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とある王太子夫妻の、とある1日
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「……と、いうことがありましたのよ」
「うん、ごめん、判らない。何でクッキーを埋める必要がある訳?」
「あら、食べたらなくなってしまいますもの」
「……いや、埋めたって手元にはないよね?だったら、食べた方が美味しい分得じゃないの?」
「いやですわ、ライさま。見えなくてもそこにある、というのが大事ですのよ?」
「……うん、判らん」
「酷いーっっ!!」
走り去った妃を呆然と見送ったライナスは、ハッと気がついて跡を追った。
が、一足遅かった。夫婦の部屋にたどり着く前に、城門から馬車が出て行くのが見えたからである。
「……嘘だろーっっ!!用意よすぎないか!!」
▼△▼△
「……と、いうことがあったんですの」
「……まあ」
優雅にお茶を嗜むルルティア王太子妃に、ランディア王太子妃は困ったように首を傾げた。
夫婦喧嘩で国を跨いで来られても、いい迷惑である。それが王族であった日には、特に。
もちろん先触れもあり、ちゃんと護衛も侍女も引き連れ、訪ねるべくして訪ねて来たのだが。
アナスタシアの先読みは、相変わらずである。いつから準備していたのだろうか。
「アニーさま……お兄さまが悪かったのならわたくしからも謝りますけれど、この場合は」
「まあフロリー、王族たるもの簡単に謝ってはなりませんわ」
「……いえ、そういうことではなく」
「……判っておりますわ。わたくし、ただ、喧嘩というものをしてみたかっただけですの」
「喧嘩を?」
「喧嘩の1つも出来ない夫婦は、長続きしないそうですわ」
フロリアーナは、ちょっぴり図星を指されたような気がした。
結婚して2年あまり、まだ1度も喧嘩などしたことがなかったので。
「……それは本当ですの?」
「喧嘩はともかく、言いたいことの1つも言えないようでは、夫婦とは言えないのではなくて?」
「そう……でしょうか」
「そうですわよ」
キッパリ言いきられると、そんな気もして来る。
わたくしに文句の1つも言わないエルヴァートは、もしかして我慢をしているのではないか、と。
「では……エルさまは、わたくしに我慢をしているのですね……」
「……はい?」
「エルさま、わたくしに文句など仰いませんもの。きっと、ずっと我慢なさっているのですわ」
「……あら?」
「わたくし、エルさまに伺って参りますっ!」
「ちょっと待って、フロリー!」
今にも席を立とうとしたフロリアーナを、アナスタシアが慌てて止める。
「何ですの?……ああ、今はまだ執務中でしたわね。わたくしったら、つい焦ってしまって」
「あの……ね?フロリー。不満や文句なんて、なければ言わないと思うの。わたくしだって、ライさまに不満がある訳ではないのよ?」
ただ……その、少し刺激というか、何と言うか?いつもと違うことがしてみたいなーなんて。
「いいえ!そんな筈はありませんわ!わたくし、アニーさまのように斬新な発想の意見も言えませんし、ここまで見事に先を読んだり出来ませんし、きっと何が不満が!」
「お、落ち着いて、フロリー」
「そんな、落ち着いてなど!」
「……ずいぶん賑やかだね、私の奥さんは。珍しいこともあるものだ」
「エルさま!」
休憩時間に様子を見に来たエルヴァートは、いつも微笑を絶やさないフロリアーナの興奮した様子に、首を傾げた。
「どうかした?」
「わたくしへの不満を、どうか仰ってくださいませ!」
「……は?」
「わたくし、反省いたしましたの。あなたが何も仰らないからといって、わたくしに不満がない、ということにはならないのだと。いえ、仰らなかったのは、ただのお優しさですわよね。どうぞ、何でも仰って!」
エルヴァートはニッコリ笑い、くるーりとアナスタシアの方を向いた。
アナスタシアが、さっと目を逸らす。
「……これは一体何ごとかな?アナスタシア・ルルティア王太子妃殿下」
「……わたくし、喧嘩の効能をお話ししただけですのよ……」
「喧嘩の効能?」
言いたいことを言えないようでは……と言う話を掻い摘んですると、エルヴァートは僅かに眉を下げた。
「困った奥さんだね、本当に君は」
「やっぱり……!」
「そういう意味じゃない」
ふわふわの髪を1房掬ってキスすると、エルヴァートはニヤリと笑った。
「君への不満なら、あとでたっぷり教えてあげる。……もちろん、ベッドの上でね」
一瞬で真っ赤になったフロリアーナに、苦笑を浮かべる。
「やれやれ、修行が足りない。アナスタシア殿下だけだからいいけれど、ライナス殿下がいたら許さないよ?いくら、君の兄でもね」
「……わたくし、何を見せられているのかしら」
「それはもちろん、仲のいい夫婦の在り方だろう?……アナスタシア殿下、迎えは予定通りだそうだ。どこまで段取って来たんだ?」
「それはもちろん、帰った次の日の午後からの執務までですわ」
つまり、帰った次の日の午前中は何故か都合が悪い、と。
「仲が良くて結構だね」
「お互いさまですわ」
▼△▼△
その頃、ルルティアのライナス王太子殿下は悲鳴を上げていた。
「何だこれ!前倒ししようとしても全然仕事が減らないんですけど!早く迎えに行ったら嫌な理由でもあるのか、アニー!!」
それはもちろん、可愛い可愛い義妹との楽しいお茶会を邪魔されたくないからですわ。
