蒼穹 -小説 山崎闇斎-

深川ひろみ

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 死の床で、湘南は絶蔵主の事を皆に頼んで言った。
『絶蔵主―――あれは傲岸な男だから、なかなかに腹の立つこともあろうが、あれを連れてきたわしに免じて、どうか皆で引き立て、これまで通り見守ってやって欲しい。寺に何冊かある本で、あれが望むものがあれば譲ってやってくれ。書を読むことにかけては、わしを含めてここにおる誰にも劣らぬ男だ。決して無駄になることはない』
 その臨終の時でさえ、絶蔵主は寺にいなかった。師の容態を気にかけはしたが、死病に侵された師が弱ってゆく間、ずっと寺にあって意に染まぬ勤めに粛々と取り組む殊勝さはなかった。いつものように寺を抜けて城下の勉強会に参加し、夏の永い日も落ちた頃に戻った絶蔵主は、そのまま坊に向かおうとして、飛び出してきた若僧に物も言わずに頬を撲りつけられた。師の遺言を聞かされ、地に蹲り獣のように声を絞って泣いた。
 思えば感謝の気持ちさえ、きちんと伝えたことはなかった。傲岸不遜な忘恩の徒―――その場で寺を放逐されても文句は言えないほどの不肖の弟子であった。
 湘南亡き後の吸江寺では、針の筵に座らされているかのごとき日々だった。だが生来の負けん気で、以前にも増して昂然と顔を上げ、信じるままに突き進んだ。
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