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騎士団長就任パレード
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騎士団長就任パレードは帝国にとって大きなイベントの一つになっている。
特に今回は神の子であるカイウスが騎士団長に就任するから熱気はいつもより凄かった。
学校もその日は休みで俺はカイウスの姿を見にやってきた。
でも、早くから席を取っていたのかよく見える場所だけじゃなくほとんど埋まっていた。
こんなに離れていたらカイウスの顔が見えないな、俺…そんなに身長高いわけじゃないから背伸びしても俺より前に背が高い人がいるから諦めた。
寮の部屋から見えるけど、少し遠いし高くて後頭部しか見えないんだろうな。
でも、全く見えないよりはマシかと思い歩いていたら足元になにかが横切った。
「はぁー…人が多くて嫌になるなぁ」
ぼやくような声が聞こえて、足を止めると黒猫が歩いていた。
黒猫が喋るわけないと思うだろうが、俺はこの黒猫を知っている。
ゲームでも出てくる、カイウスと共に行動しているリーズナという黒猫だ。
精霊の化身であり、カイウスの武器である剣にもなる。
つまりリーズナはカイウスの力そのものと言ってもいいだろう。
カイウスとはよく会うが、リーズナとは実際に見るのは始めてで、特になにかするわけでもなく素通りしようと思った。
「…っえ?」
「ぎゃうっ」
ピリッと手が一瞬だけ痛くなり、誰かとぶつかって静電気にでもなったのかと思った。
手を見ると、それは手の甲に悪魔の紋様がある手だった。
これは偶然なのかなと思いながら歩いていると、足元から悲鳴が聞こえた。
下を見ると、リーズナが倒れていて慌てて駆け寄る。
誰かに蹴られでもしたのかと思ってリーズナの体に触れると毛が逆立っていた。
威嚇するような声が聞こえて、手が静電気よりも強く痺れて触れなくなる。
この現象に覚えがあり、違ってほしいと願うばかりだ。
俺一人ではどうしたらいいか分からず、周りを見渡す。
誰かに助けを呼ぼうと、近くにいる人に声を掛けるが軽く腕を振り払われた。
「お願いです!助けて下さい!猫が怪我していて…」
「あ?猫だぁ?」
皆就任パレードの方が大切なんだろう、それは当然だ。
でもカイウスの一部であるリーズナを放っておけなくて、一人一人に聞いた。
誰か一人でもいい、助けてくれる人はいないのだろうか。
そう思っていたら、やっと振り返ってくれる人がいた。
でも、その人は猫を助けてくれるような優しい人とは程遠い人だった。
「よぅ、悪者ローベルトくんじゃないか」
「……あ、その…」
「まさかカイ様の晴れ舞台をぶち壊す気か?」
彼は学校で俺を悪者だといつも殴ってくる生徒だった。
今はリーズナが大事で、彼の相手はしていられないとリーズナの方に目線を向けた。
しかしそこにはリーズナがいなくて、周りを見渡す。
胸ぐらを掴まれて、引っ張り何処かに連れてかれた。
リーズナが心配なのに、なんで俺はこんなにもタイミングが悪すぎるんだ。
町外れの人気がいない場所に連れてかれて、押される。
「俺は将来騎士になってカイ様の右腕になるんだ!!」
「うっ、ごほっ」
「お前を排除すればこの帝国は平和な国になり、俺は英雄だ!!」
話ながら俺の体を踏みつけて、思いっきり蹴りあげられた。
体が少し浮いて地面に叩き付けられて、全身が痛い。
この男は本気で俺を殺そうとしているんだと分かった。
俺が死んだら本当に英雄になれるのか?俺は何もしていないのに?
口が切れてポタポタと血が地面に落ちても、俺の休まる時間はない。
俺が死ぬまで続くのだろうか、この痛みは…何の痛みなんだ?
死にたくない、俺は…生きたい…こんなところで死にたくないんだ!!
痛い体に鞭を打ち、立ち上がり男に向かって拳を振り上げた。
カイウスに鍛えてもらったんだ、無駄にしたくない。
俺が反撃するとは思っていなかったのか、男は避ける事を忘れて頬にぶつかった。
初めて人を殴ったからか、手がじんじんと痛くなったが何だかすっきりした。
俺だっていつまでもやられっぱなしの弱い奴じゃないんだ。
怒りに顔が赤くなった男が手を振り上げたから今度は避けた。
さっきは突然の事で呆然としていたから避けるのを忘れていただけだ。
「くそっ!!悪者は正義に倒されるべきだ!」
「…俺だって殴りたくない!だから…」
「うるせぇ!!」
「暴力は止めてくれ」と言おうとしたら、男は突然怒鳴り声を上げていた。
そして懐に忍ばせていたものを取り出して、俺に向けた。
小さなナイフだ、なんでそんなものを持っていたんだ?
