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三つの覚悟

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カイウスはそれ以上言う事はなかった。

小さな声で「ごめん、何でもない」と無理した笑みを浮かべていた。
もしかしてカイウスが言いたかった事って…それをカイウスの口から言わせたくない。

体が濡れているからタオルを肩から掛けて、カイウスを抱きしめた。

もし、カイウスがカイウスでなくなっても前みたいに俺がカイウスを連れ戻す。
なにがあっても絶対に、俺がカイウスを守るから…

だからいなくなったらなんて言わないでよ。

カイウスは優しいから、俺に殺してほしいって思っても殺したという十字架を背負わせたくないのだろう。
自分に似た人がいたからかカイウスは不安になったのかもしれない。

「カイウス、寝室行こう…いっぱいマッサージするから」

「…ありがとう、ライム」

寝間着に着替えてからカイウスと寝室に入って、今度はカイウスがうつ伏せになる。
力を入れて、硬い筋肉をほぐす。

カイウスは腕をマッサージする俺に、指を動かして触れてきた。
イヤーカフに触れていて、カイウスの力に少し反応してバチッと静電気が出た。

すぐに触れるのを止めて「悪い、痛かったか?」と言っていた。
俺は平気だけど、カイウスはイヤーカフが気になってるのかな。

そういえば、あの事をカイウスに話してなかったな。

過去の話はカイウスに心配掛けたくなくて言わなかった。
カイウスが見たもう一人のカイウスがもし未来のカイウスだったら…
あの優しいカイウスが今のカイウスを苦しめるような事をするとは思えない。

でも、もし何処かのカイウスだとしたら話した方がいいかもしれない。
それがカイウスの悩みを解決するきっかけになれば…
イヤーカフを外して、カイウスに見せるとイヤーカフごと俺の手を包み込んだ。

「これ、カイウスにもらったんだ」

「俺…?俺に会ったのか!?」

驚いたカイウスが飛び起きて、俺の肩を掴んだ。
カイウスが会ったカイウスと俺と一緒にいたカイウスが同じなのか分からない。

未来のカイウスがまた今の世界に来たのだろうか。
とりあえず俺が会ったカイウスの話をして、お守りとしてイヤーカフをもらった話をした。

その時にカイトの話をするかどうか迷ったが、カイトも助けてくれたから話した。
未来のカイウスにも驚いていたが、カイトの事もとても驚いていた。
どうやらカイウスが言っていた新人とはカイトの事だったらしい。

本当に騎士になったんだ、それを聞けただけで嬉しい。

「カイト様が…だから俺になにか言いたそうだったのか」

「カイウス、なにか関係あるのかな…カイウスが会ったカイウスと…」

「一つの世界に俺が二人現れた、だから俺の中のなにかが分裂したのかもしれない」

「じゃあカイウスが会ったのは未来のカイウスじゃないの?」

「未来の俺が、俺に接触する事に警戒していたなら自分から来ないだろ」

カイウスに言われて、それもそうかと考え直した。
カイウスと会ったもう一人のカイウスはカイウスを乗っ取ろうとしていた。
カイウスの体を操れるのは、カイウスの人格ぐらいだ。

未来と混ざってしまったから出てきた危ない人格。

それをどうにかする方法は分からない、暴走したカイウスの人格も今のカイウスと共に生きてくれている。
一度会った人格、あれがきっとカイウスの前に現れたのだろう。

俺の声をまるで聞かずに、冷たい瞳と何も興味がない顔は怖く感じた。

「カイト様はもう一人の俺どころか、その前に聞いた爆発も聞いていなかったと言っていた」

「もしかして、カイウスにしか見えない?」

「分裂したけど、まだ俺の中にいるんだろうな」

「カイウスの中に…」

カイウスの胸に耳を当てると、トクトクと心臓の音が聞こえる。
俺のカイウスだから取らないでね…と言ってもきっと届かないんだろう。

ギュッと抱きしめられて、俺の心は強い気持ちでいっぱいになった。

マッサージを再開して、やっていたらカイウスが寝てしまった。
少しでも、安心して寝てくれたら良いな…俺がカイウスの安らぐ場所になれたら…

ドアを器用に開けてリーズナが入ってきたから、口に指を当てた。
カイウスを起こさないようにして、という合図だったがリーズナが話しかけてきた。

『お前、カイウスの話を聞いて変わったか?』

「どういう事?」

『カイウスはお前に離れてほしいんだよ』

リーズナの言葉に、俺自身もそうなのかもしれないと思った。
カイウスは俺を傷付けないために、俺を助けるために別れるつもりなんだ。
俺にカイウスを殺させたくない、だからカイウスは自分で何とかするつもりなんだ。

全部話せば俺が納得してくれるって思ったのかもしれない。
まだ言わなかったけど、いつか別れを言う時が来るだろう。

俺が嫌いになったんなら仕方ないけど、俺のためだと思うならそれは全然違う。

「カイウスの傍にいるよ、なにがあっても…たとえカイウスじゃなくなっても俺はカイウスを守る」

『そうか、カイウスを愛してるならそれくらいの覚悟がないとな』

リーズナは嬉しそうにしていて、頭の上にいた小鳥がピィピィと鳴いていた。
カイウスの頭を撫でて、イヤーカフにキスをした。






朝、カイウスが目を覚ます前に朝食を作ってカイウスが起きたら挨拶する。
暗い表情を見せずに、笑っていつも通りの朝を迎える。

カイウスには明るく笑っていてほしい、少しでも不安がなくなるために今俺が出来る事だ。

カイウスも昨日の話をしないで、普通の雑談をして楽しかった。

「ライム、今日は少し早めに帰ってくるから」

「そうなの?じゃあ美味しいもの作って待ってるね!」

「うん、じゃあ行ってくるから」

カイウスを見送って、足元にいるリーズナを見た。
いつもの日課のように、俺の修行の時間が始まった。

リーズナは人の姿になり、訓練所に向かって歩いていた。
今日はちょっと変わった事をするつもりだ…このスペースのままじゃダメだ。

急いでも成長が早くなるとは思わないけど、このままのペースだとカイウスを助けられなくなる。
後悔したくない、今まで以上に全力で修行をする?

「リーズナ、今日は俺を殺す気で来てほしい」

「本当に死ぬぞ」

「俺は強くなる、死ぬ事を恐れていたらカイウスを守れない」

「ヤケになるなよ、カイウスはそんな事望んでない」

「……ヤケじゃないよ、俺はカイウスとずっと一緒にいたい…そのための力がほしい、後悔したくないんだ…真剣勝負でやってほしいだけだから」

「分かった、お前も覚悟が出来たなら俺もやろう」

俺もリーズナもカイウスも覚悟を持って、生きている。
誰かを守りたい、その気持ちが人をさらに強くする。

グッと拳を握りしめて、イヤーカフを耳に付けて訓練所に向かった。
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