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優しくて、優しくない罰

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ゲームのカイウスは覚えていたから、きっと覚えている筈だ。
カイウスは無言で俺を見つめていた、詰め寄る俺の言葉を受け止めるように真剣な眼差しで聞いていた。
ゲーム通りのカイウスは俺なんてそこら辺の石ころと同じ扱いだった筈だ。
なんで俺に優しくするんだよ、お前はヒロインにだけ想いを寄せていたじゃないか。

カイウスを守るために離れたいのに、カイウスは俺に守らせてはくれない。

ギュッと握る手の甲にぬいぐるみの手が乗り、少し反応を見せてビクッと震えた。

『ライムはこれが怖いのか?』

「……カイウスは怖くないの?あんな力が暴走して」

『俺は、ライムがいないと怖くてたまらない』

そう言ったカイウスは俺の手の甲に擦り寄り、暖かい温もりに涙が出る。

俺だって、カイウスと過ごす日々が当たり前になって…牢獄に入れられた時からもう会えないんだと寂しくて死んでしまいそうだった。
でも俺がいたらまた暴走してしまう、今度はもしかしたら被害がとても大きいかもしれない。

カイウスはその答えを用意していたのか『俺にはライムがいるから大丈夫だ、そのためにも一緒に居てくれ』と言った。

俺がカイウスの傍にいる理由を作ってくれたんだ、カイウスの優しさに精一杯答えようと頷いた。

カイウスをギュッと抱きしめて、ここから出たら本物にもしようと思った。

「おい、食事だ」

ここにいると時間が分からず、もう夕飯の時間になっていたと食事を運んできた使用人で気付いた。
俺が一口も食べていない食事を見つめて、眉を寄せて鉄格子の扉を開けた。

いつもは小さな入り口から食事を出して帰るだけなのに、今日は中まで入ってきてびっくりした。
俺に向かって手を伸ばそうとしたら、使用人の手をカイウスが噛み付いた。

使用人は鬱陶しそうにぬいぐるみを掴んで壁に向かって叩きつけた。
ぽとりと地面に転がりぴくりともしないぬいぐるみに顔を青ざめる。

「なんだコイツ、置物のくせに噛みつきやがった!」

「何するんだよ!!」

俺は使用人に向かって掴みかかると、一瞬怯えた顔をしたがすぐに怒りに変わり地面に押さえつけられた。
残飯に顔を突っ込まれて、息が苦しくなり生理的な涙が出る。

死なれたら困るから無理矢理食わせようと俺の口を指でこじ開けて飯を押し込まれた。
嫌だ、不味い、気持ち悪い…吐き気がしたが口を押さえられて飲み込む事しか出来なかった。

カイウスは大丈夫なのかな…何処か怪我をしたなら病院に連れて行かないと……ぬいぐるみでもカイウスと繋がってるから本体にも影響がないとは言い切れない。
視界に映るカイウスが、ゆっくりと立ち上がり立てるほどは大丈夫だと安心したがすぐにゾッと鳥肌が立った。

「なんだ!悪魔の力なんて大した事ないな!お前にビクビクしてる奴らはバカばかりだな!」

「…ぅ、ぐっ」

「さっさと食え!薄汚い家畜は這いつくばって食え!」

なにか使用人は言っているが、俺はそれどころではなかった。
ダメだ、止めなくては…今のカイウスは暴走したばかりでまだ安定していないんだ。

黒かったぬいぐるみの瞳が真っ赤に染まっていき、体中が良くない黒い霧で覆われていた。

空気が張り詰めて、ピリピリした殺気でさすがの使用人も異変に気付いた。
でもまさかぬいぐるみから殺気を感じるとは思っていないのか、俺に視線を向けていた。

手を離されて、すぐに口にあるものを吐き出すが…まだなにか残っているようで気分が悪かった。

「お、お前…人間を殺さないんじゃ…」

「ごほっ、ごほっ」

「くそっ!!殺気を止めろ!!俺に近づくな化け物!!」

恐怖からだろうか、使用人はパニックを起こして俺を殴りつけていた。
俺は疲れてしまい抵抗が出来なかった、その代わりに使用人が悲鳴を上げていた。
俺を殴っていた腕が地面に転がっていて、一瞬見てしまったがすぐに何かに目を覆われた。

肌触りがいいその物体はカイウスのぬいぐるみだろう、俺の頭を抱きしめていた。
なにが起きているか分からないが、使用人が怯えた声で叫んでいた。
俺が触れると、ぬいぐるみは力がなくなったかのように俺から離れた。
手の中でぐったりするそれは、まるで本当のぬいぐるみのようだった。

