上 下
238 / 299

一夜明けて

しおりを挟む
「俺を楽しませてくれるなら、死なれたら困る」

「…え?…んんっ」

「もうすぐメシアが来る、知られたらいろいろ面倒だ」

カイウスの魔力の光が俺の体全体を包み込んだ。
熱くて、カイウスの力が入ってくる感覚がする。

口内のようにだんだん痛みが引いていく。
俺の使い物にならなかった腕も動けるようになった。
カイウスの気まぐれで治してくれたんだろうけど、これでジークにやられっぱなしにならない。

カイウスは俺に近付いてきて、俺の腕に触れた。
そこは、動かなかった腕で今ならカイウスに触れられている感触が伝わる。

「この腕から俺の力を感じた」

「カイウスの結界に触れたからかな」

「へぇ、そこまでして俺を連れ出したかったのか?」

「…そうだよ、変?」

「変人」

「本当の事だからそれでいいよ」

カイウスは笑っていて、俺の頭を掴んだ。
意識がだんだんとなくなるのが分かり、カイウスの腕に触れた。

最後にカイウスの声が脳内に響いて、カイウスに触れていた手が力なく下がった。






ゆっくりと意識が覚醒してきて、目の前の天井をボーッと見つめた。
俺、寝てたのか?じゃあカイウスに会ったのは全て夢?

手を天井に向けて、指を動かしてギュッと握る。
ずっと動かなかった手が傷もなく動いている、夢じゃない。

起き上がって周りを見渡すと、どうやらジークの部屋ではなく俺の部屋だった。
カイウスがここまで連れて来てくれたのかな。

地下から出ないカイウスだから、きっと転送してくれたんだろう。

カイウスが言っていた言葉を思い出した。

『正面はメシアに気付かれるから裏のドアを開けておくから、そこから入ってくればいい……楽しませてくれよ、人間』

「とりあえず、もう一度会う約束をしたから進歩だよな」

俺の名前を名乗っていないからまだ人間と呼ばれているが、進んだ事には変わりない。

裏のドアってもしかして庭にあった小屋の事かな。
それ以外にカイウスの魔力を感じたところはない。

そこにいけばカイウスに会える、でもカイウスは俺が楽しませてくれる事を期待している。
どう楽しませたらいいんだろう、ギャグ…?カイウスがそれで笑うとは思えない。

くすぐりか?…絶対にそういう事じゃないよな。

『おい!何処に行ってたんだ!』

「リーズナ、ずっとそこにいたの?行けなくてごめんね」

『無事ならそれでいいけどよ、心配させんなよ!お前がいないとカイが戻ってきた時俺が怒られるんだからな!』

「うん、ありがとう」

リーズナはそう言うと、俺に丸い入れ物を渡してくれた。
中を開けると細長い糸が束ねて入っていた。
俺がお願いしていたイヤーカフの中に入れておく糸だった。

俺は武器庫に入れなかったから、リーズナに感謝した。
早速糸に触れようとしたら、リーズナが猫パンチしてきた。

びっくりして目を丸くすると、リーズナにもう一つ別のものを投げつけられた。
顔に当たり、痛くはないがいったいなんなんだと手に取る。

普通の黒い手袋みたいだ、これも持って来てくれたのか?

