか。そんな高度な事をやってのけそうな娘じゃなさそうだし。それにさっきよりも顔が赤くなってる。何よりこの反応……きっと言葉を間違えただけなんだろうな。
目の前であたふたとしているのを見て俺はいつの間にかフフッと笑っていた。先ずはこの娘の名前を聞いてみようか……後はこの娘のお望み通り、一緒に寝てあげるとしよう。そしたら、また顔を真っ赤にして慌てるんだろうけど。
あれだけ眠かったはずなのに眠気なんてどこかへいってしまった。
久しぶりだ、こんな気持ち。もう少しだけ彼女を揶揄いたい。このジーンと広がる余韻のようなものが何なのか知りたい––––そんな気持ちが俺の心を支配しつつあった。
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