護身用?でもこの男は格闘術が得意だから必要なさそうだ。
ならば誰かに危害を与えるため?俺を殺すために忍ばせていたのか?
そこまでしてなんで、正義になりたいんだ?正義にそんなに魅力があるのか?
俺には分からない、分かりたくもない…俺は正義になりたくはない。
悪役がいいわけではないが、カイウスの傍にいられるなら何でもいいと思っている。
歌を歌い、ただ静かに暮らしたいだけなんだとナイフを振り上げる男を見つめた。
見極めて避けようと思い、一歩踏み出すと目の前に光るものが見えた。
それは鋭いナイフで、二本持ってるなんて思わなかった。
袖に隠していたのか?近すぎて避けられなくなっていた。
首に向かって迫るナイフがスローモーションに見えた。
目の前が赤く染まり、さっきよりも大量に地面が赤い水溜まりでいっぱいになる。
「…ぅ、ぐっ…がはっ」
口から大量の血が吹き出ていて、言葉にならない悲鳴を上げていた。
「散れ、下衆が」という声と共に、体を投げつけられて地面に転がっていく。
俺は恐怖で目の前で起こっている事が理解出来なかった。
突然誰かがやってきて、男の腹を剣で突き刺していた。
黒い髪が揺れていて、真っ赤な瞳が俺を見つめていた。
恐ろしいほど神秘的で美しい男は、俺を見て愛しげに笑っていた。
「…大丈夫か?俺の嫁」
「……カイ…ウス」
俺が口にした名前は、青い髪が特徴の目の前にいる表情が豊かな男とはかけ離れている人の名前だった。
でも彼はカイウスだって分かっている、この恐怖は目の前で人が死んだ事もあるが他の理由の方が強かった。
最悪なシナリオのルートに突入したんだ、俺のせいだ。
あの時、俺がリーズナに出会わなければ…あんな事にはならなかったのに…
悪魔の紋様がある手をギュッと握りしめて、カイウスを見つめる。
カイウスは精霊の力に呑まれて暴走した姿をしていた。
ゲームでカイウスがあの姿になったのは傍にマリーがいたからだ。
まだ、悪魔の紋様がなかった時もカイウスは精霊の力が押さえられずに苦しむ時があった。
でもマリーに悪魔の紋様が現れてからカイウスは不思議と気分が楽になってきた。
それがマリーの力であり、安全なものだと信じていた。
しかしマリーの力は精霊と相性が最悪だった。
精霊王はマリーに元々潜在的な悪魔の力があり、それを引き出してカイウスと繋げただけだ。
精霊の力に打ち勝つのは悪魔の力しかいないから、カイウスを助けたいマリーの願いを叶えるにはこれしかなかった。
カイウスルートではずっとカイウスといて、リーズナとも仲良くなった。
そんなある日、いつものようにマリーはリーズナの背中を撫でていたらリーズナに異変が起きた。
突然リーズナが飛び起きて、廊下を走っていってしまった。
その時は用事でも思い出したのかくらいにしか思わなかった。
そして城下町に悪魔再来という騒ぎが起こり、それは…
「……カイウス、ごめん…俺のせいで力が」
「なに言ってるんだ?俺はお前のおかげで自由を手にしたんだ…感謝してるくらいだ」
そう言うカイウスは俺に一歩ずつ近付いてくるから、拳を握った。
俺の悪魔の紋様が飾りではないというのなら、俺がカイウスを止めなくては…
カイウスが俺のところに来る前に、俺がカイウスに近付いて抱き締めた。
リーズナは精霊だから俺が触れて、悪魔の力を直に感じて力が暴走してしまった。
