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お疲れ様の癒しタイム

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「はぁ、はぁ…」

「もう終わりか?ウォーミングアップにもならない」

言った通り倒れている俺を上から覗くリーズナは息一つ乱れてはいない。

青空が広がっていたのに空はもうオレンジ色に変わっていた。
全然山から先に進まず、ずっと登ってはリーズナに落とされてしまった。

手も指先が動かない、体も砂で汚れてしまった。

どうしよう、服はこれ一枚しかないのに…
一応寝間着はあるけど、次の修行の時に寝間着は動きづらい。
今日は風も少し冷たいし、明日乾くかな。

「余計な事考える余裕はあるみたいだな」

「えっ!?そんな余裕は…」

「バカ、余裕なくても笑ってみせろよ…敵に隙を見せる事になる」

リーズナに言われて開いた口を閉じて、今出来る精一杯の笑顔を向けた。
何故か呆れた顔をされて「ぎこちない笑みほど見れたもんじゃねぇな」と言われてしまった。

笑顔の練習も必要だったか、そっちの練習は今までした事がなかった。

どうすれば登れるんだろう、今の方法では正直登る事が出来ない。
山に張り付いているだけだしな、それだとリーズナの攻撃は避けられない。

空が飛べたら楽だけど、修行にはならない。
羽根でも生えないかぎり現実的な話でもないしな。

「もうすぐカイが帰ってくる、バレないようにその汚れた体を洗っとけ」

「…はい」

リーズナは猫の姿に戻って、俺より先に訓練所を後にした。
俺も行かないととは思うが、体が動かない。

もう少しここで休憩しよう、今動いてもすぐに何処かに転んで傷が増えるだけだ。
傷を作るのは修行の時だけにしたいものだ。

夕陽を眺めていると、いろんな事を思い出す。
カイウスとの思い出、一緒に戦って惹かれて…それで…

考え事をしていたら、急に目の前が暗くなった。
もう夜になったという事ではなく、俺の視界に入る空が覆われた。

「カラス?いや、鷹かな」

大きな鳥が飛び去っていき、再び視界が夕暮れに染まった。
鷹くらい飛んでいても不思議ではない、カイウスが訓練所丸ごと結界を張ってくれたが生き物を一匹一匹寄せ付けない結界ではない。

魔力を感知して、入れないようにする結界だから鷹くらい入れる。
騎士もここの存在を忘れているみたいで入らないみたい。
ローベルト家だって廃墟とはいえ敵である騎士団の敷地内に入る用事なんてない。

俺がここにいるのは神ですらカイウスの結界のおかげで分からない。
宮殿はカイウスの力が強すぎて、すぐに神に知られてしまっていたけど家の周りを覆う結界くらい弱い魔力なら神も分からない。

本当に宮殿よりも安心安全な場所と言えるだろう。

…でも、全てがいい方向に解決したらもう一度カイウスと戻りたい。

そのためにはまずはリーズナの試験に合格する必要がある。

体を起こすと、さっきよりも楽になった気がした。

カイウスが帰ってくる前にシャワー浴びて夕飯の準備をしよう。
そう思って俺も訓練所を後にした。

風呂から上がり、寝間着に着替えて脱衣所から出たら心臓が飛び出るほど驚いた。

「か、カイウス…お、おかえり…早かったね」

「リーズナに聞いた、一日中体を動かしていたみたいだな」

「えっ!?」

カイウスに言われてびっくりして目を丸くする。

バレるなってあんなに言ってたのにリーズナ、バラしたのか?
周りを見渡すとリーズナがいなくて、真相が聞けない。

どんな理由であれ、リーズナが簡単に訓練の事を口にするとは思えない。
いくらカイウスに甘くて、カイウスに聞かれても…

カイウスは俺の背中に腕を回してきて、抱きしめられた。
嬉しいけど、今はカイウスが何を思ってるのか分からないから複雑だ。
とりあえず適当に言うのは危険だ、カイウスの様子を伺わないと…

「カイウス、どうしたの?」

「ごめん、こんな狭いところで閉じ込めて…ライムも外に行きたいよな」

「…えっ、う…ん」

「なるべく早く神をこの手でどうにかしてライムが安心出来る世界にするから」

カイウスなりに俺が不安にならない言葉を選んだんだろう。
でも「どうにかする」と曖昧に言われたら、それこそ怖い。
カイウスの瞳がリーズナよりも本気だから余計に…

淡い期待で外を自由に歩けるかと思ったが、まだカイウスが許してくれない。
一人で抱え込まないで、俺はなにがあってもカイウスの味方なんだから…

そのためには、まずは山を登る事を考えよう。

「今日は俺が食事を作ったから」

「えっ、でも俺が家事を…」

「ライムは指先一つも動かないんだろ、疲れた時はお互い様だ…俺に甘えてほしい」

カイウスに見つめられて、そんな優しい言葉を掛けられたら甘えてしまう。
今は修行じゃないし…甘えても許されるかな。

まだ指先が痺れるが、カイウスを正面から抱きつく。
やっぱり服の残り香よりカイウスそのものがいいよなぁ。

野菜たっぷりのスープにステーキとマッシュポテトのようなものがお皿に乗っていて美味しそうだ。

「いただきます!」

フォークを握ろうとしたが、上手く力が入らず握りしめるのがやっとだ。
これじゃあ食べづらいな、どうしようか考えていたら俺の目の前に小さくカットされたステーキ肉があった。

横を見ると眩しいくらいの笑みをカイウスが浮かべていた。

カイウスが言いたい事は分かる、分かるけどこれは…

恥ずかしさと恥ずかしさと申し訳なさが戦っている。
もしこの場でリーズナがいたら絶対に馬鹿にするんだろうなと分かる。

そう思っていた、カイウスの肩越しに床に座るリーズナの姿があった。
やはり呆れたような顔をしているリーズナから視線を外す。

「どうした?恥ずかしがらなくても俺しか見てないよ」

「そう、だけどそこまで甘えるとカイウスも嫌じゃない?」

「ライムの事で嫌な事なんて一つもないよ」

「でも、仕事から帰ってきて疲れてるんじゃ」

「じゃあ、口移しにする?」

そう言って俺に顔を近付けてくるから「フォークでお願いします!」と言った。
口移ししたら俺の頭が爆発しそうになる。

ダメだダメだ、体が怠いのに興奮したらどうすりゃいいんだ!
手が使えないのに自慰は出来ないし、カイウスが疲れてるかもしれないのにこれ以上疲れる事はさせたくない!

俺がフォークを使えないと気付いたから食事の手伝いをしてくれようとしたカイウスの優しさがあるからこそ、俺は邪な考えを持っちゃいけないんだ!
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