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第一章 人生の転機と親友との別れ

第三話

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 ヴェロニカとこの国一の繁華街であるフルラ区に行こうと決めた。繁華街に近づく度に人々の歓声と色とりどりの紙吹雪が風に乗って飛んできたので、私は普段見ない光景に目を奪われた。

 どうやら国を挙げて成人した者達を祝う祝祭が行われているらしい。普段はお金が手元にない為、滅多に出歩かない私達は世間に疎い。車掌さんに目的地にはどう行けば良いのか、切符の買い方等を聞いてようやく路面電車に乗る事ができた。

「なんだかドキドキするわ」
「フフッ、私も」

 扉が閉まった。チリンチリンとベルが二回鳴ってから電車が動き始める。ガタンゴトン……と揺られながら、私はディートリヒの街並みを眺めていた。

 遠くに青い水平線が見える。行った事はないが、あれは海だ。黒い煙が微かに上がって見えるのは駆逐艦から排気されている煙。どうやら、明日から配属される新兵を乗せる為に停泊しているようだった。

「あ……」

 海が建物に遮られて見えなくなってしまった。どうやら町の中心部に入ったらしい。私は少し残念に思いつつ、今度は建物や人々の様子を眺めだした。

 あの女の人が着てるチェック柄のスカート可愛いなぁ……隣で手を繋いでる小さな女の子の表情も明るくて可愛らしいし。親子で歩いてる人も見かけるわ。

 首都に住んでる人達は戦争中なのに皆、できる範囲でお洒落して街を歩いていたのを見た私は、膝の上で手を軽く握った。

 羨ましいな。私もそんな暮らしがしてみたい。あわよくば、これから私が子を成す相手とも愛し合っていけるような関係性を築いていけたらいいなぁ……。

 淡い期待を抱いた反面、不安にも襲われていた。
路面電車に揺られながら街を眺めていて私が思った事は首都には富裕層が多く、戦争の被害も少ない事。服装も私達みたいに薄っぺらい白シャツに黒の膝丈スカートの上からネイビーのダッフルコートを来ている人は皆無だという事が分かった。

 ヴェロニカと離れ離れになって私も施設を離れた後、私はどうなってしまうんだろう? 街を歩いてたあの親子みたいに幸せになれるのかな? さっきまで路面電車の乗り方も知らなかったのに……。

 町の景色を眺めながら物思いに耽っていると、ヴェロニカに肩を叩かれた。私はハッと顔を上げる。どうやら次に到着する駅名を聞き逃していたらしい。

「あ……ごめん、ボーッとしてた。次の駅?」
「うん、切符を出しておいてね」

 私達は降りる人の後に着いていくように進んだ。慣れない手つきで切符を運賃箱に投入し、運転士にお礼を告げて電車を降りる。そして、信号が青になったのを確認してから横断歩道を渡り、ヴェロニカの後ろを着いていくようにして目的地であるメインストリートの方へ向かう。暫く道なりを歩くと、大きなアーケードが見えてきた。

 目に飛び込んできたのは成人したばかりの大勢の男女がビールを片手に祝杯をあげている姿だった。どの店も店内から人が溢れてくるような賑わいを見せ、ゲラゲラと楽しそうに笑い合っている。この場面だけ切り取ってみると、本当に戦争中なのかと疑いたくなるような光景だった。

「凄い人混みね……」
「今日は祝祭だから、支給された軍服を着てるだけでタダで飲み食いできるみたいよ」

 ヴェロニカはその光景を見て嫌気がさしたのか少しだけ眉根を寄せていた。そして、私に「……行きましょ」と声をかけて集団の中を縫うように進むと、いろんな人の会話が嫌でも聞こえてきた。

「総元帥はやっぱり尊敬に値するお方だな!」
「あぁ、俺達も国の為に働いて閣下のように沢山勲章が欲しいよ!」
「国の為に働かなきゃな!」

 ここまでは良かった。だが、一部の者達はかなり酔っているようで、肩を組むようにして笑い合いながら「よし! じゃあ、俺とお前でアストライア人を何人殺せるか勝負だ!」と大声で発言していた。

「本当に馬鹿ばっかり……!」

 それを聞いて完全に気分を害したヴェロニカは「戦争を知らない奴らは本当に頭の中がお花畑ね!」と誰に言うでもなく吐き捨てるように言うと、私の手を引いて近くの雑貨屋へ入った。

「浮かれていられるのも今だけよ。明日に行われる入隊式以降、配属先によっては想像を絶するような戦争の過酷さを経験する事になるんだから」

 店の中から広場で大騒ぎをしている同い年の子達を憎々しげに見つめながら拳をギュッと握っていた。

 ヴェロニカは首都から遠く離れた小さな街で育った。まだ彼女が小さかった頃、夜中に何の前触れもなくアストライア連合王国による攻撃が行われたらしい。
ヴェロニカの両親は死に、彼女一人だけ軍に保護された。ヒルフェ孤児院に初めて来た時、毛布を頭からすっぽりと被って部屋の隅でガタガタと怯えていたのを私は今でもハッキリと覚えている。

 そんな恐ろしい経験を幼い頃にしてきた彼女だからこそ、軍隊に強く志願したのかもしれない。本当は銃を握るのも人を殺すのも怖いはずなのにだ。

「……ヴェロニカ、私達も今日だけは楽しみましょう? 貴方は明日の朝に出立しなきゃいけないんだし。勿論、羽目を外さない程度にね?」

 私が手を優しく握ってあげると、ヴェロニカはやるせない表情をさせながら「……そうね。ごめん、ちょっと熱くなっちゃった」と謝ってきた。

「私は気にしてないから大丈夫。それより、どれにする? この猫のキーホルダーなんか、ヴェロニカに似てるわ!」
「え~、ただ単に目が大きくて黄色いからなんじゃないの~? あ、待って! この白い兎のキーホルダーはシャリファっぽい!」
「え、本当!? 見せて見せて!」

 結局、私達は悩みに悩んでお揃いの兎のキーホルダーを買った。ヴェロニカは身軽で木登りが得意だし、絶対に猫が似合うと思ったんだけど、彼女は最後まで「兎はシャリファっぽいから!」と笑って譲らなかった。

 ……本当に楽しかった。この時間だけ戦争中だという事を忘れて、どこにでもいるような普通の女の子に戻って買い物を楽しんだのだった。
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