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三 後世畏るべし

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 四人は邸宅のある区画を出て、先聖殿へ向かった。先聖殿に続く路は二つの門を備え、不忍池のほとりの道にもうけられた門から、東へ真っ直ぐに伸びている。路の真ん中にたち、山崎は先聖殿を見上げた。
 建物は初代尾張どの、義直の援助を受け、二十六年前に建てられたものだ。歳月を経た銅葺き屋根のくすんだ緑青色が、初夏の強い日差しに鈍く光っている。
 春信は案内して歩き出そうとしたが、山崎は足を止めたまま、ぽつりと呟いた。
「西向きだな」
 尋ねた訳ではなく、確認のようだった。春信は動きを止め、かれを見上げる。わずかにためらった様子だったが、思い切った様子で呼びかけた。
「山崎さま」
 歩みを進めようとしていた山崎は足を止める。春信は、上方の儒者を見上げて尋ねた。
「本来は、やはり南向きにつくるものとお考えでしょうか」
 春信の長所は、物怖じせず、誰にでも謙虚に教えを請えるところにある。
 山崎はじっと少年を見つめ、短く尋ねた。
「「説卦伝せっかでん」を読まれたか」
「はい」
 打てば響く。春信は即座に応じた。
「「離は明なり。万物皆な相い見る。南方の卦なり。聖人南面して天下に聴き、明にむかひて治む。けだしこれをここに取るなり」」
 「説卦伝」は、「易経」の解説である十翼の一つだ。孔子の作と伝わる。
 山崎は頷く。
「聖人は、明るく照らされる南を北から見据えて世を治める。人も物も明らかに見るためだ。建物自体は西面していても、実際の方位に関わらず南面しているものと見なす。それで問題ないという考えもあるが、やはり本来の形ではない」
 はい、と春信は答えた。山崎は先聖殿に向かって歩き始めながら続ける。
「今は門と先聖殿だけのようだが、いずれ両翼に路や廊を設けることになれば、その際にも方角のことは問題となる。ここを我が国の儒道の拠り所となさんとするならば尚更のこと、全てにおいて範となり得るものとするべきであろう」
 我が国の儒道の拠り所。
 さらりと口にした、その気宇の大きさに、春常は胸の高鳴りを覚えた。
 春信も同様だっただろう。
「ご教示有難うございます」
 眸を輝かせ、春信は丁寧に礼を言った。山崎は、かすかに目礼したようだった。


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