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第二章 私の新しい家族

第八話

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「さぁ、シャリファ! どっちのお洋服が良い? 好きな方を選んで?」
「えっと……ど、どっちでも?」

 高級ブティックのフィッティングルームの前でベルタさんが目を輝かせながら立っている。彼女の左手には光沢のある大人っぽい黒のワンピースが。右手には春らしいロング丈の水色のレースワンピースが握られていたが、私は非常に困っていた。

 何故なら、このような高級ブティックに入店するのは三軒目なのだ。しかも、私専用のお洋服は既に五着程購入しているのにも関わらず、彼女はまだまだ買う気でいるらしい。

 うぅ……まさか、こんな展開になるなんて。私、お金は持ってないんだけどなぁ。後からお金を請求されたりしたら、どうすれば良いんだろう。

 私は心の中で悶々と悩んでいた。とにかく値段が気になって仕方がない。さっきの店で服を試着した時は怖くて値札を見れなかった。だが、会計をした時にベルタさんの財布から出された札束の量を見て、目が飛び出るくらいにギョッとしたのは記憶に新しい。確実に今までで見た事のない値段の物を購入して頂いているに違いないのだ。

 あぁ……もうこうなったらヤケクソよ。流れに身を任せるの。ここで機嫌を損ねて施設に逆戻りしたら、皆に笑われちゃうわ。

 ベルタさんは私の胸中なんて梅雨知らず「貴方の好みが知りたいから、どっちでもはなし。さぁ、早く決めて頂戴!」と笑顔で急かしてきた。

 私は彼女の手に持っている黒と水色のワンピースを見る。黒は施設にいた頃の服装を連想させるから嫌だし、水色は着た事のない色だから着てみたい。

 私はプルプルと指を震わせながら、遠慮がちに水色のワンピースを指さした。

「じゃあ……水色のワンピースで」
「分かったわ。試着したらちゃんと出てきてね」

 ベルタさんにワンピースが手渡されたと同時に店員さんが「失礼します」と笑顔でフィッティングルームの扉を閉めた。

 扉が閉まった途端、私は扉に背を向けてワンピースを抱き抱えながら力無く蹲み込んだ。そして、鏡に映った疲れた顔をしている自分の顔を見つめて独り言を呟く。

「うぅ……どうしてこんな展開に?」

 心の中で思っていた事を実際に口に出して言ってみると、施設にいた頃の記憶が蘇ってきた。

 なんだか変な感じ。昨日までは子供達の面倒を見ながら、ヴェロニカと楽しく過ごしてたのになぁ……自分が場違いすぎて嫌になっちゃう。

 ベルタさんはシフォンブラウスに足が長く見えるスラッとしたパンツを着用し、ヒールを合わせた高級感のある装いをしている。それに対し、私は頭の天辺から爪先まで安っぽい格好をしているから余計に恥ずかしく感じるのだ。

 人の目が気になる私は、一緒にいて恥ずかしくないのかな……とか、店員さん達がジロジロ見てきてヤダな……とか色々考えてしまう。

「はぁ……この短い時間に色々ありすぎだよぉぉ……」

 さっきから溜息が止まらなかった。施設の前でヴェロニカと涙のお別れした後、車で迎えにきてくれていたベルタさんが私の格好を見て「せっかくだから、あの子に会う前にうんとおめかししちゃいましょう♡」という流れになったのだ。

「なんだかヴェロニカに申し訳ないな……」

 私はそう思いつつも手に持っていた水色のワンピースを自分に当ててみた。施設にいた頃では考えられなかった綿と麻以外の素材でできた服に流行りのシルエット。それが今、私の手にあるだなんて不思議な気分だ。

