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穏やかな昼食

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今まで散々俺を殴ってきたお返しだ。

俺のこれは決して愛なんかじゃない、暴力を与えるだけが愛だなんて俺は思わない。
ずっと反撃をしていなかったからか、完全に油断していて俺の拳がジークの頬に当たった。

壁まで吹き飛んで、口から血を吐いていた。
正直言って、一発じゃ足りないほどジークに怒りが湧いている。
でも、何度も殴る事はしない…ジークと同じにはなりたくないからだ。

「…っ待て」

「……」

後ろからジークの声が聞こえるが、俺は一度も振り返らなかった。
そういえばお腹空いたな、またハイドレイにもらうのも悪いし…それなら自分で作った方がいいよな。

ジークが追いかけてくる前に部屋から離れて、食堂に向かった。

今の時間はお昼を過ぎているのか、食堂に人は少なかった。
忙しそうな厨房をカウンター越しに眺めていたら、料理を運んでいたウェイターがこちらに気付いた。

「お食事ならカウンターで料理を注文して下さい、運びますので」

「あ、いえ…厨房をお貸しいただけないかと思いまして」

「……は?」

「自分で、料理を作りたくて」

料理を作ってもらう場所で、料理を作りたいなんて言われたら怪しまれるよな。
眉を寄せられて、俺を上から下までジロジロと見られた。

俺的には気付いてほしくはなかったけど「ライム様?」と聞いてきた。
この場で違いますと言っても、知っている人は多いからバレバレの嘘になる。

俺がローベルト卿の息子だからって勘違いする人達がいる。
全然大事にされてないし、むしろ俺を駒の一つにしか考えていないのに俺を特別扱いする。

複雑な気分だけど、それで助かった時もあった…医務室の時とか…

ただ、厨房ではローベルト卿の息子という肩書きは邪魔でしかない。

「ライム様に料理なんてさせられません!食べたいものがあるなら言って下さい!」

「……いえ、いいです…失礼しました」

これ以上ここにいたら料理を食べさせられるかもしれない。
いくらローベルト卿の息子でも、薬入りの料理を食べさせようとするかもしれない。

どんなに優しい人でも、それだけは嫌だ。
夜中なら厨房が使えるんだろうけど、夜中はカイウスと約束があるからそちらを優先したい。

水でも飲もうかな、確か庭に飲み水用の井戸があった筈だ。

屋敷を出て井戸の方に向かおうとした足を止めた。
相変わらず使用人達が花の世話で忙しそうだ。

しばらく小屋を眺めていて、井戸がある場所に走った。

井戸の蓋を開けて、木のバケツを井戸の中に落とした。
耳をすますと、小川が流れているような音が聞こえるから井戸の下は川なんだろう。

神がここにいるから綺麗な水が汲めると井戸の前にいた兵士達が前に話していた。
神はそんなつもりなんてないんだろうけど、結果的に神の力のおかげで美味しい水が飲める。

水には魔力の気配は感じないから大丈夫だろうと、バケツに入った水で手を洗ってから掬う。
綺麗で透明な水が俺の手の中でゆらゆらと揺れていた。

手の中の水を飲み干すと、冷たい水が喉を通り抜けた。
生き返ったみたいだ、美味しい…水だけで生きていけそう。
もう一口飲んでいると、お腹が切なそうに鳴っていた。
やっぱりお腹になにか入れないとダメだな。

そうは言っても、厨房は使えないし…他に料理ができるところなんてないだろうな。
地面に生えている草を見つめていざとなったら…と考える。

食べれるのかなぁ、と考えていたら余計にお腹が空いてくる。
とりあえず一口食べようかと手を伸ばした時、いいにおいが鼻腔をくすぐる。
においのする方を見ると、藁で作ったカゴに入ったいろんなパンが見えた。

「パンだ」

『全く、腹減ってるならそう言えよな』

ナイスタイミングでリーズナがパンが入ったカゴを持って立っていた。
リーズナに近付いて、カゴを受け取った。

俺と話した時にリーズナは俺の顔色に気付いていたみたいだった。
お腹も鳴っていて、食べてないと思って持って来てくれた。

そんなに何も食べてなさそうな顔してた?

とりあえずリーズナがいてくれて良かった。
カゴを受け取って、リーズナにお礼を言うと尻尾が揺れていた。

『まぁ、お前も頑張ってるみたいだしな…これくらいはしないとな』

「本当にありがとう!いただきます!」

『おい、よく噛んで食えよ』

リーズナがお母さんみたいな事を言っているのが微笑ましくて顔が緩む。
絶対に怒るから、お母さんって間違えて言わないようにしよう。

もぐもぐ食べて、お腹が膨れて元気が出てきた。

本当に助かったから、もう一度お礼を言おうとしたらリーズナはもう俺の方を見ていなかった。

リーズナが見ているのは花が咲いている小屋だった。
リーズナは俺よりもカイウスの気配に敏感だからやはり分かるよな。

『そこにカイはいるのか?』

「うん、多分」

『なんだよ、曖昧だな』

「まだそこにいるのか確認してないから」

リーズナも夜に一緒に行けばカイウスに会えるよ。
俺と同じくらいリーズナも会いたいんだろうし…

でもリーズナは首を横に振って会わないと言った。
会いたそうに小屋を見つめているのに、なんで?

リーズナは『カイに呼ばれたのはお前だから、部外者が行くべきじゃない…そのかわりカイウスを必ず連れ戻せよ』と俺に言って、カゴを咥えて行ってしまった。
必ずリーズナの想いも背負って、カイウスを外に連れ出してみせるよ。

お腹いっぱいになったし、屋敷に戻ろうかと思って歩いていたら屋敷から誰かが出てくるところで、とっさに木の影に隠れた。

どうやら大勢で何処かに向かうところのようだった。
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