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◇009/壁と影(後編)

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◇009/壁と影(後編)
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  この世の中、実践しなければ覚えない事などたくさん存在する。1度でも経験すれば、後々その経験を活かし活路を開く事も可能だ。
  6年前、軍事学校5期生で行った潜入殲滅戦演習はひとつの経験となり得た。それぞれの目的の為にそれぞれ行動する。現場判断が求められるが故にいかに臨機応変に動けるかがポイントとなった演習だ。マニュアル通りに行かない、それを知り見極め現場で克服をする。やっておいて損はなかった。

  今回の仕事は正直面倒だと彼は感じていた。自分達だけなら簡単だったものの、他部隊も混じっている。表向き、他部隊との協力体勢を取りつつ本来の任務をこなさなくてはならない。

「第6小隊、出ます」

  西方管轄区国境警備隊との共同任務、不法入国テロリストの制圧戦。この制圧戦に関しては相手国との協定がきちんとなされている。ターゲットは1級テロリストと位置付けられており、詳細な資料を見せられていた。
  6隊隊長は人の命を奪う事を好まない。だが仕事となれば別だと割り切る。何よりも今回の相手は自国でもテロを起こしており、かなりの犠牲者を出している。遠慮も容赦も要らない。

  彼は自らこの『軍属』と言う沼地に足を踏み入れた。今更、綺麗事も文句も言ってはいけない。背中にたくさんの命を背負い、いつ自分が命を奪われても仕方がないと言う部分と、それでも生きて還ると言う部分の矛盾を抱えながら、彼はそれぞれに指示を飛ばす。

  今回、対象となる人数は3人。無力化させて拘束をし、送還させる。処罰は向こうがすべき事だと彼は考えている。但し、『多少の』負傷は問わない。
  いくら国境警備隊が入るとは言え、彼等は攻撃に特化はしていない。拘束後の送還手続きは彼等に任す事になるが、実戦は6隊の役目だ。
  ターゲットは3人だがいくつかのチームに分け、制圧及び拘束を行う。規制線そのものは広く張ってはあるものの、ターゲットの潜伏位置は絞ってあった。廃墟群の中でも一際目立つ建物だ。
  リアンはイーヴルと2人で潜入する。イーヴルとは付き合いが長いが、一緒になる事は意外と少なかった。

  イチヨンゴーゴー。制圧開始時刻5分前。今回の潜入メンバーの配置が完了した頃、リアンは潜入前最後の指示を飛ばす。6隊メンバーのみに無線を繋ぐ。

  …ピピッ…。
「6隊総員へ告ぐ。現時点をもって今回の制圧戦は第6小隊としてではなく、『壁(wall)』としての仕事となる。我々壁はターゲットを無力化して拘束する事を目的とする。『影(shadow)』はターゲットの所持品を回収する事を目的としている。影と接触した班は影の指示に従い、任務完遂に努めよ。以上」

  6隊は特殊部隊だ。結成されて3年。それまでは単なる育成用の通過部隊だとばかり思われていたが、実際にはどうだ。それまで彼等が6隊としてこなした仕事の裏で、影が暗躍していたと言う事例を彼等は知らない。

  半年程前、この6隊から初めての離脱者が出た。副長のアイゼンだった。
  突然の離脱に困惑したが、異動命令なので飲み込んだ。そのアイゼンの異動先が『東方管轄区管理課』と呼ばれる少数精鋭の特殊部隊、当事者の間では『影(shadow)』と呼ばれる場所。これを機に表向き特殊部隊として6隊が『壁(wall)』と呼ばれる部署となり、裏向き特殊部隊である管理課を隠し、影としての任務遂行をサポートする。この2つの部隊は正に表裏一体。
  6隊そのものが壁として機能させるべく結成されたと知ったのがアイゼン離脱から少し経った頃。そこから本格的に6隊は壁として動く事となった。

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