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好きな人の違い

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「カイ様にお出しする紅茶は甘くなく、少し熱めに淹れるように」

「はい」

「カイ様は好き嫌いをされない方だけど、好みを把握する事は当然の事…料理はシェフが作るけど、万が一のために味見をして意見を言いなさい、カイ様により良い生活をお届けするために」

「はい」

「じゃあ次はこちらに」

ローズの案内で厨房を後にした。
カイウスの好みを教えられて、紅茶の淹れ方や部屋の掃除の仕方まで頭に入れた。

カイウスの専属使用人となるなら完璧でなくてはいけない、いや…完璧以上でないとローズは認めない。
誰かの世話をした事がないから、不安じゃないとは言えない。

でも俺はカイウスに助けてもらったんだ、本物の使用人に近付けるように頑張る。

「ちょっと」

「……」

「聞いているの?返事は!?」

「は、はい!」

一通りの事を聞いて、考え事をしていたらローズに呼ばれた。
今は他の事は考えず、使用人として頭に叩き込まないと…

気を引き締めるために、頬を軽く叩いてローズを見つめる。

当然俺への信頼なんて皆無なローズは眉を寄せているが、仕事モードに切り替えた。

料理や掃除やカイウスとの会話の注意事項まで聞いて、後はなんだろう。

「貴方は新人だからカイ様の異変は知らないと思います」

「…異変?何処か具合でも悪いんですか?」

「これは極秘だから他言無用です、カイ様の専属使用人になったからこそお話します、他に話をすれば解雇では済みませんよ」

ローズは念には念を重ねて、俺を見ていた。

カイウスが病気だって知らなかった。
カイウスは心配掛けないように隠したりするけど全然気付かなかった。

他の人には内緒なんてよほどの事なんだろう。

魔力が不安定なら、俺の力を最大限に使いたいが…今のその役目は俺ではない。

とりあえず俺が出来る事はカイウスを支える事だけだ。
心臓がドキドキしている、ローズの言葉を静かに待った。

ローズは小さく口を開いて「カイ様は…」と話し始めた。

「カイ様は記憶喪失です」

「………記憶喪失?」

ローズの口から出てきた言葉がよく分からなかった。

記憶喪失?カイウスが?

俺の事を覚えていたし、他に記憶喪失だって思うところはなかった。
なんでローズがそう思うのか、最初は分からなかったがローズが話してくれた。

カイウスがマリーとの関係を忘れていたから…それだけだった。
いや、この世界のローズにとってはそれだけではないのだろう。

ここで俺が記憶喪失なんかじゃないと言ってしまったら、疑われてしまう。
この世界の俺はカイウスとまだ接点がない筈だ。

だから何も言えずに「そうだったんですか」と知らないふりをした。

「カイ様の記憶が正常なら、まず貴方を専属使用人になんかしません…あんなに愛し合っていたのにカイ様はマリーより他のメイドに目移りするとは思えません」

ズバリと言われて心に深く突き刺さった。
他のメイドって、どう考えても俺の事だよな…今は男の姿だから気付いてないんだろうけど…

俺の知っているカイウスではないって分かっているけど、愛し合っているって聞くと複雑な気持ちになる。
でも、ローズは二人の交際を認めている…カイウスも言ってたけど、理由を聞いたら教えてくれるだろうか。

ローズは俺に不満があるからか、まだなにか言っていた。
この様子だと俺が聞いても教えてくれそうにないし、今のピリピリした関係のままで聞いたら余計にギスギスしてしまいそうだ。

「貴方…もしかしてあのメイドとグルになって記憶を消したんじゃ…」

「ないない!そんな事出来ませんって!」

「今のカイ様に良からぬ事を吹き込んだら…どうなるか分かりますか?」

ローズの人を殺しそうな顔を見れば俺がどうなるかなんて分かる。
俺は何もしていない、ただ…この世界のカイウスじゃない…それだけだ。

俺達が帰ったら、元のカイウスが戻ってくるのかな。
それともこの世界そのものが神が見せた幻?

ローズは俺から視線を外して、少し早足で廊下を進んでいった。
俺はカイウスの使用人の仕事に戻って良いのかな。
とりあえずまだあるかもしれないから、ローズが戻れと言うまで付いて行こうと思った。

ローズが足を止めたのは、マリーの前だった。
ワゴンを引いていて、紅茶とお菓子が乗っていた。

二人に近付くと、会話が終わったのか何を話していたか分からない。

ただ、マリーは気分が沈んでいて…俺の方を見ていた。
怒っているような悲しんでいるような、複雑な顔をしている。
もしかして、この紅茶とお菓子は…

「カイ様に持っていきなさい、貴方の仕事です」

「えっ、でもマリーさんが運ぶために持ってきたんじゃ…」

「仕事を放棄するつもり?やはり、貴方はカイ様の使用人に…」

「誠心誠意やらせていただきます!」

「相応しくない」と言われる前に遮り、俺がワゴンを引く事になった。
マリーの仕事を奪うカタチになってしまって、申し訳なくてマリーに謝った。

マリーは笑っていたが、辛い気持ちが隠しきれていない。
本当にごめん…マリーの大切な人を奪って…

俺の好きなカイウスはマリーの大切な人のカイウスとは別人だけど、考えさせられる。

現実の世界でマリーは誰が好きなのか知らない。
もしかしたら、現実のマリーも悲しんでいるのかもしれない。

分かっていた事だけど、改めてゲームの世界での幸せな姿を現実のように見せられると心が苦しい。

もう一度マリーに謝った…それはどういう意味なのか、俺にも分からなかった。

『大切なカイウスの幸せを壊す事がお前の幸せか?』

誰かが俺にそう囁いている。

カイウスが幸せだって感じる選択をする事を俺は手助けしたい。
俺はどんな選択をしても、カイウスの味方でいる。

「だから、カイウスの決めた道を俺は作るだけだから」

「なにか言いましたか?」

「いえ、それでは行ってきます」
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