「…………この服、いくらかしら?」

 怖くて値段は見ないでおこうと思ったのに、やはり私は根っからの貧乏人。値段が気になってしょうがない。

 私は一呼吸置いてから服に付いている長方形のタグを取ってみる。すると、見たことを後悔するような数字がズラッと書かれていた。

「ゼ、ゼロが……五つ!? こ、こんなにするの!?」

 私は膝から崩れ落ちそうになった。動揺しすぎてハンガーを落としそうになったが、衣服ごとギュッと抱き締めたお陰でどうにか落とさずに済んだ。

「どうしよう……私、絶対に子供を産まなきゃ。じゃないと、ただの穀潰しになっちゃう!」

 服を持ったままプレッシャーを感じていると、店員さんがコンコンコンと扉をノックしてきた。

「お嬢様、いかがですか?」
「は、はい! 今、出ます!」

 私は慌てて服を脱いで、ベルタに手渡された水色のレースワンピースに袖を通す。すると、鏡に映った自分の姿を見て私は「わぁ……凄く可愛い」と感嘆の声をあげてしまった。

 自分で言うのもおかしいが、とてもよく似合っている。特にレースに縫い込まれている花の刺繍とこのスカートの広がり方がどうしようもなく気に入ってしまったのだった。

「お待たせしました、ベルタさんっ!」

 私はフィッティングルームを急いで出ると、ベルタさんは足を組みながら店で出された紅茶を優雅に飲んでいた。

「お嬢様。これと合わせると凄く可愛いですよ」
「あ、ありがとうございます……」

 私は店員さんに促されるまま用意してくれた白のミュールを履き、ベルタさんの前でクルッと一周回りながら「ど、どうでしょうか?」とお伺いを立てる。

 すると、ベルタさんは無表情で私をジッと見てきた。この表情は孤児院で初めて会った時と同じ表情だから少し緊張してしまう。顔見知りとなった今でもジロジロと観察されるのは変わらず苦手みたいだ。

「……むむ」
「な、何か問題がありますか……?」

 恐る恐る聞いてみると、ベルタはパァッと花が開いたような可愛らしい表情を見せた。

「すっごく……すっごく可愛いわ! どうしようっ、私の購買意欲が高まってきたわ~! こうなったら、ウィルに怒られても良い……私の貯金を使っちゃいましょう♡」
「え? えぇっ!? ちょ、あの! 私、お金持ってない––––」
「気にしない、気にしない! 私が買いたいんだから! とりあえず、その靴も含めて買っちゃいましょうか。これも買うからお願いね」

 ベルタさんがそう言うと、店員は頭を下げて「かしこまりました」と告げ、バックヤードへと向かっていった。

 ……頭が痛くなってきた。さっきまで私は孤児だったのに、この待遇の良さ。どうしよう、ヴェロニカはこれから大変な思いをするのに私はこんな良い思いをして良いのかと罪悪感を感じてしまう。

「シャリファ、そんな心配そうな顔をしないで。私が貴方の事を一方的に気に入ったんですもの。何も気にしなくて良いわ。それに……きっとあの子も貴方の事を気に入るわ」

 そう言って、ベルタさんは再度ティーカップを手に取り、紅茶を飲んでいた。実はここに来る途中で私が子供を作る相手の事をざっくりと聞かされたのだ。

「ベルタさんの義弟さんですよね?」
「えぇ、夫の弟なの。真面目な子だから貴方と相性良いと思うんだけど……懸念があるとすれば、義弟の妻ね」
「……つ、妻?」

 私は頭をガツンと鈍器で殴られたような感覚に陥った。

 ど、どう言う事なの? まさか、義弟さんはご結婚されていらっしゃる……? じょ、冗談よね? あ……もしかして、産めない事情があるとか? ハッ……もしや、ベルタさん夫妻には別の思惑があって、私は義弟さんの不倫相手として送り込まれるの!?

 頭の中は既にパニック状態だった。その話を義弟さんと会う前に聞けただけで良かったけど、単に子供を産むだけじゃないのかな?

 あぁ……どうしよう。段々、思考がマイナス寄りになっていく。私は元々、抱え込む性質の人間。こうなったらもう止まらなかった。

「うーん、そうね。最初は貴方を義弟に紹介して、それから––––。えっ!? ど、どうしてそんな泣きそうな顔をしているの!?」

 私はどんよりと気分が沈んでいた。まさか、自分が他人の家庭に割り入り、夫婦仲を裂くような役割を担っているなんて……と思い込んでしまったのだ。

「ベルタさん……私、不倫は嫌です」

 私は初めて不快感を露わにした。それを聞いたベルタさんがキョトンとした表情をした後、アハハッ! と涙を流しながら笑い始めた。

「あぁ、なんだそういう事ね! 大丈夫よ、シャリファ。義弟夫婦は親の取り決めで夫婦になっただけの仲なのよ。それに、年々溝は深くなるばかりでね。私達も見てられなくて、貴方を義弟に紹介する為に引き取ったのよ」
「そう……なんですか?」

 ベルタは硬い表情をしたままの私の頬を両手で挟み込んだ。

「本当の事だから安心して。何かあったら私を頼れば良いし……それより、買い物続行よ! シャリファ、次はこれを着てみて! 貴方はこういう服も似合うと思うの!」

 ベルタが次に持ってきたのは普段使いできるようなデニムシャツと白のパンツやチェック柄の巻きスカートに春物のニットを山のように手渡してきた。

「こ、こんなに沢山……」
「後、これとこれも試着よろしくね! この店を出たら……次は下着を買いに行きましょ♡」

 その言葉を聞いた私は驚いて目を丸くさせながら「し、失礼します……」と返事をしてそっと扉を閉めた。ふと顔を上げて鏡を見てみると、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になっていた。
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