私の初恋〜孤児だった私は貴方の子供を産む為に参りました〜

麦星れな

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第一章 人生の転機と親友との別れ

第一話

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 ヒルデブラント連邦は長年に渡り、海を隔てた先にあるアストライア連合王国と戦争を続けている国だった。北に行けば白い砂浜に美しく広大なエメラルドの海が。南に行けば近隣諸国に跨る大山脈が。地方に行けば一昔前に貴族が所有していた歴史的建造物である古城もいくつか存在している。

 しかし、王国との度重なる戦争の末に重要文化財や建造物、人口が激減。一般市民を対象に強制徴募を検討せざるを得ない状況に陥り、約二十年前に戦況はさらに悪化。政府は軍部と度重なる議論の結果、富国強兵制度を施行。今日に至るまでこの制度が続く事となった。

 1

 ヒルデブラント連邦 首都・ディートリヒ 演説広場

 今日は成人の日。今年成人を迎えた大勢の十八歳の男女が大人の仲間入りを果たした。大半の子達はヒルデブラント連邦軍の黒い軍服に袖を通し、真っ赤なネクタイを締めて誇らしげな表情で一点を見つめている。

 彼等の熱い視線の先には胸に数え切れない程の勲章を着けたヨハン・リーデルシュタイン総元帥が演説台に立っていた。そして、総元帥は開口一言目に『アストライア連合王国との戦況について、我々は––––』と拳に握り込めながら熱く語り始めた。

 似たような演説を耳にタコができる位に聞いてきた私は、長椅子に深く腰掛けながら「……戦争なんて馬鹿みたい」と誰にも聞こえない声で呟く。
憂いを帯びた表情で二重に映る白黒の映像を見つめていると、廊下の方から聞き慣れたヒールの音が聞こえてきた。

「シャリファ、ここにいたのね! 探したのよ……あぁ、総元帥閣下の演説を見てたのね?」

 リビングを覗き込むようにして現れたのは、ヴェロニカという十八歳の女の子だった。彼女と私は同い年。背中辺りまである茶色の長い髪を頭の高い位置で結い上げており、少し長めの前髪から覗く丸くて形の良い大きな目はまるで猫のようだ。

 テレビの電源を落とす為に私は椅子から立ち上がると、長い銀の前髪がふわりと揺れて視界を遮った。鬱陶しい前髪を耳に掛けてから、ハァ……と溜息を吐く。

「総元帥の有難いお言葉は聞き飽きちゃった。こんなくだらない戦争、何年続けてるのよ。早く終わって欲しいわ」
「あぁ、ヒルデブラント連邦の勝利で終わりますようにって意味ね?」

 ヴェロニカはわざと声を張り上げながら言ったので、私はしまった……という表情で自分の口元を反射的に押さえた。暫くそのままの状態で固まっていたが、誰もいない事を自分の目で確認した私はホッと胸を撫で下ろしたのだった。

「もう、シャリファったら……」
「ごめんなさい。ヴェロニカの前だからつい本音が出ちゃった」

 この国はまだ戦争中だ。この手の話題は非常に神経を使わなければならない。非国民と誤解されるような発言をしてしまえば、施設長にお仕置きで鞭打ちを最低でも百回は受ける事になるからだ。

 私は彼女に気を遣わせてしまった事に申し訳なさを感じつつ、テレビの電源を落とした。そして、キョロキョロと周りを見渡し、自分の目で誰もいない事を確認した後「私ね、貴方が軍隊に行っても無事に帰ってきますようにって毎日神様にお祈りしてたのよ」と彼女の耳元でゴニョゴニョと小さく囁く。

 それを聞いたヴェロニカは感激した様子で「シャ、シャリファ~~……もう、大好きっ!」と涙ぐみながら抱き締めてきた。

 あぁ、暖かくてお日様のような良い匂いがする――。
私はこの匂いが幼い頃から大好きだった。ずっと、親友のヴェロニカと一緒にいられたら良かったのに……。

 楽しかった思い出がたくさん溢れてきたと同時に涙まで込み上げてきた。しかし、ここで泣き出してしまったら彼女を困らせてしまうだろうから、私は普段よりも明るく振る舞った。

