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裏の話6

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もし、正直がバレた場合でも出来るだけ時間を稼ぐ。
自由になった腕で振り払い、ジークから距離を取る。

ジークの手が腰に下げられた剣へと伸びる。

ジークと戦うほど無謀な事はしない、戦わず回避する事に専念する。

「名前を名乗れ、お前は誰だ」

「……」

何も答えないのを見て、ジークの剣がこちらに向けられた。
目的の相手が来るまで、正体は明かさない。
さきほどサイレンが聞こえたから、そんなには時間が掛からない筈だ。

戦いはしないが、避ける事くらいは出来る。

ジークの剣を避けながら、ステージから降りないように狭い場所で移動した。
避ける事により、剣がステージの幕を切り裂いていく。

後ろに下がっていたら、切り裂かれた事により垂れた幕を踏んで転けた。
動きを止めた事により、ジークは距離を一気に詰めてきた。
剣を振り上げて、一気に突き刺すように振り下ろした。

体を転がして、ジークの剣を避けるとステージに大きな亀裂を作った。
派手に動いたからか、顔を隠していたフードが外れた。

床に突き刺さった剣を引き抜いたジークはこちらを見て、顔が険しくなる。

バレてしまったなら、もう隠す必要もないだろう。

動きづらくて邪魔なローブを脱ぎ捨てて、ジークの方を見た。

「…お前はローベルト卿に忠誠を誓っていたんじゃないのか」

「ローベルト卿に忠誠を誓っているが、ライム・ローベルトに言われてこんな事をしているんだ」

ジークはライムの名が出ると、あからさまに嫌な顔をしていた。

全て嘘であるが、その言葉が嘘かどうかなんてジークにとってはどうでもいい事だろう。
ジークにとっての重要な事は、この場にライムがいないという事実だけだ。

ライムには悪いが、いろいろと利用させてもらう。
ジークがいたら、自分の仕事が出来なくなる。
ライムにはいろいろと仲間がいるから大丈夫だろう。

それに、ライムを利用しなくてもジークはライムを探しに行くから何も変わらない。
変わるのはこの場で自分が生きるか死ぬかという事だけだ。

「ライム・ローベルトはトイレで俺を身代わりにしたんだよ…アイツに変な力があるのはお前も知ってるんだろ」

「……」

「気付かなかったんだな、悪魔が召喚されてアイツは俺を脅したんだよ」

あんな見た目弱い奴に脅される人間なんているのかと思うが、嘘の話を続ける。

脅されて仕方なくそうしていた、顔がバレるまで声が出せなかった。
そんなものがあるかなんて全く知らないが、不思議な力は都合のいいものだと思って言っていた。

実際に何処まで出来るかなんて、人間には分からない。
カイウスの事も、何一つ分からなかったから…

いや、カイウスの事を分かろうとすらしていなかった。

ビリビリと壁が悲鳴を上げるほどの地震が起きた。
何処かが派手にやり合って、爆発でも起こったのかもしれない。

ジークが一歩踏み出すと、後退り…距離を縮めないようにした。

その時、ダンスホールの扉が乱暴に開かれた。

数人の兵士がやって来て、視線を向けた。
ジークはまだこちらを見ていたが、ある人物の声に反応した。

「ジーク、そこで何をしている」

「ローベルト卿」

「ライムはどうした」

「ライムは我らを欺き逃げました」

ジークがなにか言う前に、ローベルト卿に伝えた。
元々逃げ癖があった奴だ、誰一人として嘘だとは思わないだろう。

そして自分がライムを売る事によって自分に疑いが向けられにくくなる。

ローベルト卿の顔色がみるみる変わっていき、ジークに向かって声を荒げた。

「今は屋敷から出れない筈だ!今すぐ連れ戻して来い!」

ローベルト卿の言葉にジークは反応して、ダンスホールから急いで出て行った。
ジークも可哀想な奴だ、ローベルト卿に拾われた恩で従っていたのに…ジークを駒にするためだけにローベルト卿に命令された兵士に両親を殺させて、何食わぬ顔で拾った。
だいぶ前に兵士から聞いた話で、同情はするが助けてやろうとは一ミリも思わなかった。

いくら拾われた恩とはいえ、ローベルト家の人間の中で一番人を殺している男だ。
どんな過去があろうと、許される者ではない。

ジークがいなくなり、ローベルト卿は自分にも持ち場に戻れと言ってきた。
ローベルト卿の周りには信頼出来る兵士数人だけがいた。

妻と娘は戦いが始まる前に先に屋敷から出たのか、いなかった。
ローベルト卿はまだ行く事が出来なかったのだろう。
この戦争を仕掛けたのがローベルト卿だ、まさか逃げるなんてダサい事…する筈がない。

「ローベルト卿、ステージには何もありませんがどちらに?」

「お前には関係がない」

いつかのための緊急避難口がここにある事はいくら厳重に隠したところで既に知っている。
だから必ずローベルト卿がここに来る事は分かっていた。

処刑人として、騎士団として、最後の仕事だ。

大勢の人間を死に追いやった薬を作り、犠牲者が大勢生まれた。
元凶は神だとしても、ばら撒いた相手には同じ罪がある。

そして、それに加担した者も同じ罪になる。

罪人は罪人らしく、ローベルト卿を罰する。
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