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カイウスの裏の話

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「つまらない世界だ、神の力がなんだ…そんなものこの国もろとも消えてしまえばいい」

全ての神経を手に集中させると、丸く黒い塊が現れた。
力を込めると黒い塊はどんどん大きくなっていった。

これをぶつければ帝国ごとき一瞬で吹き飛ぶだろう。
ライムはその前に俺が安全な場所に連れていけばいい。

人間の耳障りな悲鳴が聞こえるが、すぐに何も聞こえなくなる。
新しい時代は、たった一人の愛しい君と共に作ればいい…

「ダメだっ、そんな事しちゃ…」

「……何をしているんだ?」

下を見るとライムが一生懸命木の上に登ろうとしている。
必死になって追いかけられるのもいいものだな、とはいえ木の上は危ない。
足を滑らせたら怪我をしてしまう、でもライムは止まる事なく俺に向かって腕を伸ばしていた。

ライムがそこにいるならこの周辺だけ結界を掛ければライムには当たらないだろう。
そんな事を考えていたら、ライムが短い悲鳴を上げて木から滑り落ちていた。

地面に激突する前に、ライムの腕を掴んで引き寄せる。

「危ないだろ、いい子で待っていろ……お前のほしいものは何でもやるから」

「…じゃあ、俺はカイウスが欲しい」

どういう意味か分からないが、ライムは嬉しい事を言ってくれる。

俺の腕をギュッと掴み、捕まえた気でいるのか……早く世界を消したいが少しだけ付き合うか。
手に溜まっていた力を消すと、黒い霧のようになって周りを包み込んだ。
ライムに腕を引かれて、そのまま広場を抜け走り続けた。

広場の悲鳴を聞き付けたからか、ここら辺には人一人いない。
人気のないところで何をするつもりか、ニヤニヤとやらしい想像をしていたらライムが足を止めた。

「ここなら誰もいないよな」

「ライム、ここで何をするんだ?」

ライムはさっきのようにまた俺に抱きついてきた、今度は離さないように密着している。
さきほどはライムを突き飛ばしてしまったからな、寂しかったのだろう。

ライムが俺をどうするのか正直俺には分からなかった。
しかし元に戻ってほしいというライムの瞳は、元に戻す方法を知っているように見えた。
だから俺はライムを引き剥がしたが、今では何故あんなにライムに怯えを感じていたか分からない。
こんなに愛らしいのに、あの時は覚醒したばかりできっと無意識にピリピリしていたのだろう。

ライムは俺を見上げるから、頬を撫でて口付けようとした。
しかし、ライムは俺の胸元に手を置いていて体に異変を感じた。

胸元から広がる、熱すぎる熱…息が苦しくなりライムを引き剥がそうとした。
しかしライムは力を緩める事なく俺の胸元に手を当て続けていた。

ライムの手に触れると、俺の胸元と連動するように手の甲が光っていた。
下に視線を向けると、ライムの手の甲には不思議な紋様が刻まれていた。

あれは神話の精霊の王と戦い破れた災厄の悪魔と同じ紋様。

「うっ…く……ま、さか…お、前は…」

「カイウス、もう少しだ…我慢してくれ」

ライムがより強く胸元を押すと、頭の中のぐちゃぐちゃしたものが浄化されていく。

黒い霧がだんだんと晴れていく、そして記憶が蘇っていく。

あの時、リーズナが霧になって消えた…リーズナが俺の体の中に入ってくる感じがして苦しかった。
苦しくて苦しくて、ライムに助けを求めるように走っていった。
ライムの居場所が何となく分かっていた、リーズナが導いてくれているような気がした。

そして行った先で目にした光景は信じられないものだった。

ライムが見知らぬ男に殴られている姿…俺のライムを傷付けた。
ライムの怪我は会う度にあったが、ライムはいつも誤魔化していた。

俺は、ライムを傷付ける奴がのうのうと生きているこの国が憎かったが…一番憎いのは俺自身だ。

もっとライムに聞けば、ライムが苦しまずに済んだのに…

たった一人の守りたい人を守れないで、なにが騎士団長だ…なにが神の子だ。

絶望した、全てが嫌になり…俺は内に秘めていた力を解放した。
今度こそライムを全てから守るように俺自身が悪魔となった。

でも、結果ライムの瞳に涙を浮かばせてしまった…守ると誓ったのに…

「…ごめん、ごめん…ライム」

「カイウスが悪いわけじゃないんだ、俺が傍にいたからダメなんだ」

「………どういう、事だ?」

「ごめんね、カイウス」

ライムが俺を包み込むように抱き締めて、暖かい光に包まれた。
苦しみも熱も治まり、俺は一気にきた疲労で意識を手放した。






夢の中で俺はとても現実とは思えないほど変な夢を見た。

夢の中の俺は変わらない騎士団長で、悪は許さない正義感に溢れていた。
そして悪だと思い、その剣を向けるのは何故かライムだった。

今のライムとは少し雰囲気が違いやんちゃな感じだが、俺の愛しいライムには変わらない。

何故ライムを悪だとするのか、この場面だけでは分からない。
なのに、俺はライムに酷い憎悪を抱いていて…あの焼けるような苦しみを味わった。
俺自身なのに、まるで体だけは別のように動かなかった。

そして俺は暴走して、この手でライムを血に染めた。
これは夢だ、現実じゃない…なのに不安で堪らなくなる。
もしライムをこの手で殺してしまっていたら、俺は生きる希望を失うだろう。

俺にとってのライムは、自分の命よりも大切な存在なんだ。

「……」

「おや、気が付きましたか」

急に意識が戻り、目を開けると隣から声が聞こえて顔だけ横を向いた。

そこには白い医務服を着ている男が立っていて、胡散臭そうな笑みを浮かべている。
俺の意識がなくなったのは外の筈だが、今はベッドで横になっていた。

ここは病院か?誰かに運ばれたのは分かるが、ライムが俺を運べる筈はないが…

そうだ、ライム……ライムはいったい何処にいるんだ?
あの嫌な夢の光景を思い出してしまい、周りを見渡すがこの場には二人しかいなかった。

「ライムは!?」

「ライム?」

先生にすがるように聞くと首を傾げてよく分かっていないようだった。
そりゃあそうだ、いきなり名前を言っても分からないだろうと先生にライムの特徴を教えた。

近くにいた黒髪の学生で…と、そんな情報しか伝えられなかった。
ライムは奇抜な格好をしていたわけではなく、愛らしい顔というのは曖昧すぎて特徴にもならない……俺なら一発で分かるが…

そんな少ない特徴でも分かったのか先生は思い出したような顔をしていた。

どうやらライムが医者を探して城下町を走り回っていたそうだ。
医者を見つけたら俺を任せて何処かに行ってしまったそうだ。

そして俺は、寝ている間になにが起きたのか分からないが…城下町を脅かす悪魔を倒した精霊の王再来となっていた。
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