「ふふっ、大袈裟なんだから! ヴェロニカはこの孤児院で初めての女性軍人だもの。私もとっても誇らしいわ!」

 そう言って私はヴェロニカをギュッと抱き締め返した。
軍隊なんて行かないで! と言えたらどんなに良かった事か――。

 ヴェロニカはこのヒルフェ孤児院初の女性軍人として入隊する事が決まった。この国では成人を迎える前に身体測定を受けさせられるのだが、そこで彼女は運動神経と動体視力を買われたらしい。

 私はおめでとうと祝福したが、心から祝福はできなかった。理由は二つある。一つ目は私もヴェロニカと共に軍に入隊する事を志望したが、他の子達とは違って私だけ書類を返却されてしまったのだ。

 ヴェロニカと一緒に書類を何度も見返しても不備は見当たらなかったので、非常に困惑した。軍部は常に人が足りていない状態なのに、どうして私だけ書類が受理されずに戻ってきてしまったのか――?

 結局、私は理由を知る為に首都にある徴兵司令部に一人で赴いた。そこで書類を受理されなかった理由を尋ねたのだが、司令部にいた軍人達は互いに顔を見合わせて「……君は背が小さいから」と何故か言い難そうにしていたのを今でもはっきりと覚えている。

 二つ目の理由は、家族であり親友であるヴェロニカと離れ離れになるからだ。彼女とは十八年間ずっと一緒だった。辛い時も楽しかった時も先生達に内緒で悪戯をして二人で一緒に怒られた事を全て覚えている。そんな彼女と離れ離れになる日が来るだなんて考えもしなかった。

 ヴェロニカの軍隊入りが決まってから、私は寝れない日々が続いた。
今以上に戦況が悪化したら? 彼女が前線に駆り出されて死んでしまうのではないか? 訓練中に怪我をするのではないか? 悪い想像ばかりが頭に過り、酷い時だと夏の暑い季節なのに手足は氷のように冷たくなって身体の震えが止まらない時もあった。

 だが、時の流れは残酷で生者に等しく訪れる。私達が離れ離れになる時はもうすぐそこまでやってきた。

「私……シャリファと離れ離れになるなんて嫌だよ」
「私も離れたくないわ。ずっと貴方と一緒にいたい。けど、軍人にはなれなかった私に残された道は一つしかないわ」

 私は悔しそうに唇を噛みながらヴェロニカの手をギュッと握った。

 軍に所属する事が出来なかった女性が国に求められる事――それは戦力になり得る健康な男児を産む事だった。

 二十年前に定められた富国強兵制度で成人した男女は最低でも三年は軍隊に所属し、従事しなければならない。だが、なんらかの理由で軍人になれなかった場合はこうした制度が設けられており、特に身寄りもない私のような人間は優先的に適用されていくのだ。

 しかし、この制度もすり抜けるいくつか方法がある。方法として多いのは多額の税を国に納める事だ。特に富裕層がそうする傾向にあり、跡継ぎを失いたくないからという理由で多額の税を納める者が数多く存在する。

 だが、私は孤児。そんなお金なんて一切持ち合わせていない。軍人にもなれない私が国の為に出来る事、それは健康な男の子を産んで一人前に育てあげる事しか出来ないのだ。

「……できれば好きな人の子供を産みたかったな」

 私はポツリと本音を呟いた。それを聞いたヴェロニカは「シャリファ……」と私の名前を呼ぶ。彼女は悲しげな表情をしながら、もう一度優しく私を抱きしめる事しか出来なかった。

 私達はこの施設で軍人に志願しなかった少数の女の子達を見送ってきた。けれど、その後の消息は誰にも分からない。だからこそ、なんと声を掛けたら良いのか分からないのだ。

 あぁ……こんな優しい子にいつまでも気を遣わせては駄目。人生で一度きりの成人式だというのに彼女は演説広場へ行かず、私との時間に費やしてくれたんだもの。明日はちゃんと笑ってお別れをしたい。

「しんみりさせちゃってごめんなさい。そういえば、私に用があって来たんじゃないの?」
「あ……うん! 今日でシャリファと一緒に暮らせるのが最後じゃない? だから、国から出たお祝い金でお揃いの物を買おうと思って! 私もシャリファもどこにいても身に付けていられるような物をね!」
「いい考えね! じゃあ、着替えてくるからここで待ってて!」

 私は彼女にそう言い残し、まだ春の暖かさを感じられない肌寒い廊下に出た。
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