カイウスとリーズナは契約で繋がっているから、もろに影響を受けてカイウスも暴走した。
でもリーズナと違う部分は、カイウスの半分は魔力だがもう半分は人間の力がある。
悪魔の力はその人間の力の部分に触れて、徐々にカイウスの魔力を落ち着かせる。
でも俺にはどうすればカイウスの人間の部分に触れられるのか分からなかった。
抱き締めただけではカイウスの正気は戻らなくてカイウスの赤いマントを握った。
そうだ、今のカイウスの格好は騎士団長の正装姿だ。
もしこの服を着ているのを誰かに見られたらカイウスだって一発でバレてしまう。
上着だけでも脱げば黒髪で面影がほとんどないし分からない筈だ。
カイウスの上着に手を掛けて、ちょっと装飾が邪魔して脱がしにくいがボタンを外す。
普通はいきなりこんな事をされたら抵抗の一つでもしそうなものだが、何の抵抗もしないカイウスが不思議だった。
恐る恐るカイウスを見上げると、ニヤニヤと笑っていた。
「大胆だな、そんなに待ちきれないのか?」
「…え?」
「初めてなのに優しく出来ないぞ」
カイウスの真っ赤な瞳が俺を捉えて離さない…腰を抱かれて引き寄せられる。
普段のカイウスならいちいち俺に聞いてくるが、このカイウスはかなり強引な性格だ。
ゲームでもこの姿だと俺様な性格でヒロインにぐいぐい行くタイプだった。
キスされる…そう思ったら無意識に手が出てきてカイウスの口を防いだ。
今キスされたらとんでもない事をされそうだ、それほどまでにカイウスのエロい雰囲気を感じた。
カイウスにより腕を掴まれて、口を塞いでいた手を外された。
「俺の嫁は恥ずかしがり屋だな、もっと凄い事しただろ?」
嫁……?嫁って男に言う言葉じゃないよな?カイウスは何と勘違いしているんだ?
もしかしてこのカイウスはゲーム通りのカイウスで、ヒロインと俺を勘違いしてるとか?
そういえばヒロインにも嫁とか何とか言ってた事を思い出す。
俺とヒロイン間違えるとか、よく見たら分かるだろ。
記憶はカイウスのままだし、彼もカイウスとして受け入れたいと思ってる。
…でも、本当のカイウスはクールでちょっと天然でカッコよくて…俺が惚れた男だ。
人間の部分に触れるにはどうしたらいいんだ、ゲームではヒロインはどうしていただろう。
「カイウス、俺はカイウスに元に戻ってほしいんだ」
「……今の俺の方が前よりも強い、お前をこうして守ってやれる……俺が嫌いか?」
「俺が、好きなのは貴方じゃない」
俺がそう言い終わるか終わらないかの時に、木に体を押し付けられた。
すぐに顎を掴まれて、強引なキスをされて息が苦しくなる。
「元のカイウスが好き」だと言おうとしたのに邪魔をされる。
それは俺が悪魔の紋様について父に説明しようとした時に不思議な力に遮られた時と同じだった。
もしかして、俺がカイウスに想いを伝える事も許されないのか。
舌が入ってきて、カイウスに強引に絡められて両手を一まとめにして頭の上で拘束された。
「…カイウス!俺の話を最後まで聞いてくれっ!俺はっ」
「お前は俺のものだ、誰にも渡さない」
足の間にカイウスの足が入り、中心を擦るように足を動かされた。
カイウスとすっきりしたばかりだからか、体は熱くはないが生理現象は止まらない。
ここで流されたらダメだ、今はカイウスを元に戻す事だけを考えよう。
とはいえ、カイウスに拘束されているこの状況でどうすればいいんだ?
