上 下
1 / 3

前編

しおりを挟む
「もう、アンディさまを縛りつけるのはやめてくださいっっ!!」

 可愛らしい顔を真っ赤にして、ぷるぷる震えながら叫んだのは、マイナ・ドナート男爵令嬢だった。

「……はい?」

 優雅にお茶を嗜んでいたサフィーラ・ランドルーズ侯爵令嬢は、思わず首を傾げる。

「アンディさまも、邪魔だって言ってました!身分だけで人を縛りつけるなんて、最低だと思いますっっ!!」

 言ってやった!と、ドヤ顔をしているマイナに、サフィーラはにっこりと社交用の笑みを浮かべた。

「そうですの。では、アンドリュー殿下にお伝えになって。わたくしとの婚約は、解消致します、と」

「ホントですか⁉︎」

「ええ」

「きゃー♪ありがとうございますっっ!」

 クルッと踵を返してバタバタと走り去っていくマイナに、サフィーラは肩を竦めた。

「……よろしいの?」

「構いませんわ。学生の間ならば、大した醜聞にもなりませんし」

 一緒にお茶をしていたのは、アンドリューの妹姫、リディアーナだったのだが。

「何だか……愚兄が申し訳ございません……」

「別に、リディさまのせいではありませんわ」

「ですが……こちらからどうしても、と申し込んだ婚約でしょう?」

「そうですわね。……理由が一目惚れしたから、だったのには、少々頭の出来を疑いましたけれども」

「も……申し訳ございません……」

 サフィーラは、少しばかり崩した笑みを浮かべた。

「いくら女性とはいえ、殿下が、そう謝罪の言葉を口にするものではありませんわ」

 手で合図し、紅茶を入れ替えてもらう。

「そうですけれど……」

「まあ、この頃殿下はこちらに近づきませんでしたし、そろそろ何かなさる頃かな、とは思っていました。それに……」

 カップを持ち上げ、サフィーラはくすりと微笑んだ。

他人ひとの口を借りてしか文句を言えない人など、どうでもよろしいですわ」

 本当に、何やったんでしょう、あの愚兄。

 リディアーナは、また社交用の顔になってしまったサフィーラに、溜息を隠した。



▼△▼△



 ネディラ王国第4王子であるアンドリュー・ガド・ネディラと、サフィーラ・ランドルーズ侯爵令嬢の婚約は、あっさり解消された。

 アンドリュー以外には全く利がなく、そのアンドリューが破棄だーと叫んでいたのだから、何の問題もなかった。

「やれやれ……こんな風に解消するなら、あんなに一目惚れだの、愛してるだの、喚き立てなければ良かっただろうに……」

「仕方ありませんわ、お父さま。一度一目惚れした人は、二度も三度も一目惚れするのでしょう」

 書類の作成で肩が凝ったのか、軽く伸びをしながらの父の愚痴に、サフィーラは苦笑を浮かべた。

「……また一目惚れしたのかい?」

「そうみたいですわ?コロコロと表情の変わる可愛い人に、一目で惹かれたらしいですわよ」

「アホか……」

 思わず口から出たらしい父の言葉に、サフィーラがくすくす笑う。

「わたくしは表情が変わらず、苦言しか口にしない、可愛げのない女だそうですから」

「コロコロと表情の変わる貴族令嬢などいるか!」

「それは、アンドリュー殿下に仰ってくださいませ。……あの方、何度申し上げても、何故か社交というものを理解してくださらないのですよね」

「……第4王子が、外交の席に着くことなどないからな」

「ですが、限度というものがございますでしょう?……と、言いますか、あの方、一体どうやって過ごすつもりだったのでしょうね、卒業後」

 サフィーラと結婚するのならば、ランドルーズ侯爵家に婿に入り、ランドルーズ侯爵として、国に仕えることになる。勿論社交も必要だし、事業の取引先やお得意さまなどに笑って見せたりすることもあるだろう。

「……まさか、フィラが嫁入りすると思っていたんじゃあるまいな」

「わたくしが王子妃ですか?しかも第4?……ありませんでしょう?」

 ネディラ王国には、現在、王子が5人いる。

 国に必要なのはせいぜい第2王子までで、第3王子以下は自分の身の振り方を決めねばならないが。

 ちなみに第1王子は王太子で既に国内の公爵令嬢と結婚済み、第2王子は隣国の王女と婚約済み、第3王子は第4王子と双子だが、兄とは違う国の公爵家に婿入りすることが決まっている。

