天使たちの目覚め

oyasumi

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第燐章 禁書、ビブリオテカ

1話 眠り姫の目覚め

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「そこに隠れていなさい、私の大切な人形さん。」
階下から聞こえるドタバタという足音の中、私は『父』の書斎に身を隠した。
それから何時間経っただろうか、いつの間にか事は済んでいたようだ。
ゆっくりと、書斎のドアが開く。
「夢、君は夢だった。私の、そして君のことをいつか読む人の。ただ…その夢はもう潰えそうだ。私が浅はかだったのだよ。許しておくれ。」
そんな声とともに入室してきた『父』は変わり果てた姿で私の核に触れて…。


「…ん」
少しづつ身体が起きる。ツンとしたカビ臭さが私の瞼を重力に逆らわせた。
「ここは…?本棚…?」
夢だったらしい。私は大きく伸びをひとつ。するとコツコツ、と少し離れたところから足音が聞こえた。私はとっさに身を隠す。
「…っ!」バサバサと積まれた本が崩れていく。「黒魔術入門」、「メルニカ建国史」…。どれも聞き覚えのある書名が並ぶ。
「やっとお目覚めかな、禁書ちゃん。」少し離れた場所から声が聞こえた。少し、聞き覚えのある声だと瞬間的に認識した後、顔立ち、姿が視認できた。やめて、触らないで、と声の主であろう、中性的な顔立ちの人間に目で訴えかける。
「そんな顔しないでくれよ。禁書って呼んだって、別に間違いでもなんでもないでしょう?だって君は、君の名は『ビブリオテカ』。世界でも五本の指に入る、奇書かつ国が認めた禁書を宿した書物人形…誇っていいわよ。」
ビブリオテカ、その名に覚えはあった。だが私の記憶…覚えている最後のシーンは…
「焼却処分されたはずでは…?私の核、ビブリオテカは…。」
処分が決まり、抜き取られた。はずだった。私がこの世界で再び目を覚ますわけがなかった。
「ああ、それは…追って説明するわ。ここには長居したくないの。」
言い終わる前に、重く閉ざされた扉の向こうから微かに警報音と野太い人の怒声。
「さあ、逃げるわよ禁書ちゃん。私には君が必要なの!」
なんとなく、本当になんとなく。彼女についていくことが私にとって正解に思えた。
伸ばされた手を取ったその瞬間、懐かしい感じがして…
そのまま私は再び、眠りにつくことになった。


それからどれだけ経っただろうか。この前と同じような匂いで目が覚める。
「やっと起きたのね、禁書ちゃん。三日間も眠っちゃって、眠り姫ちゃんに改名しようかと悩んでたところよ。」
揺り椅子に腰掛け、本を読んでいた眼鏡の女性が私を書庫から連れ去った…連れ出してくれた人だと気づくのに、さほど時間はかからなかった。
「ありがとうございます…。ここにいると、安心します。」
「そうかい、まあそれはそうというか、ね。」
含みを持たせてもう一度女性は本に向き直り、続けた。
「禁書ちゃん、実は君、私のお爺さんが書いたんだ。私は名前をリンダ・メルカトルっていうの。立派な犯罪者、ジニア・メルカトルの孫。」
「ジニア…!あなた、ジニアのお孫さんなんですか!でも、犯罪者ってどういうことなの…?」
犯罪者。しかも孫。私が知らない、知る由もない真実が次々とリンダの口から語られた。
ジニアは私を書くに当たって禁忌を犯したこと。
それは国側からすると不都合な、当時国民に伏せられていた世界の理を私に書き込むことだったということ。
ジニアはどうしてもその事実を世に出すべきだと考え、オリジナルの焼却後「ビブリオテカ」の複製品を刷ったこと。しかしそれすら政府の工作員によって暴かれてしまい、ジニアは極刑に処されたこと。
今私の核になっているのは唯一ジニア…、リンダの手元に残った三つ目の章だということ。
「残りの章は行方知らず、オリジナルと同じように焼かれてしまったのか、まだ誰かの手元にあるのか…。ここまでが禁書ちゃんがあそこ…政府の禁書庫プロイビール・アーカイビオで眠り姫ちゃんしてた百年の間にあったあらかた。だけどね、最近になってある事が分かったの。」
リンダはメガネのレンズの奥で、ただでさえ細い目を更に細めて言う。
「ビブリオテカの最初の章が見つかったんだ。メルニカ、かつて栄えたとされる古代都市の遺跡がある国の書物人形師が所持しているらしいの。最も、どうやら人形にはビブリオテカを突っ込んでないらしいけど。」
「どうしてリンダはそこまでビブリオテカに執着しているの…?」
「…この世に残存するビブリオテカの章を一つ残らず収集して、完全なビブリオテカを完成させるため。愚かな祖父の夢を叶えるために。禁書ちゃん、君には少し手伝ってほしいんだけど、君は…君は夢だけ見ていればいいよ、眠り姫さん。」


夢。誰しもが平等に見る権利を持つ夢。
その夢を叶える事のできる権利はときに不平等に与えられるが、努力と研鑽の末手に入れたものは無駄にはならない。少年少女よ、夢を叶えよ。夢を叶える権利を掴め。
世界三大奇書、世界図書管理協会指定禁書「ビブリオテカ」第三の章、夢の一節より。
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