足もカイウスの体が間に入っているから上手く動かせられない。
カイウスに離してと訴えても口を塞がれて声にならなくなる。
「んっ、んぐっ…はぁっ、んんっ」
感じたらいけないのに、身体はカイウスの熱…感触を覚えている。
でも、目を開けたら俺の知っているカイウスではない…それがとても悲しい。
目元が熱くなり、ポロリと頬が濡れて…声に出さないように口を硬く閉ざした。
口を開いたらみっともなく泣き叫んでしまいそうだった。
俺が声を上げたら誰かが来てしまう、そしたらカイウスの姿を見られてしまう……それだけはダメだ。
だから涙を流しても声に出さないぞと心に誓っていたら、さっきまで俺に性的に触れていたカイウスの足の動きが止まっている事に気付いた。
見上げるとカイウスの瞳が動揺したように揺れていて、腕を拘束している手の力も緩んでいた。
すぐにカイウスの手を振り払い、服を掴んで途中だったボタンを外して上着を脱がした。
シャツ一枚になったカイウスは我に返って俺の腕を掴もうと手を伸ばしたが、その前に両手をカイウスの胸元に手を置いて密着した。
これなら腕を拘束出来ないだろ、手に力を込めてカイウスの服を掴んだ。
その時、力を入れすぎてボタンがいくつか取れてしまいカイウスの胸元が露になってしまった。
一瞬弁償しなきゃ…という気持ちが過ったが目の前に見えるものを見たら頭が真っ白になった。
俺の紋様とは違うが、カイウスの胸元に魔法陣のようなものが見えた。
カイウスの人間の部分…それはカイウスの心という事か。
紋様同士が合わされば奇跡が起きるって、そう信じてる。
でも、紋様に触れる前にカイウスが俺を突き飛ばして地面に倒れた。
「…カイウスッ、待って!!」
「悪いなライム、俺はこんなところで力を失うわけにはいかないんだ……この帝国はライムが生きづらい国だ、俺が一から作り直す…お前が安心して過ごせる世界を作るために」
一から作り直すって、この帝国を消すつもりなのか?
カイウスなら不可能ではない、それほどまでにカイウスの力は大きい。
でも、俺は許せなかった…カイウスが守ってきた国を傷付けるなんて…たとえカイウス本人だとしても、許せるわけがない。
カイウスは俺が近付かないように、俺とカイウスの間に炎が割り込んできた。
熱くて近付けない、周りを見渡して湖の傍だった事を思い出し…近くで釣りをしていた人がいたのだろうか、忘れ物のバケツを手にして水を汲んで炎に向かってぶっかけた。
蒸気を発しながら炎は消えて、カイウスの方に向かうがそこにはもうカイウスはいなかった。
何処に行ったんだと、周りを探していると複数人の悲鳴が聞こえて顔が青くなりながらそこに向かった。
その光景は、まるで世界の終わりのようなそんな光景だった。
カイウスは精霊の木の上に立って冷めた瞳で城下町を見下ろしていた。
特に今回は神の子であるカイウスが騎士団長に就任するから熱気はいつもより凄かった。
学校もその日は休みで俺はカイウスの姿を見にやってきた。
でも、早くから席を取っていたのかよく見える場所だけじゃなくほとんど埋まっていた。
こんなに離れていたらカイウスの顔が見えないな、俺…そんなに身長高いわけじゃないから背伸びしても俺より前に背が高い人がいるから諦めた。
寮の部屋から見えるけど、少し遠いし高くて後頭部しか見えないんだろうな。
でも、全く見えないよりはマシかと思い歩いていたら足元になにかが横切った。
「はぁー…人が多くて嫌になるなぁ」
ぼやくような声が聞こえて、足を止めると黒猫が歩いていた。
黒猫が喋るわけないと思うだろうが、俺はこの黒猫を知っている。
ゲームでも出てくる、カイウスと共に行動しているリーズナという黒猫だ。
精霊の化身であり、カイウスの武器である剣にもなる。
つまりリーズナはカイウスの力そのものと言ってもいいだろう。
カイウスとはよく会うが、リーズナとは実際に見るのは始めてで、特になにかするわけでもなく素通りしようと思った。
「…っえ?」
「ぎゃうっ」
ピリッと手が一瞬だけ痛くなり、誰かとぶつかって静電気にでもなったのかと思った。
手を見ると、それは手の甲に悪魔の紋様がある手だった。
これは偶然なのかなと思いながら歩いていると、足元から悲鳴が聞こえた。
下を見ると、リーズナが倒れていて慌てて駆け寄る。
誰かに蹴られでもしたのかと思ってリーズナの体に触れると毛が逆立っていた。
威嚇するような声が聞こえて、手が静電気よりも強く痺れて触れなくなる。
この現象に覚えがあり、違ってほしいと願うばかりだ。
俺一人ではどうしたらいいか分からず、周りを見渡す。
誰かに助けを呼ぼうと、近くにいる人に声を掛けるが軽く腕を振り払われた。
「お願いです!助けて下さい!猫が怪我していて…」
「あ?猫だぁ?」
皆就任パレードの方が大切なんだろう、それは当然だ。
でもカイウスの一部であるリーズナを放っておけなくて、一人一人に聞いた。
誰か一人でもいい、助けてくれる人はいないのだろうか。
そう思っていたら、やっと振り返ってくれる人がいた。
でも、その人は猫を助けてくれるような優しい人とは程遠い人だった。
「よぅ、悪者ローベルトくんじゃないか」
「……あ、その…」
「まさかカイ様の晴れ舞台をぶち壊す気か?」
彼は学校で俺を悪者だといつも殴ってくる生徒だった。
今はリーズナが大事で、彼の相手はしていられないとリーズナの方に目線を向けた。
しかしそこにはリーズナがいなくて、周りを見渡す。
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リーズナが心配なのに、なんで俺はこんなにもタイミングが悪すぎるんだ。
町外れの人気がいない場所に連れてかれて、押される。
「俺は将来騎士になってカイ様の右腕になるんだ!!」
「うっ、ごほっ」
「お前を排除すればこの帝国は平和な国になり、俺は英雄だ!!」
話ながら俺の体を踏みつけて、思いっきり蹴りあげられた。
体が少し浮いて地面に叩き付けられて、全身が痛い。
この男は本気で俺を殺そうとしているんだと分かった。
俺が死んだら本当に英雄になれるのか?俺は何もしていないのに?