 第5王子はまだ12歳だが、国内の子どものいない公爵家に養子縁組されることが決定済み。生まれた時から、ほぼずっとその家で養育されている。

「ない。……政治的にも身分的にも、奇跡的に良い縁を選んだものだと思っていたのだが、まさかな」

「……自分が王子のままいられる、と思っているのなら、なおのこと変ですわ。だって、ドナート嬢って、男爵令嬢ですわよ」

 男爵令嬢が、王子妃になれる訳がない。ましてや、あの貴族らしからぬ、表情のコロコロ変わる娘。

「ああ……では、王族に残るのを諦めた、ということか」

「きっとそうですわ。だから、貴族令嬢はお気に召さなかったのでは」

「成程、そういうことか。それではフィラは無理だったな」

「ええ。わたくしが貴族を辞めることなど、不可能ですもの」

「そうだな。……よし、今度こそお父さまが、ちゃんとした男を選んでやる」

「ふふ、お願いいたしますわ」
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう無理だ…婚約を解消して欲しい

山葵
恋愛
「アリアナ、すまない。私にはもう無理だ…。婚約を解消して欲しい」 突然のランセル様の呼び出しに、急いで訪ねてみれば、謝りの言葉からの婚約解消!?

【完結】ドレスと一緒にそちらの方も差し上げましょう♪

山葵
恋愛
今日も私の屋敷に来たと思えば、衣装室に籠もって「これは君には幼すぎるね。」「こっちは、君には地味だ。」と私のドレスを物色している婚約者。 「こんなものかな?じゃあこれらは僕が処分しておくから!それじゃあ僕は忙しいから失礼する。」 人の屋敷に来て婚約者の私とお茶を飲む事なくドレスを持ち帰る婚約者ってどうなの!?

お姉様から婚約者を奪い取ってみたかったの♪そう言って妹は笑っているけれど笑っていられるのも今のうちです

山葵
恋愛
お父様から執務室に呼ばれた。 「ミシェル…ビルダー侯爵家からご子息の婚約者をミシェルからリシェルに換えたいと言ってきた」 「まぁそれは本当ですか?」 「すまないがミシェルではなくリシェルをビルダー侯爵家に嫁がせる」 「畏まりました」 部屋を出ると妹のリシェルが意地悪い笑顔をして待っていた。 「いつもチヤホヤされるお姉様から何かを奪ってみたかったの。だから婚約者のスタイン様を奪う事にしたのよ。スタイン様と結婚できなくて残念ね♪」 残念?いえいえスタイン様なんて熨斗付けてリシェルにあげるわ!

【完結】誕生日に花束を抱えた貴方が私にプレゼントしてくれたのは婚約解消届でした。

山葵
恋愛
誕生日パーティーの会場に現れた婚約者のレオナルド様は、大きな花束を抱えていた。 会場に居る人達は、レオナルド様が皆の前で婚約者であるカトリーヌにプレゼントするのだと思っていた。

【完結】今更そんな事を言われましても…

山葵
恋愛
「お願いだよ。婚約解消は無かった事にしてくれ!」 そんな事を言われましても、もう手続きは終わっていますし、私は貴方に未練など有りません。 寧ろ清々しておりますので、婚約解消の撤回は認められませんわ。

【完結】最後に微笑むのは…。

山葵
恋愛
義妹から、結婚式の招待状が届く。 結婚相手は、私の元婚約者。 結婚式は、私の18歳の誕生日の次の日。 家族を断罪する為に私は久し振りに王都へと向かう♪

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

【完結】婚約破棄させた本当の黒幕は?

山葵
恋愛
「お前との婚約は破棄させて貰うっ!!」 「お義姉樣、ごめんなさい。ミアがいけないの…。お義姉様の婚約者と知りながらカイン様を好きになる気持ちが抑えられなくて…ごめんなさい。」 「そう、貴方達…」 「お義姉様は、どうか泣かないで下さい。激怒しているのも分かりますが、怒鳴らないで。こんな所で泣き喚けばお姉様の立場が悪くなりますよ?」 あぁわざわざパーティー会場で婚約破棄したのは、私の立場を貶める為だったのね。 悪いと言いながら、怯えた様に私の元婚約者に縋り付き、カインが見えない様に私を蔑み嘲笑う義妹。 本当に強かな悪女だ。 けれどね、私は貴女の期待通りにならないのよ♪

処理中です...