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新生活の問題点

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俺が移動すると、リーズナも同じように付いてくる。
でも底抜け床の範囲が少し大きくて、リーズナが避けるのは大変そうだ。
リーズナを抱き抱えると不満そうな顔をしていたが、文句は言わなかった。

お腹空いてるけど、正直疲れたからもう寝たい。
考えれば丸一日食べてないんだっけ…余計にお腹が空くからさっさと寝よう。
旧兵舎は二階に部屋があって、一階は食堂とか倉庫とか使い道が分からない部屋まであった。

リネン室を見つけて、そこならまだ綺麗な毛布があったからそこを寝室にしよう。
リネン室に入り、毛布を床に敷いて軽く叩く。
多少埃っぽいが寝れない事はない。

人がよく出入りするところの床が脆くなっていた。
ここは人の出入りが少ないからか、底が抜ける事はない。

ゴロンと横になると、だんだんうとうとしてきた。
リーズナは俺の顔の横に居て、ジッと見つめていた。
そこまで警戒しなくてもリーズナも休めばいいのに…とのんびり考えた。
最後にお腹を鳴らしながら、疲れもあって眠りについた。






夢を見る事なく、静かに一秒一秒時間が過ぎていった。

旧兵舎の部屋は全ての鍵が壊れていて、開く時も音が大きい。
だから普通なら誰かが入って来る音が聞こえる。

でも、疲れがピークに達している俺には何も聞こえないのと同じだった。
リーズナも休憩しているのか、俺の横で丸くなっていた。
いち早くリーズナが気付いて、耳を動かして起きあがろうとした。

訪問者はリーズナの頭を撫でると、再び丸くなった。
リーズナに触れていた手を俺の頭の上に軽く乗せた。

「ライム…」

「…んっ、カイウ…すぅすぅ」

「腹が減ってると思って用意したんだが、起こすのも悪いか」

カイウスの声が聞こえた気がした、幻聴かな?…幻聴でも何でもいい。
寝返りをうち、お腹も空いているから目の前のものを口に咥えた。

もごもごとしていたら、バシッとなにか小さなもので頭を叩かれた。
「リーズナ」と小声だが、リーズナを叱る声が聞こえた。

自分の状況を理解出来ず、目の前を見ると頭に前足を乗せているリーズナがいた。
すぐ近くには、幻聴でも幻覚でもない…本物のカイウスがいた。

おかえりって言えばいいのかな、嬉しくてカイウスの名前を呼ぼうとした。
その時、俺の口になにか入っている事に気付いた。

やっと自分の状況が分かり、頭から火が吹くように真っ赤になった。

カイウスの指を咥えていたらしく、俺の唾液まみれになっていた。

「ごっ、ごごごめんね!寝惚けてて!」

「ライムのなら気にする事はない」

自分の服でカイウスの指を拭って謝った。
いくらお腹が減ってても恋人の指を咥えないよな。

カイウスは昔俺がお世話になったクマさんにお弁当をもらったから一緒に食べようと言っていた。
俺がここにいるのは誰にも知られていないから、カイウスが友人と食べると言ってもらってきたみたいだ。

昔からクマさんの食堂はあって、騎士達は愛用していたからここが兵舎だった頃ここの食堂はほとんど使われていなかった。
だから人通りも少なくて、床の劣化は少なかった。

どうせなら食堂で食べようという事になった。

食べ物に埃は絶対にダメだから念入りに掃除をして、空気の入れ替えで窓を開けていたから大丈夫だろう。
椅子に座ると、カイウスがいろいろと準備してくれた。

懐かしいな、クマさんの料理…味もあの時と何も変わらない。

「ずっと持ってきてもらうのは悪いから、次から自炊するよ」

「そうか?じゃあ必要なものがあるなら言ってくれ」

「分かった」

カイウスと遅い昼食を終えて、カイウスは仕事に出かけた。

新婚気分でちょっと浮かれながら、掃除も完璧に終わらそうと思った。
リーズナは遠くに離れていて、見学していた。

カイウスは騎士団の仕事の他に神とかローベルト卿の動きも見なくてはいけない。
俺は余計な事を出来ないから、ここで大人しくしている方がカイウスも安心だろう。

情けないけど、俺が今するべき事はカイウスの魔力を使わせない事だ。

「リーズナ、カイウスが魔力を使ったら分かる?」

『そりゃあ俺とカイは繋がってるからな』

「羨ましい」

『そんなに羨ましいか?』

「だってカイウスがいないと、カイウスが何を考えているかなんて分からないし、カイウスの全てが知りたいよ」

俺にとっては真剣なのに、リーズナは全然そんな事を思ってないのか話題を逸らした。

カイウスは仕事中、基本的に魔力を使わない…相手をするのが人間だから。
でも、突然神の分身や薬を使ったローベルト家の人間達が現れたらカイウスは力を使う。
ありえない話ではないから、油断ならない。

それに神はカイウスの器を知って、どうにか壊そうとしてくる。

今思えばそれが、俺が死ぬという事なんだろう。
でも、俺が死ななくても不安定なカイウスの器を壊す事なんて簡単だ。

「もし、カイウスが使いそうになったらリーズナ…カイウスの傍に行ける?」

『瞬間移動は出来ないからな、カイが俺が行ける場所にいるかも分からない』

「じゃあ誰もカイウスを守れないじゃん!これじゃ意味ないよ!」

『そうは言ってもこの場所を離れてカイの傍に付きっきりでいたら絶対に追い返される』

どうする事も出来ないなんて、そんなのダメだ。
もっと他にいい方法があれば、カイウスに気付かれなければいいんだ。

でもそんな上手くいくわけがない、あの世界で黒子のフリが出来たのは俺なんてどうでもいいと思っている相手だからだ。
カイウスは鋭い、メイド服もバレたし…カイウスに気付かれず付いて行く事が出来ない。

俺の気配が消える、魔法薬ってないのかな。
普通の人は気配なんて分からないのに、何のために開発するんだって話だけど…

「リーズナ、カイウスみたいに俺も変身出来ない?」

『カイだから波長が合うんだ、お前とは無理だ』

ばっさりと断られてしまった……そりゃあそうか、俺はカイウスと対の力を持ってるんだしリーズナとは合わないよな。

考え事をしながら掃除を進めると、エントランスの端にある小さな扉があった。
ここは見逃していた、きっとカイウスも知らないのだろう。
なにがあるんだと恐る恐る覗き込むと衣装部屋があった。
騎士団員の部屋は確かに狭そうだから、着替えはここでしていたのかもしれない。

そこには騎士団員の服があって、床を確かめながら一歩一歩確実に歩き進める。
この服があれば騎士団員としてカイウスの傍に紛れさせる事が出来るかもしれない。
問題はそこじゃない、カイウスが気配に敏感という事だけだ。

リーズナは部屋を眺めていて、諦めていた。
諦めるのが早すぎる!もっと他にないか考えようよ!

『素直に魔力を打ち明けるか、お前が一緒にいたいって言うかだな』

「それって、どっちも解決にならないよ」

魔力の話をしたら、カイウスは無茶をする。
一緒にいたいって…騎士団が危ない仕事なのに一緒に居られるとは思えない。

俺もお手上げするしかなくて、とりあえず部屋を出た。

悩んでいたら、ズボッと床が抜けてしまった。リーズナの冷めた瞳が居心地悪い。
這い上がって、ふとリーズナの方を見た。
相変わらずの顔をしているリーズナに、ある事を閃いた。
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