私の初恋〜孤児だった私は貴方の子供を産む為に参りました〜

麦星れな

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第二章 私の新しい家族

第十四話

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「おい、起きろ」

 誰かが私の肩を揺さぶってきた。

 誰……? 私、まだ眠いの。それに空気が冷たいからベッドからまだ出たくない。お願いだからもう少し寝かせてくれないかしら。

「ううん……もう少し寝かせて下さぁい……」
「駄目だ。いい加減起きて部屋に戻っとかないと義姉さん達が騒ぎ出すぞ」

 義姉さん? それに部屋って? 変な事言う人だなぁ……私、ちゃんとお部屋で寝てるよ? だから、もう少し暖かいベッドで寝させて下さい……。

「はぁ……」

 誰かが大きな溜息を吐くのが聞こえた。

 良かった、諦めてくれたんだ……そう思っていたら、いきなり身体がズッシリと重くなるのを感じて、ハッと目を覚ます事となった。

「……起きないと襲うぞ?」
「んん……うぅ? お、義弟さん!?」

 びっくりして私は完全に目が覚めてしまった。大きな目を更に大きく見開いてパチパチと瞬きをすると、リヒトさんの顔が目の前にあった。

 完全に寝惚けてた! そうだ……私、昨日リヒトさんと一緒に寝てたんだった!

「お……おはようございます」
「おはよう、よく寝てたな。君が新兵だったら連帯責任で腕立て百回させていた所だ」

 リヒトさんはニヤリと笑ってから私の上から退いた。彼は既に黒い軍服を着用しており、赤いネクタイを締め直している。

 私は恥ずかしくて泣きそうになった。毛布で顔を隠しながら「うぅ……ゴメンナサイ」と言うと、リヒトさんは顰めっ面をしながら「早くベッドから降りろ」と言ったので、素直にベッドから降りる。すると、足の裏から伝わる冷たい床の感触で身体がブルッと震えてしまったのだった。

「ヒャッ……床が冷たい!」
「朝は冷え込むからな。ほら、靴を履け。履いたら部屋を探すぞ」

 リヒトさんは私の足元にルームシューズを綺麗に並べてくれた。

 ……この人、顔は怖いけど実は優しいよね。

 ぶっきらぼうな口調なのに行動はとても優しくて、私は戸惑いつつも「あ、ありがとうございます……」とお礼を述べた。

「ほら、早く行くぞ。ちんたらするな」
「は、はい!」

 私はルームシューズを急いで履き、小走りでリヒトさんの後をついて行く。部屋を出ると、階段の踊り場でベルタさんとウィルフリードさんが思い詰めたように話し合っているのが見えてきた。

「あ……」

 私は昨日の夜の事を思い出してしまい、身体中に熱が帯びていくのが分かった。反射的にリヒトさんの背後に隠れる。すると、ベルタさんが「リヒト!」と焦ったように名前を呼んでいた。

「リヒト! シャリファを見なかった?」
「あぁ、ここにいるぞ」

 リヒトさんに前へ出るように促されたので、真っ赤な顔をさせたまま「オハヨウゴザイマス……」とぎこちなく挨拶をする。

「え、えぇ? どうして二人が一緒に?」

 ベルタさん達はどうしてリヒトさんと私が一緒にいるのか分からず、開いた口が塞がらないようだった。
 
「と、とにかく! シャリファ、どこへ行ってたの!?」
「夜中にトイレを探してたら迷ってしまって……それで、義弟さんが偶然、私を見つけてくれて助けてくれたんです。そしたら、今度は自分の部屋が分からなくなって……その、心配かけてごめんなさい」

 自分の方向音痴っぷりを皆の前で明かす事になって本当に恥ずかしい。でも、事実なのだから仕方がない。私は怒られると思い、小さな子供のようにシュン……としているとベルタさんは「……貴方が無事で良かった」と心の底から安堵してくれていた。

「シャリファも無事に見つかった事だし、朝食にしよう。こうやって家族が揃うのも久しぶりだ。リヒト、昨日の話の続きがあるから朝食は食べていけよ」
「兄さん、仕事が……」

 リヒトさんが話を切り出そうとすると、ウィルフリードさんの口調が変わった。

「これは上官命令だ。食べてからここを出るんだ」
「…………はい」

 不服そうに返事をしたリヒトさんを横目に私はベルタさんと手を繋いだ。

「先ずは服を着替えて、その寝癖をどうにかしてから朝食をとりましょう」
「え!? どこか変ですか?」
「後髪が凄い事になってるのよ」

 クスクスと笑いながら指摘されたので、慌てて自分の髪に触れてみると後頭部がグシャグシャになっている事に初めて気がついた。

「さぁ、今日はどんな髪型にしましょうか?」

 そう言ってベルタさんは機嫌良く笑うと、ウィルフリードさんとリヒトさんが険悪な雰囲気になっているのを無視して私が使用している客室へと向かったのだった。

◇◇◇

 私は昨日購入してもらった襟元にビジューがついた花柄のワンピースを着用した。寝癖がなかなか取れなかったので、ベルタさんは鏡と睨めっこしながら悩みに悩んだ末に髪を編み込んで髪を一つに束ねたのだった。

