愛する人の手を取るために

碧水 遥

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6話

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 アナスタシアは、あのあとすぐに王族籍から抜け、今はライナスの婚約者としてティアール公爵家に住んでいた。
 婚姻をするのは、半年後になる。

「あの、アニーさま」

「何かしら?」

「お客さまがお出ででございます」

「どなた?」

「レオナード王太子殿下です」

「……そう」

 アナスタシアはメイドを労うと、玄関ホールに向かった。そこにはこの上もなく苛々を溜めた元弟が、片方の足を床に打ち付けていた。

「姉上っ……!」

「ごきげんよう、王太子殿下」

「何を莫迦なことを!」

「わたくし、ただの公爵子息の婚約者ですもの。……何か御用でも?」

「……その」

 レオナードは俯き、ぼそぼそと言った。

「茶会の……やり方を、姉上に……」

「わたくしは、あなたの姉ではありません。……お茶会のやり方など、幼い頃から母君に習うものでしょう?今更、覚え切れるものではありませんわ」

「覚えさせるとも!だから……!」

「無理ですわよ。……では、ひとつ。東の地方で、雨が多いそうです。さて、王都に住んでいる方は、婚約者や旦那さまに何と情報を伝えるでしょう?」

「……は?」

 レオナードは、ポカンとアナスタシアを見つめた。
 わたくしの元弟って、ここまでアホだったかしら、と思いながら、アナスタシアはニッコリ笑った。

「今の質問に答えられたら、教えて差し上げますわ。……言っておきますが、基礎の基礎ですわよ」

「…………」

 何も言わず、レオナードは踵を返した。

 あの莫迦は、ようやくフロリアーナが何をしていたのかに気づいたらしい。

 優雅なお茶会は、すべて情報収集の場。例えば、東が雨なら……。

「東が雨なら、何?」

「ふふ」

 後ろから抱きしめられ、アナスタシアはその腕に手を添えた。

「東は小麦が穫れる領地が多いですから、パンが値上がりするかもしれませんわね。パンが値上がりすると、それに使うバターやジャムも値上がりしますわ。と、いうことは」

「成程、酪農を主にやっている領地や、果物の産地と重点的に取引すればいいのか」

「まあ、ライさま。それでは不合格ですわよ」

「……ん?」

「今までの取引先が一斉に手を引いたら、小麦の産地はどうしますの。……だから正解は、道の整備をする、です」

「……は?」

「まあ、今の答えは国として、ですけれど。小麦が穫れないなら、農民が困窮しますわ。だから国家として仕事を与えねばなりません。道を整備すれば、少ない小麦でもすぐに王都に届けられ、痛んで無駄が出ません。そして、整備した道は後々の役に立つ、と」

「……成程。奥が深い」

「それを、わたくしたちは幼い頃から叩き込まれているのですわ。些細な情報から多くを読み取り、自分に……身内に、有利に振る舞えるよう」

「ちなみに、ティアールうちの答えなら?」

「ティアールなら、小麦の生産地もありますもの、値が上がり過ぎないよう、いつもより多く買い上げて市場に流し、その損失は他のこと……例えば織物で補うよう、そちらに指示、ですわね」

「東に雨が多い……ってだけで、そんなにか」

「あら、判りやすい例えですわよ。わたくしやフロリーも、1番初めの試問でしたもの」

 だからわたくしが4つ、フロリーは3つですわね。

「……お茶会って偉大だね」

「もちろん、そんな話ばかりしている訳ではありませんけれどね。……まあ、あの莫迦が嫌っているような、ドレスやアクセサリーの話にも、ちゃんと意味はある、ということですわ」


▼△▼△


 判らない、判らない、判らない!!

 何で⁉︎何が悪いの⁉︎雨が降ったら、治水をするのが当然でしょう⁉︎
 川が氾濫しないよう、堤防を作って溜池を掘って……何が違うの⁉︎

 ディアーナは、苛々と部屋の中を歩き回っていた。何度答えを届けても、間違っている、としか返って来ない。

「どうしてよ!!この答えなんて完璧じゃないの!!これ以上の治水事業なんてないわよ!!」

 それとも、もっと完璧な治水の方法があるって言うの⁉︎

 ディアーナは、自分が何を求められているのか、全く理解していなかった。
 ディアーナに求められているのは、得た情報からことであって、他人の領地の治水事業ではないのだ。

 そもそも領地の事業など、国として手を出すことではないし、自治に口を出すべきではない。

 王族に連なる者として、全くの見当外れだった。

「レオンに訊いても意味が判らないしっ……!」

 レオナードに至っては、お茶会の意味さえいまだによく判っていなかった。ただ、フロリアーナがいた頃は、何故か会食の前に、今回の議題を囀ってたな、聞く気はなかったけど、というくらいで。

 つまりフロリアーナは、大事な集まりの前に、出席する方の妻子を招いてお茶会を開くことで、大切な話題を集めていたのである。
 表向きの情報収集では、決して大事なことなど探れないものだ。

 表面上は孫が生まれた、で通していた、ランディアのルルティア大使のように。

「どうしよう……どうしたらいいの……わたくしが、あの女に劣るとでも……」

 アナスタシアは、ディアーナに手を差し伸べるつもりは全くなかった。
 あちらから訊いて来るなら、教えても良くてよ、のスタンスである。だから、どんなに悩んでいようが、アドバイスをするつもりはさらさらなかった。

 大事な大事なフロリアーナを虚仮にした者たちを、許すつもりなどこれっぽっちもなかったのである。
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