口が切れてポタポタと血が地面に落ちても、俺の休まる時間はない。
俺が死ぬまで続くのだろうか、この痛みは…何の痛みなんだ?
死にたくない、俺は…生きたい…こんなところで死にたくないんだ!!
痛い体に鞭を打ち、立ち上がり男に向かって拳を振り上げた。
カイウスに鍛えてもらったんだ、無駄にしたくない。
俺が反撃するとは思っていなかったのか、男は避ける事を忘れて頬にぶつかった。
初めて人を殴ったからか、手がじんじんと痛くなったが何だかすっきりした。
俺だっていつまでもやられっぱなしの弱い奴じゃないんだ。
怒りに顔が赤くなった男が手を振り上げたから今度は避けた。
さっきは突然の事で呆然としていたから避けるのを忘れていただけだ。
「くそっ!!悪者は正義に倒されるべきだ!」
「…俺だって殴りたくない!だから…」
「うるせぇ!!」
「暴力は止めてくれ」と言おうとしたら、男は突然怒鳴り声を上げていた。
そして懐に忍ばせていたものを取り出して、俺に向けた。
小さなナイフだ、なんでそんなものを持っていたんだ?
護身用?でもこの男は格闘術が得意だから必要なさそうだ。
ならば誰かに危害を与えるため?俺を殺すために忍ばせていたのか?
そこまでしてなんで、正義になりたいんだ?正義にそんなに魅力があるのか?
俺には分からない、分かりたくもない…俺は正義になりたくはない。
悪役がいいわけではないが、カイウスの傍にいられるなら何でもいいと思っている。
歌を歌い、ただ静かに暮らしたいだけなんだとナイフを振り上げる男を見つめた。
見極めて避けようと思い、一歩踏み出すと目の前に光るものが見えた。
それは鋭いナイフで、二本持ってるなんて思わなかった。
袖に隠していたのか?近すぎて避けられなくなっていた。
首に向かって迫るナイフがスローモーションに見えた。
目の前が赤く染まり、さっきよりも大量に地面が赤い水溜まりでいっぱいになる。
「…ぅ、ぐっ…がはっ」
口から大量の血が吹き出ていて、言葉にならない悲鳴を上げていた。
「散れ、下衆が」という声と共に、体を投げつけられて地面に転がっていく。
俺は恐怖で目の前で起こっている事が理解出来なかった。
突然誰かがやってきて、男の腹を剣で突き刺していた。
黒い髪が揺れていて、真っ赤な瞳が俺を見つめていた。
恐ろしいほど神秘的で美しい男は、俺を見て愛しげに笑っていた。
「…大丈夫か?俺の嫁」
「……カイ…ウス」
俺が口にした名前は、青い髪が特徴の目の前にいる表情が豊かな男とはかけ離れている人の名前だった。
でも彼はカイウスだって分かっている、この恐怖は目の前で人が死んだ事もあるが他の理由の方が強かった。
最悪なシナリオのルートに突入したんだ、俺のせいだ。
あの時、俺がリーズナに出会わなければ…あんな事にはならなかったのに…
悪魔の紋様がある手をギュッと握りしめて、カイウスを見つめる。
カイウスは精霊の力に呑まれて暴走した姿をしていた。
ゲームでカイウスがあの姿になったのは傍にマリーがいたからだ。
まだ、悪魔の紋様がなかった時もカイウスは精霊の力が押さえられずに苦しむ時があった。
でもマリーに悪魔の紋様が現れてからカイウスは不思議と気分が楽になってきた。
それがマリーの力であり、安全なものだと信じていた。
しかしマリーの力は精霊と相性が最悪だった。
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精霊の力に打ち勝つのは悪魔の力しかいないから、カイウスを助けたいマリーの願いを叶えるにはこれしかなかった。
カイウスルートではずっとカイウスといて、リーズナとも仲良くなった。
そんなある日、いつものようにマリーはリーズナの背中を撫でていたらリーズナに異変が起きた。
突然リーズナが飛び起きて、廊下を走っていってしまった。
その時は用事でも思い出したのかくらいにしか思わなかった。
