私の初恋〜孤児だった私は貴方の子供を産む為に参りました〜

麦星れな

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第二章 私の新しい家族

第九話

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 買い物を終えた頃にはお昼をとっくに過ぎていた。私達は車でシェーンベルク家の邸宅へ向かっている最中。私はベルタさんの豪遊っぷりに終始戸惑っていたが、当の本人はそんな事は微塵も気にせず、清々しい表情で笑っていた。

「はぁぁ~、久しぶりにこんなに買っちゃったわ~!」
「あ、あの……私なんかの為にこんなにお金を使って頂いても宜しかったんでしょうか?」

 私が不安な表情で尋ねると、ベルタさんは「問題ないわ! だって、私も働いてるもの!」と胸を張って答えていた。

 女性が働く––––それを聞いた私は目を丸くした。
このご時世、家を守る為に家事・育児をする女性が大半なのだ。女性が働く場合、看護師になるか孤児院や修道院、後は自営業が多い印象であるが、その多くは未亡人。戦争で夫を亡くした女性が圧倒的に多いのである。

 私はベルタさんが何の仕事をしているのか聞こうと思ったのだが、車が静かに停車したので窓の外を見つめた。

「着いたわ。ここがシェーンベルク本家の邸宅よ」
「こ、ここが?」

 目の前の大きな邸宅を見て私は固まってしまった。落ち着いた風合いの茶系の外壁に三階建ての豪邸。施設の建物よりも何倍も大きく、敷地面積もかなり広い。それに目の前の門扉から玄関までかなり距離があるし、中心にはロータリーも整備されている。流石、この国の英雄と謳われるシェーンベルク家といったところだろうか。

「す、凄い……」

 私は率直な感想を述べた。驚きのあまり開いた口が塞がらない。シェーンベルク家はこの国で知らない人がいない程の有名な家系。だから、家も大きいだろうなとは思っていたが、まさかここまで大きな規模だなんて……。

「奥様、少々お待ち下さい」

 運転手が一声かけてから車から降りた。門扉の鍵を開け、両開きの扉を押すと少し錆び付いて動きが悪くなっていたのか、ギィィ……と嫌な音が聞こえてきた。

「お待たせしました、出発します」

 運転手がすぐに戻ってきて車が走り出した。ロータリー沿いにグルッと半周。そして、屋敷の玄関前に車を横付けすると、二人の使用人がベルタさんの帰りを待ってくれていた。

「おかえりなさいませ、奥様」
「ただいま、テオバルト」

 テオバルトと呼ばれた男性は長い後ろ髪を一つに纏めた使用人だった。黒のベストには金獅子をモチーフにしたバッジが着いており、眼鏡をかけている。背はとても高く、下手するとベルタさんの夫であるウィルフリード様よりも背が高そうだった。

「お荷物をお持ち致します、奥様」
「ありがとうね、ドロテーア」

 ドロテーアは若い女性だった。彼女もテオバルトと同じく胸に金獅子のバッジを着けており、前髪をセンター分けにして長い髪を頭の高い位置で纏めていた。彼女の髪型がなんだかヴェロニカに似ていたので、私は勝手に親近感が湧いてしまっていたのだった。

「二人共、荷物を客室に運んでおいて。後、湯船にお湯を溜めてくれる? オイルはそうね……ダマスクローズでお願いできるかしら?」
「かしこまりました」

 二人は頭を下げた後、運転手と一緒に荷物を運び始めた。

「さぁ、私達は屋敷の中に入りましょう。後は義弟が来るまでに色々準備しなくっちゃね!」

 ベルタさんが私の手を優しく握りながら、楽しそうに言った。

「準備……ですか?」
「えぇ。さぁ、今から私と一緒にお風呂に入りましょう~♡」

 ベルタさんの提案を聞いた私は疑問符がいくつも飛んだ。

「い、一緒に入るんですか?」

 念の為、もう一度聞いてみる。すると、ベルタさんは「勿論よ♡ 貴方の綺麗な銀の髪と身体を隅々まで洗ってあげるわ♡」と答えた。

「あ……は、はい。宜しくお願いします」

 勢いに負けてそう答えてしまったけど、身体の隅々って部分がやけに強調されたように聞こえたのは気のせいかしら……?

 私が使う客室に通された後、ベルタさんと一緒にお風呂に入った。そして、宣言通りに身体の隅々まで洗われてしまったのだった。

◇◇◇

「はぁ……良い気持ちだった♡」

 身体がポカポカして眠気に襲われていた。今の私の格好は白くてふわふわのバスローブを着用し、濡れた髪から雫が落ちないようにタオルを頭に巻き付けている。

 お風呂から上がった後、ベルタさんと一緒に客室へ直行し、肌が乾燥しない様に化粧水を染み込ませたコットンでペチペチと丁寧に叩き込まれていた。

「うふふっ♡ シャリファは肌も白いし、胸も思ってたよりも大きかったし……もう全てが美しかったわ~♡」
「はぅあ!? そ、そんな大きな声で言わないで下さいっ!」

 ベルタさんの発言に私は顔を真っ赤にさせながらあたふたしていると、またもや「ふふっ、なんて可愛い子なのかしら♡」と背後から抱き付いてきた。

 うぅ……施設で見た時のベルタさんと今のベルタさんのギャップが凄すぎて処理が追いつかない。きっと、こっちが素のベルタさんなんだろうなぁ……。

「……このまま自分の娘にしちゃいたいわ」

 ベルタさんが私の頭に巻き付けていたタオルを解き、少し寂しげな眼差しで鏡に映る私を見つめてきた。

 そういえば、ベルタさんにはお子さんはいないのだろうか?

 シェーンベルク家の家族構成について興味はあったが、この手の話題は非常に聞きにくい。まだお互いの信頼関係ができてないまま質問するのは地雷を踏み抜きそうな気がしたので、化粧台の椅子に座ったまま「私には勿体ないお言葉です」と無難に答えていた。

「……シャリファ、また何か遠慮したでしょ?」
「え? そ、そんな事ないですよ!」
「そう? 私とウィルには子供がいないから余計に自分の娘みたいでとても可愛く思うの」

 ……やはり、お子さんはいらっしゃらなかったんだ。

 人生経験が乏しすぎてどう答えたら良いか分からなかった。同じ女性として、子供を産み育てたいと思っている人は多いだろう。しかも、ベルタさんはシェーンベルク家の本家の奥様。きっと私が想像を絶するような苦難があったはずだ。

 あぁ……情緒不安定だなぁ、私。こんな勝手な想像をするだけで涙が滲んでくるんだもの。

 私は涙がこぼれないように必死に瞬きを繰り返していると「もう、シャリファったら……貴方は泣き虫さんね」と苦笑いしていた。

「な、泣いてないです……」
「もう痩せ我慢しちゃって」

 ベルタさんは私の髪が濡れているにも関わらず、背後からギュッと抱き締めてくれた。私はその温かな腕にそっと手を添えながら顔を埋める。化粧台の鏡を見ると、自分の目が兎のように真っ赤になっていた。
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