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三 後世畏るべし

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「像と神主、祭器や扁額は、先年亡くなられた初代尾張どのから賜ったものです」
 先聖殿に招き入れながら、春信が説明した。厳しい雰囲気はやや和らいだものの、山崎は相変わらずほとんど口をきかない。春信に何かを尋ねる様子もなく、労をねぎらう態度でもない。
 正面の木製の重い扉は朝に開放されて香が焚かれ、門弟が交代で守っている。春常は入口の中で、井上家中の三井は外で、それぞれ待機していた。三井は山崎の刀を両手で持っている。
 堂内に入る際、山崎は帯びていた刀を外し、三井に無造作に預けた。刀を脱することは聖堂内に入る際の礼儀ではあったが、儀式の時でさえ、それに抵抗を示す武士は少なくない。三井はさすがにギョッとした様子だったが、山崎は平然としている。
 昼を少し過ぎたところで、太陽はほぼ真南にある。西向きの建物の中は薄暗く、少しひんやりとしていた。孔子と四賢の神主と塑像が安置されている奥は更に暗い。山崎は春信に続いて孔子像の前へ進み出た。像の前には漆塗りのきざはしが設けられている。山崎は階を登ろうとはせず、階下から謹厳な態度で像を仰ぎ、一礼する。春信が傍らから声を掛けた。
「そのままお登り頂いて構いません」
 山崎は春信を見る。やや間があった。
「このような階は、中華の古式にも家禮にもない。我が国の廟制に倣うたのだろうが、中華の作法で儀式を行うのであれば、扱いに困るだろう」
 「家禮」とは、朱熹がまとめた礼制についての書である。
「え―――」
 春信は虚を突かれたようだった。咄嗟に言葉を返せなかったのか、え、と言ったきりしばらく絶句した。
「ここでは釈奠せきてんが行われていると聞く。式次第を記したものがあれば拝見したい」
「釈奠の」
 春信はその言葉を言ってしばらく黙り込んだ。わずかに逡巡し、顔を上げて山崎を見る。
「釈奠の次第を記した文書は、公のものにはしておりません。勿論秘事ではありませんが、お見せして良いかぼくでは判断できませんので、父に確認させて下さい」
 山崎はじっと春信を見つめ、少し頷いた。
「承知した」
「祖父が釈奠のために京の画工に描かせた聖賢の真影がありますが、それもご覧になりますか」
 春信は尋ねた。
「いや」
 山崎は短く答えたが、さすがに言葉足らずと思ったものか、少し間を置いて言葉を継いだ。
「釈奠で真影を掲げるのも礼にはないことだ。更に言うならば、先聖殿に塑像を安置するのも論のあるところ。祀られるべきはあくまで神主だ。朱先生(朱熹)は塑像を祀る行為を仏氏の影響としてしりぞけられた。それゆえ明国では多くの像が撤去されたという。一考すべきだろう」
 山崎は像を離れた。今度は祭壇に置かれた祭器や楽器を一つ一つ、確認するように見ていく。春信は傍らを進みながら、ひたすらその眼差しを追っていた。この上方の儒者に、祭器の説明など一切必要はないだろう。春信らを前に、案内は請わぬ、拝見したいだけだとこの男は言い切った。春常の目にも、兄が随分と緊張していることが判る。むしろ検分されているかのようだった。
「この後、書庫を拝見したい」
「ご案内致します」
 山崎の言葉に、春信は姿勢を正して答えた。


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