そして城下町に悪魔再来という騒ぎが起こり、それは…
「……カイウス、ごめん…俺のせいで力が」
「なに言ってるんだ?俺はお前のおかげで自由を手にしたんだ…感謝してるくらいだ」
そう言うカイウスは俺に一歩ずつ近付いてくるから、拳を握った。
俺の悪魔の紋様が飾りではないというのなら、俺がカイウスを止めなくては…
カイウスが俺のところに来る前に、俺がカイウスに近付いて抱き締めた。
リーズナは精霊だから俺が触れて、悪魔の力を直に感じて力が暴走してしまった。
カイウスとリーズナは契約で繋がっているから、もろに影響を受けてカイウスも暴走した。
でもリーズナと違う部分は、カイウスの半分は魔力だがもう半分は人間の力がある。
悪魔の力はその人間の力の部分に触れて、徐々にカイウスの魔力を落ち着かせる。
でも俺にはどうすればカイウスの人間の部分に触れられるのか分からなかった。
抱き締めただけではカイウスの正気は戻らなくてカイウスの赤いマントを握った。
そうだ、今のカイウスの格好は騎士団長の正装姿だ。
もしこの服を着ているのを誰かに見られたらカイウスだって一発でバレてしまう。
上着だけでも脱げば黒髪で面影がほとんどないし分からない筈だ。
カイウスの上着に手を掛けて、ちょっと装飾が邪魔して脱がしにくいがボタンを外す。
普通はいきなりこんな事をされたら抵抗の一つでもしそうなものだが、何の抵抗もしないカイウスが不思議だった。
恐る恐るカイウスを見上げると、ニヤニヤと笑っていた。
「大胆だな、そんなに待ちきれないのか?」
「…え?」
「初めてなのに優しく出来ないぞ」
カイウスの真っ赤な瞳が俺を捉えて離さない…腰を抱かれて引き寄せられる。
普段のカイウスならいちいち俺に聞いてくるが、このカイウスはかなり強引な性格だ。
ゲームでもこの姿だと俺様な性格でヒロインにぐいぐい行くタイプだった。
キスされる…そう思ったら無意識に手が出てきてカイウスの口を防いだ。
今キスされたらとんでもない事をされそうだ、それほどまでにカイウスのエロい雰囲気を感じた。
カイウスにより腕を掴まれて、口を塞いでいた手を外された。
「俺の嫁は恥ずかしがり屋だな、もっと凄い事しただろ?」
嫁……?嫁って男に言う言葉じゃないよな?カイウスは何と勘違いしているんだ?
もしかしてこのカイウスはゲーム通りのカイウスで、ヒロインと俺を勘違いしてるとか?
そういえばヒロインにも嫁とか何とか言ってた事を思い出す。
俺とヒロイン間違えるとか、よく見たら分かるだろ。
記憶はカイウスのままだし、彼もカイウスとして受け入れたいと思ってる。
…でも、本当のカイウスはクールでちょっと天然でカッコよくて…俺が惚れた男だ。
人間の部分に触れるにはどうしたらいいんだ、ゲームではヒロインはどうしていただろう。
「カイウス、俺はカイウスに元に戻ってほしいんだ」
「……今の俺の方が前よりも強い、お前をこうして守ってやれる……俺が嫌いか?」
「俺が、好きなのは貴方じゃない」
俺がそう言い終わるか終わらないかの時に、木に体を押し付けられた。
すぐに顎を掴まれて、強引なキスをされて息が苦しくなる。
「元のカイウスが好き」だと言おうとしたのに邪魔をされる。
それは俺が悪魔の紋様について父に説明しようとした時に不思議な力に遮られた時と同じだった。
もしかして、俺がカイウスに想いを伝える事も許されないのか。
舌が入ってきて、カイウスに強引に絡められて両手を一まとめにして頭の上で拘束された。
「…カイウス!俺の話を最後まで聞いてくれっ!俺はっ」
「お前は俺のものだ、誰にも渡さない」
足の間にカイウスの足が入り、中心を擦るように足を動かされた。
カイウスとすっきりしたばかりだからか、体は熱くはないが生理現象は止まらない。
ここで流されたらダメだ、今はカイウスを元に戻す事だけを考えよう。
とはいえ、カイウスに拘束されているこの状況でどうすればいいんだ?
