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◇012/深層を知ろうとする者

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「あぁ、シュタール?」

「君の弟の件だけど」

「駄目じゃん。肝心な事を何も伝えてなかったでしょ」

「いくら隠されている部署だからって、多少は上手く伝えておいてくれないと僕が困る」

「うん。ユーディは当初の予定通り僕が貰って行くよ。2班に連れて行って、これまで通りシュタールの『壁』として動くから」

「楽しみにしてて。研修が終わったら2枚壁になるから、今までよりは楽になるよ」

「とは言え、2人きりだからな。無理はさせないで欲しいよ」

「は?再来年?わかった。とりあえず僕がここにいる間に『影』としてのベースは作っておく」

「何々?ちょっとシュタール?どうしたの?」

「僕も楽しませて貰っているからね。僕もありがとう」  

「えぇー。僕、酒は飲めないんだけど?」

「そりゃそうだ。楽しみにしている。でもやっぱり、僕はノンアルコールで頼むよ」

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「どうした?レキ」

「アイゼン?何かあったのか?」

「肝心な事?…あぁ、『影』と『壁』の事か?さすがに管理課は隠蔽された部署だ。いずれ影になるとは言え、不用意には言えないさ」

「申し訳ない。それも踏まえての『任せる』だったのだが?ところで例の傭兵はどうだ?レキの求めている人材か?」

「そうか。思った以上に優秀な人材だったのだな。一緒に仕事が出来るのが楽しみだよ」

「それは助かるな。今までは頼れる壁がレキ1人だから、あまり大きな仕事は受けられなかった。これからはもう少しやれる様になる」

「気を付ける。…あ、アイゼンの『壁』の件だが、すぐには無理そうだ。人材の選定と配属と…あとは退任の関係で早くても再来年の4月合わせになりそうだ」

「宜しく頼む。…レキが俺の『壁』で良かったよ。ありがとう」

「単純に礼を伝えたいだけだ」

「…今度、飲みに行こう」
 
「飲まないだけだろ?だったらうちで飲めば良い。うちでだったらどうとでもなる」

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  ピピピピピ…ピピピピピ…。
  どこかでアラームが鳴る。もぞもぞも肌掛け布団から手を伸ばし、音源を探る。ヘッドボードの宮棚に置かれた携帯を手に取った。ボタンを押してアラームを止めるが、スヌーズ機能をONにしてある。また5分後には鳴る。

「全く。宿舎だと朝が早くて堪らない…」

  早朝5時30分。眠たい頭を眼で携帯を見ると着信を示すLEDが点滅していた。それはメール着信。

「…誰よ…。ん?アイ君?」

  ゆっくりと携帯を操作してメーラーを開く。

「…は?」

  菫は着替えると携帯を片手に自室を出た。階段を上り、榛原の部屋へ向かう。きっと榛原ももう起きている。

「礫君、礫君?」

  榛原の部屋のドアを軽く叩く。さすればTシャツに甚平、寝起き間違いないぼさぼさ頭の榛原がドアを開けてくれた。

「おはよう、礫君。アイ君が脱走したわよ」

  菫は届いたメールを榛原に見せる。ディスプレイには無機質なフォントで『スミさん、おはようございます。数日ここを離れます。どうしても会わなくてはならなくなりました。すみません』と表示されていた。

「もう、礫君が焚き付けるから…」
「本当に知りたければ僕に聞くべきじゃない。それに本来これはシュタールがすべき事だ」
「全く、困ったものね」
「困ればいいんだ、シュタールもアイゼンも。シュタールは自業自得、アイゼンはそこから自分を見つめればいい」

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