使用人はどうなってるのか、見るのは怖かったが見なくてはいけないと思い目の前を見つめて驚いた。
つい「カイ…」とその名を言いそうになった口を両手で塞いだ。

「た、助けてくれっ…死にたくない!!」

「死にたくない?俺の嫁に酷い事をするからてっきり自殺願望があるのかと思った」

「ぐあぁぁ!!!!」

「お前の汚い声なんて聞きたくないけど、好きなだけ叫べよ…この周りだけ結界を張ったからお前の声は誰にも届かない」

「楽に死ねると思うなよ」と黒髪のカイウスはとても美しく恐ろしい顔で笑っていた。

カイウスの手に纏っているのは小さな竜巻を起こしている風。
あの風で使用人の腕を切断したのだろう、刃物じゃあんなに綺麗に切れない。
命乞いを全く聞かずに次は何処を切ろうかと使用人の怯える顔を見つめてニヤニヤと笑っていた。

カイウスのところに行こう、もう俺は大丈夫だから元に戻ってとカイウスに手を伸ばす。

もう俺の力を理解したカイウスが触らせてくれる筈がなく、俺から一歩引いた。

あの残飯になにが入っていたのか、思うように体が動かない。

「可愛いなぁ、俺のライムは…でもダメ」

「……カイ…ウス」

「ライムを泣かせたコイツを生きている事そのものを後悔させなくちゃ」

「…い、やだ…俺は…いつもの優しいカイウスがっ」

「……ライムはなにか勘違いしてないか?」

カイウスは少し困惑したような顔で俺を見つめていて、カイウスの言っている意味が分からなかった。
カイウスを勘違いしてる?俺はカイウスよりもカイウスの事を理解してると思っていた。
だって俺だけがカイウスの未来を知っている、だからカイウスの性格も分かってるつもりだ。

「俺はライムが思ってるほど優しくない」そう言ったカイウスは俺に手を差し伸ばしてきた。
俺の手を握る瞬間、カイウスが儚げに笑った気がしたが、もう元の無表情に戻ったからもう一度確認は出来なかった。

使用人はもう叫ぶ元気は残されていなかったが、カイウスの姿になった悪魔を見て驚愕の表情を浮かべていた。
バレてしまった、どうしようとカイウスを見つめるとカイウスは俺をずっと見つめながら使用人に手をかざしていた。

そしてもう一度俺に同じ事を言った、元の姿をしたカイウスに…

「俺は、ライムが思ってるほど優しくない」

そしてカイウスの手にさっきよりも強い風魔法を纏い、俺が止める暇もなく力を解放した。
使用人は弾け飛んで壁や床に真っ赤な血を撒き散らしていた。

俺は風魔法を使っていないカイウスの手で目元を覆われてその瞬間は見ていなかった。
でも一瞬だけ、その姿を見てしまいすがるようにカイウスに抱きついた。

そのまま上着を頭から被せられてお姫様だっこをされて運ばれた。

牢屋周辺は結界で守られているだろうけど、外に出たら結界が切れてしまう。
そうなったら今のカイウスの姿を見たら皆パニックを起こしてしまう。

俺を隠すよりカイウスを隠した方がいいと思い俺の頭の上にある上着を手に取りカイウスに被せた。
すると自然と顔の距離が近くになり、チュッと軽いキスをされた。
不意打ちで目を丸くして固まる俺を見て機嫌が良さそうだった。

「なっ、なんっ…キスッ」

「そこにライムの顔があったから」

カイウスは悪戯が成功した子供のように嬉しそうにしていたから何も言えなくなる。
再び俺の頭の上に上着を乗せて数歩歩き出した、俺を隠す意味もあるんだろうけど目隠しの意味もありそうだ。
すぐ横を見たらきっと死体がある初めて人が死ぬところを見たあの時のように…

この世界は俺がいた平和な世界とは違い、常に戦争があり人が沢山死んでいく世界だ。
カイウスが人を殺すところを見たくないと言っても、国のために尽くすのが騎士だ…悪い事をした人にそれ相応の裁きを下さないといけない。

カイウスは俺の事を守ってくれたんだ、震える手を押さえつけるようにカイウスに体を預けた。

「俺は、ライムのためなら鬼でも悪魔でもなる…もう、誰にも傷付けさせない」

「…カイウス」

「ライム、今まで家でもこんな扱い受けていたんだな……気付いてやれなくてすまなかった」

カイウスは眉を寄せて俺を抱きしめてくれた、手の震えがだんだんと落ち着いてきた。
カイウスが気付かないのは俺がカイウスに隠していたからだ。

怪我をしても王立士官学校なら当たり前だし、俺はカイウスの前で弱い顔をしないように気を付けていた。
本当はずっと隠すつもりだったから、家の事情とかこんなカタチでバレるとは思わなかった。
カイウスのせいじゃないよと伝えてもカイウスは俺を抱きしめる手を強めるだけだった。

ずっとここにいるわけにはいかない、使用人が帰ってこないと誰かに勘付かれるかもしれないから脱出する事にした。
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