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側妃を目指すわ!

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「ごきげんよう、エヴァンジェリンさま」

「……あなたは、確かストーン男爵令嬢」

 何故か勝ち誇ったように見下ろしてくるマリナに、エヴァンジェリンはちょっぴり首を傾げた。

 挨拶をしたのは良いとして、男爵令嬢マリナから公爵令嬢エヴァンジェリンに声をかけるのは、とりあえずマナー違反である。
 ここは一般人にも入ることが可能な場所であるとは言え、これ以上ない公共の場である王宮の前庭なので。

「あたし……わたくし、側妃になることになりたいですわと思います」

「あの、何を言っているのか判りませんので、普通にお話しなさって」

 マリナが勝手に席に着くと、今度はエヴァンジェリンが何もしなくても、さらさらと侍女たちが動き、あっという間に紅茶とティーフードの用意が整った。

「だぁから!あたしは側妃になるわ!側妃なら、伯爵家からなれるんでしょ。それくらいなら、今まで貯めたものもあるし、何とかなるって両親が言ってた……ましたの」

「まあ、そうですの。……では、何故側妃は伯爵家以上と決められているか、知っていて?」

「だからお金なんでしょうよ⁉︎」

「まあ、言ってしまえばその通りなのですけれど」

 エヴァンジェリンは、流れるような美しい所作で紅茶を嗜んだ。

「側妃は離宮に住むんでしょ?だったら、離宮の中ではそこまで格の高いドレスでなくてもいいし、外に出るのだって庭の散策なんだから、やっぱりそこまでのドレスは要らない筈だもの」

 どうよ?とばかりに得意げな表情をしながら睨みつける、という、器用な真似をしたマリナに、エヴァンジェリンは微笑みを浮かべた。

「そう、側妃は離宮を賜るのですわ。賜った離宮は、その資格がなくなるまで側妃のもの」

「そうでしょう!!」

「つまり、その離宮の維持管理は、側妃の仕事ですの」

「……はぃ?」

「賜ったとは言え、離宮は王家の財産ですもの。王宮の一部として、美しいままでなくてはなりません」

「あの……その予算は……出るのよね……?」

「もちろんですわ、王宮の一部ですもの。ただ……」

「な、何よっ!」

「王宮の清掃が出来る特殊技能を持った使用人は、当然ですが王宮にしかおりませんの。その者たちを配置換えして雇わねばなりませんから、月々のものは結構大変ですわ」

「……あ!」

「それに、離宮というのは奥まった場所にありますから、平民はむろん入れませんし。そこで働けるのは貴族籍のある人だけですね」

 エヴァンジェリンがよくお茶をしているここは、誰でも入れる前庭の一角にある。
 道沿いにただ洒落たテーブルと椅子をいくつか並べただけの場所だ。
 資格がなければ入れない奥宮から散歩がてらに歩いて来ると、この辺りで休憩するのがちょうど良い。

 裏を返せば、歩き疲れるくらい、離れている。

「ま……まさかそれって……」

「側妃の予算とは、離宮を維持管理するためだけの予算ですの。生活に関する費用は含まれませんわ」

「え……じゃあ生活費って……」

「持参金で賄います」

「ですヨネー」

 マリナはガックリと項垂れた。だが……その側妃予算を少し節約して、ドレスに回したりすれば良いのでは⁉︎

 いきなり瞳をキラキラさせたマリナに、エヴァンジェリンは澄ました表情を向けた。

「そうそう、賜った離宮はあくまで王家の財産ですから、賜った側妃が少しでも損ねたりいたしますと、最悪の場合、反逆罪が科されます」

「はぇぇ⁉︎」

「王家の財産……そうですね、判りやすく言えば、王冠に傷を付けたら極刑でしょう?」

「……しっつ礼しましたぁぁー」

 マリナはガタンと立ち上がると、脱兎の如き勢いで見えなくなった。

「ごきげん……あら、もう見えないわ。まるで竜巻のような人ねぇ」

 ほう、と美しく溜息を吐くと、エヴァンジェリンは再びカップを持ち上げた。

「一体、何なのですかあの女は!王太子殿下の婚約者たるお嬢さまに、あまりにも不敬な!」

「そうねぇ……おそらくは、殿下がからかっていらっしゃるのではなくて?……ねぇ?殿下」

 プリプリと怒る侍女に困った笑みを見せ、エヴァンジェリンが後ろを振り返る。

「おや、バレてたか」

 両手でお手上げポーズをしながら、ゆっくりと歩み寄って来たのは、紛れもなくこの国の王太子、クローディアスだった。

「ずっと見ておられたのは気づいておりましてよ。まったく、趣味の悪い殿下ですこと」

「2人の対決を見逃す訳にはいかないじゃないか」

 悪気なくニコニコしているクローディアスに、エヴァンジェリンはこれ見よがしに扇で口許を隠した。
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