「素手で触ろうとするな、その糸は銀で出来ている」

「えっと…つまり?」

「魔力がなくても切れ味抜群の殺傷能力がある」

リーズナの言葉にまた驚いて距離を取った。
それって間違えて糸を使ったら人が死ぬって事?
怖い、怖すぎる…俺に扱える気がしない。

リーズナはカイウスの部屋ではなく武器庫から持ってきたものだから当たり前だと怒っていた。

「よく武器庫に入れたね」と聞いたら『カイの姿になれば誰も怪しまねぇからな』と言っていた。
確かにカイウスなら武器庫に入っても不思議じゃない。

『それはそうと、何処か怪我してたんじゃないのか?救急箱って…』

「うん、もう大丈夫…カイウスに治してもらったから」

『カイウスに会ったのか!?』

突然カイウスの話をしたら驚くのは当然だ。
カイウスとの事を全て話すと、リーズナはなにか考えていた。

俺と同じように『楽しませる…?』と言って引っかかっているようだ。
俺とカイウスの楽しませる感覚にズレがあるような気もしなくもない。

でも、ここで間違えたらカイウスが俺に興味なくなり会うのが難しくなる。
どうにかして笑わせなくてはいけないんだ。

『カイを楽しませるのはとりあえず置いといて、やっぱりカイは記憶を消して新しい人格になってもカイはカイだな』

「そりゃあカイウスだから当然じゃない?」

『そうじゃねぇよ、お前に興味があるのはカイぐらいだからな』

リーズナは酷い事を言うなぁ、でも俺は違うと思う。

確かにカイウスはカイウスで、人格が変わってもカイウスだ。
だけど、俺を見るあの顔は好きとかそういういい感情じゃない。

例えるなら、面白い芸人を見つけたぐらいの軽い感じに見えた。

前に見た怖い人格のカイウスと同じだ、俺自身の興味はすぐに失われるような薄いものだ。
俺を好きだったカイウスは消えてしまったんだ。

だからこそ、俺が頑張らないといけない。
カイウスに飽きられないように、楽しませないと…

もう一度、俺の事を好きになってくれたら記憶も戻る事を信じている。

「今のカイウスは俺の事を好きじゃないよ、だから俺はもう一度カイウスを振り向かせる、そしてカイウスを連れ戻す」

『お前がそうするならすればいい、俺に手伝える事があったら言えよ、カイのためなら何でもする』

「ありがとう」

『お前にお礼言われる事なんてしてねぇよ!俺はカイのために…』

本当にツンツンな性格だなぁ、猫の姿なら可愛いだけなのに。

背中を撫でようとしたら尻尾で叩かれてしまった。

リーズナは毎日の結界を管理する仕事に戻ると部屋を出て行った。
窓まで行って、リーズナを見送ると後ろのドアが開く音が聞こえた。

後ろを振り返って、そこにいた人物を見て驚いたがすぐに冷静になった。

俺はもう大丈夫だ、昨日までとは違い怯えて逃げたりしない。

「帰っていたのか、何処に行ってた?」

「貴方には関係ない事です、そこを退いて下さい」

俺が睨んでいるのに、人の話を聞かずジークが近付いてきた。
ジークが俺に触れようと腕を伸ばしてきたから、思いっきり振り払った。

それに眉を寄せていたが、なにかに気付いて目を見開いていた。
近くにいる俺にしか聞こえない小さな声で「傷…」と呟いていた。

もうジークに与えられた傷は一つもない。

傷に執着していたから、信じられないものを見るような顔をしていた。

「俺はもう恐れたりしない、ジーク…貴方の愛は俺にはいらない」

「やはり自分で治癒魔法を使えるのか……なくなったのなら、また俺が刻み込んでやる」

ジークの攻撃はずっと食らっていたから分かってる。
避ける事も簡単だ、体をずらしてジークの肘に拳をぶつけた。

いつも殴りつけた後に肘の攻撃が来る、それを防いで距離を取る。

指輪を外して、利き手に戻してジークの動きに合わせて拳を突き出した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ちっちゃい悪役令息は婚約者から逃げられない

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:213

神子のオマケは竜王様に溺愛される《完結》

BL / 完結 24h.ポイント:2,201pt お気に入り:2,173

室長サマの憂鬱なる日常と怠惰な日々

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:647

狩人たちの生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

『路地裏の野良犬は皇子に成り代わる』

odo
ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:8

オオカミ王子は エサのうさぎが 可愛くて しょうがないらしい

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:357

黒の魅了師は最強悪魔を使役する

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:919

処理中です...