冷淡騎士に溺愛されてる悪役令嬢の兄の話

食堂での騒ぎ

ガラスをナイフ代わりにして、イヤーカフから糸を出した。
硬い糸だからか、削りやすくてもっと細くなる。

このくらいでいいかな、もっと細くしたら折れてしまいそうだ。

後はクワをガラスで研いで、布服を加工して…とあれこれ考える。

とりあえずこれでいいかな、と考えて片付けていた。
イヤーカフをテーブルの下に落としてしまい、しゃがんで取ると誰かの足が見えた。

足しか見えないから誰か分からない。
ハイドレイは騎士の仕事に出かけて今日はそのまま兵舎に帰っている。
だとしたら、誰であっても俺にとっていい人ではない。

いつまで経ってもテーブルの下から出てこない俺にイラついた様子で手を伸ばしてきて引きずり出された。

腕を掴んで「離せ！」と力を込めると痛かったのか、簡単に解放された。

「…テメェ、舐めた真似してんじゃねぇぞ」

その男は俺がいた机を蹴飛ばして大きな音を立てていた。
食堂にいる数人の兵士達は驚いた顔をして見ていた。
目立ちたくないのに、結果的に目立ってしまった。

てっきりジークに見つかったのかと思っていた。
だけど、俺の前でイラついているのはユリウスだった。

たまに屋敷ですれ違うが、会話もしていなかった。
なんで今、絡んでくるんだよ…見られたくないものが沢山あるから今は勘付かれる前にここから離れたい。

「ローベルト卿の息子だからって、誰でも媚びると思うなよ」

「…別に思ってないし、用件があるなら早くして下さい」

「何だと、調子に乗るなよ！」

怒りっぽいユリウスはすぐに手が出るのが分かっている。
右頬を狙った拳を腕でガードして、腰に下げている剣を抜こうとしていた。
剣を抜く前に、俺が剣を押し込んで鞘に戻した。

指輪が光って力が強くなり、ユリウスは力で押されていと俺を睨みつけていた。
少ないとはいえ、こんな人がいる狭い場所で剣を振り回すつもりなのか？

ウェイターやシェフが止めに入ってくれる事を少しは期待したが、遠くで見ているだけだった。
食堂が仕事場なのに、暴れてもあの人達は平気なのか？

一瞬の油断で、ユリウスに腹を蹴られて離れた。

すぐに剣を抜かれて、少しでも近付くと切れてしまうくらい近付けて俺の頬に剣先が触れた。

「俺はお前の嘘を知ってるんだぞ」

「嘘？」

「ローベルト卿に言っても良いんだぞ、それともジークに渡すか？さっきから逃げてるみたいだけど」

ユリウスは嫌な笑みを見せていて、俺はどちらも嫌だなとユリウスを見た。

そもそも嘘って何の話だ？心当たりがありすぎるから、逆に分からない。
どの話も今知られたら困る事ばかりだ。

ユリウスは俺の前に小さな瓶を見せてきて、それに見覚えがあった。
あれは、神に与えられた力の素である薬だ。

薬の嘘か、あまり知られたくはないが…今となってはもうあまり関係ない気がした。

カイウスと繋がっていて、カイウスを助け出すために来た目的の事だと思っていたから、拍子抜けした。