「ふふっ、今日も可愛いわね♡」
「ありがとうございます、ベルタさん!」

 普段しない髪型だったが、お洋服の雰囲気と合っている。それにピンク色の宝石のついた髪飾りもとっても素敵だ。私はまた時間がある時に編み込みの仕方を教えてもらおうと決心し、二人でダイニングルームへ向かったのだった。

「お待たせ……って、何よ二人共。シャリファがいるんだし、もうそろそろ仲直りしなさいよ」

 元々、顰めっ面のリヒトさんは眉間に刻まれた皺を更に深いものにしており、足を組みながら椅子に座ってテーブルに頬杖をついている。対して、ウィルフリードさんはこういう状況に慣れているようで、なんて事ない涼しげな顔をしていた。

「いつもの事だから気にするな。それに、リヒト。俺はこの件に関しては間違った事は言ってないからな」

 チラッと横目でリヒトさんを見ながら言う。すると、彼は否定も肯定もせずに自分の兄を不満そうな目で睨んでいた。

「さぁ、皆揃った事だし朝食にしようか」
「えぇ。シャリファ、座りましょ!」
「……はい!」

 私はベルタさんの隣に座った。向かい側にはブスッと不貞腐れたリヒトさんがいる。どうしてそんなに不機嫌なのか分からないが、彼と目が合ったので私はニッコリと笑うとフイっと目を逸らされてしまった。

 リヒトさんの事がよく分からないな……優しくするのか、突き放すのかどっちかにして欲しい。嫌いなら嫌いで優しくする必要はないはずなのに。

「はぁ……」
「シャリファ、焼き立てのパンが来たから好きなの選びなさい」

 使用人のドロテーアが焼き立てのパンが沢山入ったバスケットを持ってきてくれていた。私は「クロワッサンを頂きます」と答えると、皿の上に焼き立てのクロワッサンが乗せられた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 お礼を言って、まだ熱々のクロワッサンを小さく千切って頬張る。すると、食べた事のない美味しさに気が付けば目を輝かせながらパクパクと口に運んでいた。

「口に合ったかしら?」
「はい、とっても美味しいです!」
「それは良かったわ。義弟の邸宅でもパンを焼くように伝えておくわね!」

 ……ううん? 今の言葉はどう言う意味? まるで、私が義弟さんと一緒に暮らすというようなニュアンスで聞こえたんだけど。

「えっ……と、今のはどういう?」
「貴方はこれからリヒトの邸宅で暮らすのよ」

 私は動揺してしまい、持っていたクロワッサンを落としてしまった。

「ど、どど……どうして?」
「お互いを知る為には先ずは一緒に暮らしてみないと♡ となれば……一つ屋根の下で暮らすのが一番でしょ?」

 確かに……確かに私は向かい側の椅子に座る人の子供を産む為にここにいる。でも、明らかに私の事を良く思ってないですよね!? それに気分屋っぽい人と一緒にいるのはなんだか疲れそう……。

 私は義弟さんをチラッと見た。相変わらず、仏頂面。ウィルフリードさんとお話ししてから更に機嫌が悪そうだし……本当に大丈夫?

「あ、あの……義弟さんは嫌じゃないんですか?」

 心配になった私は質問を投げかけてみた。すると、彼は「……別に」とぶっきらぼうに答えて熱々のコーヒーを啜った。

 リヒトさんの反応を隣で見ていたウィルフリードさんはゴホンッと大きく咳払いをした。その瞬間、リヒトさんがコーヒーを噴き出しそうになっていたからテーブルの下で何やら行なわれたらしい。

「とにかく一ヶ月間だけでも良い。リヒトと一緒に住んでみてくれないか? 一緒に住むのが辛かったらベルタに言ってくれたら良いから」
「そうそう、なんでも言って頂戴! 義弟の陰口でもなんでも良いから! この屋敷からテオバルトとドロテーアも同行させるから身の回りの心配はしないでね!」

 私は「あ……はい」と返事をするしかできなかった。知らない所で色んな事が決められていたらしいが、拒否権などない私はベルタさん達に従うしかない。きっとリヒトさんも全く知らされてなかったから、あんなにご立腹なのかなぁ……と思った。

 うぅ……急な展開が多すぎて頭が追いつかない。けど、リヒトさんは顔は怖くても悪い人ではないはずだから、距離を縮められるように努力してみよう!

「義弟さん、不束者ですがよろしくお願いします!」
「……リヒト」
「え?」
「義弟さんはやめてくれ。リヒトで良いから」

 そう言って黙々と朝食をとり始めたリヒトさん。
私は更に距離が縮まった気がして「じゃあ、私の事もシャリファって呼んで下さいね!」と元気よく答えた。
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