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最悪な一日・後編

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いろいろあって疲れてしまった、寮にまっすぐ帰る事も考えた。
でも寮に帰ってもまだカイウスは帰っていないし、ちょっと気分転換に街を散歩しようと思った。

それがいけなかった。

なにかを買うつもりはないから、ただ見て回っていただけだった。

そんな時「ライムさん!」という声が聞こえた。
俺をさん付けで呼ぶのは一人しかいない、学校から離れたから会わないと思っていたのが甘かった。

後ろを振り返ると、あの少年が立っていた。
またなにか企んでいると思っていたが、落ち込んでいる様子だった。
眉も下がっている少年を突き放す事が出来ず、戸惑った。

「ほっといてって言われたのに、また声を掛けて…ごめんなさい」

「…なにか用?」

「今までの事、謝りたくて」

そう言った少年は手に持っていた林檎が沢山入ったカゴを押し付けてきた。
頭を下げた少年は、本当に謝る気だったのかそれだけ渡して走っていってしまった。

謝るだけで良かったんだけどな、この林檎…どうしよう。

その場に立っていたら、広場がザワザワと騒がしかった。

なにかあったのかと思って周りを見渡すと、誰かが俺の方に向かって走ってきた。
俺に用があるとは思っていなかったが、おじさんが俺の前で足を止めた。

「お前か!!林檎泥棒は!!」

「えっ…何の話ですか?」

「その手に持っているものはなんだ!!」

「…こ、これは貰って」

「嘘をつくな!!」

ガッと頬を殴られて、地面に倒れた。
隣でコロコロと林檎がカゴから飛び出して転がる。

頬が熱を持ち、口の中は鉄の味が広がる。
まさか彼がくれた林檎が盗品だとは思わなかった。
彼も当然悪いが、信じた俺も馬鹿だった。

ガタイがいいおじさんだから、力が強くて俺の胸ぐらを掴んで持ち上げられる。

「今すぐ騎士団様の前につまみ出してやる!!」

「…お、れは…な、にも…」

「まだ言うか!!」

「何事ですか?」

周りのギャラリーも増えていて、俺達を黙って見つめていた。

そんな時、誰かがそんな事を言い周りは声を出した人物に目線を向ける。
聞いた事のある声に目線を向けた。

ちょっとだけでもいい、話を聞いてくれる人がいたら…と思った。
でも、その人を見てこの場に味方はいないと分かった。

買い物途中だったのか、沢山品物が入った買い物カゴを持つローズが立っていた。

ローズは俺を見て眉を寄せて、近くにいる人に状況を聞いていた。
俺の事が嫌いなローズが助けてくれるとは考えにくい。

「…なるほど、そういう事ですか」

「うっ…ぐ…」

「その者はローベルト一族の子供です、盗みくらいするでしょう」

「………ろ、ローベルト?」

突然掴んでいた襟を離されて、地面に尻もちをついた。

見上げるとおじさんの顔が恐怖で歪んでいた。
周りにいた人達もざわざわと騒がしくなっていった。

買い物をしている時、いつもおまけをしてくれるお店の人も皆の視線が突き刺さる。
誰も俺の声を聞いてくれない、ローベルトだから…ローベルトなら仕方ない…そんな目だ。

「悪魔の子」と最初に言ったのは誰だったか。

隣にある林檎を掴み、カゴに入れる。

とりあえず返そうとおじさんに向かって差し出した。
たったそれだけなのに、おじさんは「殺さないでくれ!」と叫んで行ってしまった。

「……おれ、は…殺しなんか」

「ライムさん」

「っ!?」

あの声は…眉を寄せて声の方を見たら、この状態の元凶である少年がいた。

いろいろと言いたい事があり、少年に近付いた。

俺が声を出す前に少年が「ローベルト卿がお呼びです」と言った。
なんで父からの伝言を彼が伝えてくるのか分からない。

まさか、もうローベルト家と繋がってるのか?

俺はあの家に帰りたくなくて、もう寮に帰ろうと思った。
しかし、少年に腕を掴まれて足を止めた。

「俺、君の事許してないんだけど…これ以上やるなら…」

「こんなところで僕に暴力を振るったら周りはどう思うんでしょうね、まぁ僕は構いませんが…」

「………」

「行きましょう、ライムさん…貴方に光の世界は似合いません」

グイグイ引かれて、せめての抵抗で動きたくなかったがその場にいるのも苦痛だった。
肩を掴まれて、後ろを見るとローベルト家の黒子が後ろにいた。

本当に彼はローベルト家の仲間になったという事か。

黒子にも腕を引かれたら俺の抵抗なんてないようなものだ。
そのまま引きづられていった。

ローベルト家に来る時はいつもいい思い出がない。
何度かつまずきながらも、父の部屋に連れてかれた。

父の部屋にはいろんな人が集まっていた。

両親は勿論、サクヤとユリウスと数人の黒子だ。

俺の横を通り過ぎた少年は、椅子に座る父に向かって跪いた。

「ローベルト卿の言われた通り連れてきました、僕をローベルト家の兵士にして下さい!!」

「…ふん、いいだろう…ライムの監視役に任命しよう」

「ありがたき幸せです」

「監視ってなんで!?」

「もう遊びは終わりだ、これからはお前にも仕事を手伝ってもらう」

ローベルト家の仕事といえば、ほとんど犯罪じゃないか。

俺は首を必死に横に振るが、ここにいる人達も俺の言葉を聞く気はないようだ。

父は少年になにかを渡していた、俺が言う事を聞かない時のためのなにからしい。

俺が反抗的なのは分かっているから従わせるなにかを向こうも考えているのだろう。

「ミロ、ライムを部屋に連れて行け」

「はい、分かりました…ライム様…こちらへ」

「………」

ミロと呼ばれた少年に腕を掴まれて、引きずられるようにして歩かされる。

背中も見たくないからミロから目を逸らそうとして横を見つめた。
相変わらず何を考えているか分からないローベルト卿の兵士達が並んで微動だにしなかった。

その中の一人と目が合った。
本人にその気はなくても、つい足を止めた。

漆黒の短髪に真っ黒な服を身にまとった美しい男だった。

でも黒い瞳にはまるで生気が感じられず、本当に生きているのか分からない。

「…何やってるんですか、行きますよ」

「分かったから引っ張らないでよ、痛い…」

俺の言ってる事を聞いていないのか、また引っ張られて部屋から出た。

俺が連れてかれたのは、以前住んでいた部屋だった。
あの時のように黒子達が入り口を塞いでいた。

でも、あの時と違うのは俺の部屋に物が増えていた。
この部屋を俺以外が使うとは思えないし、誰かが贈り物をするとも思えない。
物が溢れた部屋は少し狭く感じた。

不思議で首を傾げていたら、ミロが窓を開けていた。
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