上 下
65 / 84
◇011/兄さんと俺

1/4

しおりを挟む
◇011/兄さんと俺
─────────────────

「行ってきます」

  いつもと変わらない時間に自宅を出た。プライマリースクール、ジュニアハイスクールと進学して行けば当然自宅を出る時間が変わるが、基本的には学校がある日は毎朝決まった時間に自宅を出ていた。
  プライマリースクールに通っていた時と違う事は、隣に兄さんが居ない事。俺がまだプライマリースクールに通っていた時は、常に兄さんが隣に居た。兄さんとは3歳離れているから、兄さんがジュニアハイスクールに進学しても方向が一緒だったと言うだけで一緒に通学をした。

  それが当時の当たり前だった。

  俺がジュニアハイスクールに進学してからは1人で自宅を出るのが当たり前になった。それはグラデュエートスクールに進学した今でも変わらない。
  バスに乗りスクールに向かう。この路線バスは兄さんが勤める中央管轄区司令部の建物を掠めてから中央管轄区のターミナル駅まで行く。そこから乗り換えてスクールの近くまで行く。

  兄さんは俺がジュニアハイスクールに進学する直前、突然家を出て軍事学校に進学してしまった。母さんも俺も予兆など全く気付かず驚いたものだ。父さんだけはそれを知っていたと、数年後に明かされた。
  13歳になる年の3月に突然別れそこから丸7年間、全く連絡が取れなかった兄さんとの再会は本当に偶然だった。

─────────────────
─────────────────

  俺の家の話をしよう。
  俺の実家はこの軍事国家中央管轄区の中央都市に居を構えている。父はこの中央都市では名の知れた人だった。ただ俺はこの家において『次男』と言う立場だ。所詮俺はおまけでしかなかった。

  俺と兄さんの話をしよう。
  俺は弟の立場だ。生まれた時には既に兄さんが存在して、常に兄さんを見ながら大きくなった。身近な存在の兄さんは俺にとって1番の存在だったし、憧れでもあった。

  俺に物心が付いた頃には兄さんは習い事をしていた。兄さんはこのコーネリア家の長男だから、母さんからの期待を一身に向けられていたと大人になってから気が付いた。子供の俺はそんな事情など知らないから、習い事に兄さんを取られてつまらなかったと思っていた事は否定出来ない。
  最初はピアノ、それから語学、絵画。気が付いたら剣術や狩猟も習っていた兄さんを見ながら、『どうして僕とは遊んでくれないんだろう…』と拗ねたものだ。拗ねる度、玄関ホールに赴きガラスケースに納められた父さんのブレードを眺めていた。父さんのコレクションの中でも1番のお気に入り。細いブレードの峰には細かい紋様が刻まれ、峰全体がブルーカーネリアンの様なカラーをしている。その峰はまるで俺の瞳の様。綺麗なブレードの前にしゃがみ込み、1人静かに泣いた。

  母さんは兄さんが1番なあまり、俺にはろくに目を向けてはくれなかったのを子供心的に感じてはいた。
  弟と言うのは良くしたもので、生まれながらに『手本』が存在する。兄さんを見ながら兄さんに憧れて、兄さんを手本にした。兄さんと母さんのやり取りを見ながら、母さんの望む事を把握して、それに近付け様と努力した。
  俺が頑張って母さんの望みを叶えたのならば、兄さんしか見ない母さんが俺の方を向くと思っていたし、兄さんの負担が軽くなると信じて疑っていなかった。
  そこからの俺はもう目的がわからない。兄さんと遊びたい一心で兄さんの習い事を肩代わりしたかったのか、兄さんしか視界に入らない母さんの視界に入りたかったのか、当時の俺の目的はどちらだったのだろうか…。

  どちらにしても、そうしたら兄さんとまた、遊べると思っていた。

  ある日、俺はピアノを弾いた。それは兄さんがピアノの先生と何回も何回も練習していた曲。何回も聴いて曲を覚えた俺はプライマリースクールの音楽担当の先生に相談して僅かながらではあるが教えて貰い、拙いながらもそれを弾ける様になった。それを兄さんの前で披露して見せた事がある。
  語学も同様。隣の部屋から聴こえて来る声を拾い、必死に覚えた。それも兄さんの前で披露した。

  結果として、俺は兄さんに疎まれる事となる。

  俺は弟だから、兄さんを見ながら何をしたら叱られて、何をしたら褒められるを自然に見極められる様になって行った。それが余計に兄さんの反感を買ってしまった事を、当時の俺は理解出来なかった。
  一緒に遊びたくても遊んで貰えない。一緒に出掛けたくても一緒に出掛けてくれない。会話もろくにしてくれない。

  プライマリースクール6期生の俺とジュニアハイスクール3期生の兄さんと、並んで歩くと背丈は数cmしか違わない。辛うじて兄さんの方が高かった。俺の背が年齢の割には高かったのか、それとも兄さんが年齢の割に小さかったのか。何とも言えない微妙な距離を保ちつつ、それでも学校には一緒に歩いてくれた。ただ、会話も笑顔もない。一緒に歩いてくれる事はきっと兄としての責任だったのだと思う。

──────────────
しおりを挟む

処理中です...