ようやく仕事を片づけ、すっ飛んで迎えに行ったライナスに泣きつかれたアナスタシアは、そう言ってニッコリと笑ったとか。
「うん、ごめん、判らない。何でクッキーを埋める必要がある訳?」
「あら、食べたらなくなってしまいますもの」
「……いや、埋めたって手元にはないよね?だったら、食べた方が美味しい分得じゃないの?」
「いやですわ、ライさま。見えなくてもそこにある、というのが大事ですのよ?」
「……うん、判らん」
「酷いーっっ!!」
走り去った妃を呆然と見送ったライナスは、ハッと気がついて跡を追った。
が、一足遅かった。夫婦の部屋にたどり着く前に、城門から馬車が出て行くのが見えたからである。
「……嘘だろーっっ!!用意よすぎないか!!」
▼△▼△
「……と、いうことがあったんですの」
「……まあ」
優雅にお茶を嗜むルルティア王太子妃に、ランディア王太子妃は困ったように首を傾げた。
夫婦喧嘩で国を跨いで来られても、いい迷惑である。それが王族であった日には、特に。
もちろん先触れもあり、ちゃんと護衛も侍女も引き連れ、訪ねるべくして訪ねて来たのだが。
アナスタシアの先読みは、相変わらずである。いつから準備していたのだろうか。
「アニーさま……お兄さまが悪かったのならわたくしからも謝りますけれど、この場合は」
「まあフロリー、王族たるもの簡単に謝ってはなりませんわ」
「……いえ、そういうことではなく」
「……判っておりますわ。わたくし、ただ、喧嘩というものをしてみたかっただけですの」
「喧嘩を?」
「喧嘩の1つも出来ない夫婦は、長続きしないそうですわ」
フロリアーナは、ちょっぴり図星を指されたような気がした。
結婚して2年あまり、まだ1度も喧嘩などしたことがなかったので。
「……それは本当ですの?」
「喧嘩はともかく、言いたいことの1つも言えないようでは、夫婦とは言えないのではなくて?」
「そう……でしょうか」
「そうですわよ」
キッパリ言いきられると、そんな気もして来る。
わたくしに文句の1つも言わないエルヴァートは、もしかして我慢をしているのではないか、と。
「では……エルさまは、わたくしに我慢をしているのですね……」
「……はい?」
「エルさま、わたくしに文句など仰いませんもの。きっと、ずっと我慢なさっているのですわ」
「……あら?」
「わたくし、エルさまに伺って参りますっ!」
「ちょっと待って、フロリー!」
今にも席を立とうとしたフロリアーナを、アナスタシアが慌てて止める。
「何ですの?……ああ、今はまだ執務中でしたわね。わたくしったら、つい焦ってしまって」
「あの……ね?フロリー。不満や文句なんて、なければ言わないと思うの。わたくしだって、ライさまに不満がある訳ではないのよ?」
ただ……その、少し刺激というか、何と言うか?いつもと違うことがしてみたいなーなんて。
「いいえ!そんな筈はありませんわ!わたくし、アニーさまのように斬新な発想の意見も言えませんし、ここまで見事に先を読んだり出来ませんし、きっと何が不満が!」
「お、落ち着いて、フロリー」
「そんな、落ち着いてなど!」
「……ずいぶん賑やかだね、私の奥さんは。珍しいこともあるものだ」
「エルさま!」
休憩時間に様子を見に来たエルヴァートは、いつも微笑を絶やさないフロリアーナの興奮した様子に、首を傾げた。
「どうかした?」
「わたくしへの不満を、どうか仰ってくださいませ!」
「……は?」
「わたくし、反省いたしましたの。あなたが何も仰らないからといって、わたくしに不満がない、ということにはならないのだと。いえ、仰らなかったのは、ただのお優しさですわよね。どうぞ、何でも仰って!」
エルヴァートはニッコリ笑い、くるーりとアナスタシアの方を向いた。
アナスタシアが、さっと目を逸らす。
「……これは一体何ごとかな?アナスタシア・ルルティア王太子妃殿下」
「……わたくし、喧嘩の効能をお話ししただけですのよ……」
「喧嘩の効能?」
言いたいことを言えないようでは……と言う話を掻い摘んですると、エルヴァートは僅かに眉を下げた。
「困った奥さんだね、本当に君は」
「やっぱり……!」
「そういう意味じゃない」
ふわふわの髪を1房掬ってキスすると、エルヴァートはニヤリと笑った。
「君への不満なら、あとでたっぷり教えてあげる。……もちろん、ベッドの上でね」
一瞬で真っ赤になったフロリアーナに、苦笑を浮かべる。
「やれやれ、修行が足りない。アナスタシア殿下だけだからいいけれど、ライナス殿下がいたら許さないよ?いくら、君の兄でもね」
「……わたくし、何を見せられているのかしら」
「それはもちろん、仲のいい夫婦の在り方だろう?……アナスタシア殿下、迎えは予定通りだそうだ。どこまで段取って来たんだ?」
「それはもちろん、帰った次の日の午後からの執務までですわ」
つまり、帰った次の日の午前中は何故か都合が悪い、と。
「仲が良くて結構だね」
「お互いさまですわ」
▼△▼△
その頃、ルルティアのライナス王太子殿下は悲鳴を上げていた。
「何だこれ!前倒ししようとしても全然仕事が減らないんですけど!早く迎えに行ったら嫌な理由でもあるのか、アニー!!」
それはもちろん、可愛い可愛い義妹との楽しいお茶会を邪魔されたくないからですわ。
ようやく仕事を片づけ、すっ飛んで迎えに行ったライナスに泣きつかれたアナスタシアは、そう言ってニッコリと笑ったとか。
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