足もカイウスの体が間に入っているから上手く動かせられない。
カイウスに離してと訴えても口を塞がれて声にならなくなる。
「んっ、んぐっ…はぁっ、んんっ」
感じたらいけないのに、身体はカイウスの熱…感触を覚えている。
でも、目を開けたら俺の知っているカイウスではない…それがとても悲しい。
目元が熱くなり、ポロリと頬が濡れて…声に出さないように口を硬く閉ざした。
口を開いたらみっともなく泣き叫んでしまいそうだった。
俺が声を上げたら誰かが来てしまう、そしたらカイウスの姿を見られてしまう……それだけはダメだ。
だから涙を流しても声に出さないぞと心に誓っていたら、さっきまで俺に性的に触れていたカイウスの足の動きが止まっている事に気付いた。
見上げるとカイウスの瞳が動揺したように揺れていて、腕を拘束している手の力も緩んでいた。
すぐにカイウスの手を振り払い、服を掴んで途中だったボタンを外して上着を脱がした。
シャツ一枚になったカイウスは我に返って俺の腕を掴もうと手を伸ばしたが、その前に両手をカイウスの胸元に手を置いて密着した。
これなら腕を拘束出来ないだろ、手に力を込めてカイウスの服を掴んだ。
その時、力を入れすぎてボタンがいくつか取れてしまいカイウスの胸元が露になってしまった。
一瞬弁償しなきゃ…という気持ちが過ったが目の前に見えるものを見たら頭が真っ白になった。
俺の紋様とは違うが、カイウスの胸元に魔法陣のようなものが見えた。
カイウスの人間の部分…それはカイウスの心という事か。
紋様同士が合わされば奇跡が起きるって、そう信じてる。
でも、紋様に触れる前にカイウスが俺を突き飛ばして地面に倒れた。
「…カイウスッ、待って!!」
「悪いなライム、俺はこんなところで力を失うわけにはいかないんだ……この帝国はライムが生きづらい国だ、俺が一から作り直す…お前が安心して過ごせる世界を作るために」
一から作り直すって、この帝国を消すつもりなのか?
カイウスなら不可能ではない、それほどまでにカイウスの力は大きい。
でも、俺は許せなかった…カイウスが守ってきた国を傷付けるなんて…たとえカイウス本人だとしても、許せるわけがない。
カイウスは俺が近付かないように、俺とカイウスの間に炎が割り込んできた。
熱くて近付けない、周りを見渡して湖の傍だった事を思い出し…近くで釣りをしていた人がいたのだろうか、忘れ物のバケツを手にして水を汲んで炎に向かってぶっかけた。
蒸気を発しながら炎は消えて、カイウスの方に向かうがそこにはもうカイウスはいなかった。
何処に行ったんだと、周りを探していると複数人の悲鳴が聞こえて顔が青くなりながらそこに向かった。
その光景は、まるで世界の終わりのようなそんな光景だった。
カイウスは精霊の木の上に立って冷めた瞳で城下町を見下ろしていた。
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「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
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気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた
しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエル・クーレルがなんだかんだあって、兄×2や学園の友達etc…に溺愛される???
家庭環境複雑だけれど、皆に愛されながら毎日を必死に生きる、ノエルの物語です。
R表現の際には※をつけさせて頂きます。当分は無い予定です。
現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、現在まで多くの方に閲覧頂いている為、改稿が終わり次第完結までの展開を書き進めようと思っております。閲覧ありがとうございます。
(第1章の改稿が完了しました。2024/11/17)
(第2章の改稿が完了しました。2024/12/18)
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美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
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【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
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