愛する人の手を取るために

碧水 遥

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2話

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 レセプションは、盛況だった。隣国ランディアの王太子──この国の第1王女の婚約者を迎え、とても賑やかである。

 その王太子──エルヴァートは、先程から目立たないように視線を動かし、誰かを探していた。

「エルヴァートさま?どなたかお探しですか?」

「……ああ、アナスタシア王女」

 挨拶回りから戻った婚約者にエスコートの手を伸ばし、エルヴァートは微笑んだ。

「寡聞にして知らぬのだが、あなたの弟君の婚約者は、変更になったのかな?」

「……いえ。フロリアーナ嬢は足を怪我なさって、今夜はいらっしゃいませんわ」

 一応、愚弟の行動は隠してみる。国の恥なので。

「……そう」

 エルヴァートの表情は微塵も変わらなかったが、アナスタシアは悪戯っぽく尋ねた。

「残念でいらっしゃる?」

「……まあ、4人で仲良くしてたからね」

「あら。わたくしにもその反応とは、つまらないですこと」

 4人で仲良く、というのは誇張である。幼い頃からフロリアーナを嫌っていたレオナードは、姉にベッタリで姉の婚約者を威嚇していたし、1人だけ歳が離れていたエルヴァートは、じゃれている子どもに興味はなかった。
 ちなみに現在、エルヴァートが22歳、アナスタシアが17歳、レオナードとフロリアーナが16歳である。

「あ!エルヴァートさま、あちらへ行きましょう」

「……ん?」

 不意に、アナスタシアが手を引いた。つられて視線を移すと、レオナードが女性を連れ、ランディアのルルティア大使に挨拶しようとしていた。

「早く、早く」

「ちょっと待て、アナスタシア王女。まさか、レオナード王子は……」

「あの愚弟、話を聞かないのですもの」

 速足で歩き、何とか口を開く前に間に合った。

「おや、殿下、どうなさいました?アナスタシア殿下も、お久しぶりですな」

「姉上、邪魔をしないでくれ。私たちは今……」

「お久しぶりですわ、ダニエル卿。……この度のことは、誠に……お悔やみを申し上げます」

 アナスタシアは、これぞ、と褒めたくなるような、美しいカーテシーを披露した。
 孫誕生の祝辞を述べようとしていたレオナードが、姉のあまりの台詞に怒鳴りつけようと口を開いた瞬間、ルルティア大使は片手で目を覆い、深々と頭を下げた。

「その……お言葉……ありがたくっ……本当に娘には、辛い思いを……」

「お嬢さまには、こちらからもお見舞いのお品を送らせていただきますわ。……どうぞ、お気落ちなさらないよう……」

「娘も、喜びますでしょう……」

 手を洗いに、と立ち去った大使に、アナスタシアはホッと息を吐き出した。

「……姉上?」

「これでよろしいわ。……一曲踊りませんこと?エルヴァートさま」

「ああ、いいね」

 レオナードの呼び掛けを無視して、2人はダンスフロアに移動した。

「……君は、ダニエルの孫が亡くなったこと、知っていたんだね」

「ええ。フロリアーナが、ダニエル卿の奥さまとお茶会を開いてくださいましたの。……だから、知ったのが今日の放課後だったのですわ」

「ああ、成程。……なのに、フロリアーナ嬢の婚約者であるレオナード王子が、知らなかったのか」

「あの愚弟、人の話を聞きませんの。……特に、フロリアーナの話を」

 表情は美しく微笑んでいるのに、アナスタシアの目は、凍りつきそうな光を浮かべていた。
 それが自分に向けられている訳ではない、と判っているエルヴァートでさえ、少しぞわぞわする。

「……フロリアーナ嬢は、かなり優秀だと聞いたが。ダニエルの妻のアナイスも、とても慰められて戻って来たぞ」

「ええ、優秀ですわ、とても。あの莫迦には、判らないのです。自分がどれだけフロリアーナに支えられているか」

「……で、あの令嬢は誰なんだ?何故、レオナード王子がエスコートしている」

「あの2人は、現生徒会長と副会長ですわ。……あなたが学園の見学をなさりたいと仰ったから、物凄く場違い、という訳でもないけれど……」

「では、明日はあの2人に案内されるのか」

「そうですわね。……フロリアーナは、生徒会役員ではありませんわよ」

 澄まして付け加えたアナスタシアに、エルヴァートは苦笑を浮かべた。

「フロリアーナ嬢に案内して欲しい、なんて無茶は言わないよ。……しかし、レオナード王子は、今度は君にまで反抗しているのか。昔はベッタリだっただろう?」

「あの愚弟は、この世で自分が1番優れている、と思い込んでいますから。……だから、わたくしやフロリアーナが優秀なのも、あなたが自分より上なのも、認めたくないのでしょう」

「いや、彼とは6歳も離れているんだけどね……」

 一曲踊り終わった2人は、お互いに礼をした。

▼△▼△


「姉上!!大使の孫のことを、どうして私に言わなかった⁉︎」

「……うるさいわ、愚弟。せっかくフロリーが言おうとしたのに、聞かなかったのはあなたでしょう」

 レセプションのあとに怒鳴り込んで来たレオナードに、アナスタシアは冷めた目を向けた。

「あの女が?」

「フロリーが、誰のためにお茶会を開いていると思ってるの」

 姉の言葉に、レオナードは鼻で笑った。

「そんなもの、自分が遊びたいからに決まっているだろう。何がドレスだ、アクセサリーだ。政治談議ひとつも出来ない、愚かな女が」

 愚かなのは、あなたよ。

「ああ、時間の無駄だった。何だ、あの女がたまたま、偶然にも手に入れた情報を、私に伝えるのを怠っただけか」



「そんなもの。大事なことなら、どんな思いをしようが伝えるべきだろう。それを怠ったのは、あの女の方だ」

「自分の婚約者に怪我をさせておいて?」

「それは……いや!あの女が私の邪魔をするのが悪いんだ!!」

 言い捨てて出て行く弟を、アナスタシアは無表情で見送った。
 そして……考え込んだ。
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