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カイウスの話5

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ピチャンピチャンと水滴が髪を流れて落ちる。
自分の手を見つめて、考える。

最近の俺はなにか変だ、感情が不安定な時がある。

最初に感じたのは、ライムに何故鍛えたいのか聞いた時だ。
ライムは「大切な人を守るため」と言っていた。

大切な人がいるのか、誰だ?もしかして俺が探している子なのか?
胸の奥底がじくじくと吐き気がするように、気分が悪くなっていく。
よく分からない感情で、自分でも戸惑っていた。

でも、強くなりたいという奴を私情で拒否するのはどうかと思い頷いた。
俺以外の誰かを頼ったとしても嫌だからな。

……なんで嫌なんだ?好きな子を取られるかもしれないから?

自分で自分の感情が分からなくて、戸惑う。

それにさっき風呂場で、ライムがメイドを見て興奮しているのを見て嫌な感情が体の中を這いずり回っていた。
俺はメイドを女として見た事が一度もなかったからライムの事が理解できない。

いや、俺の行動の方が可笑しいのは自分でも分かる。

ライムが興奮しているのに苛立ち、手を伸ばして慰めた。
最初は女に興奮したんだろうが、途中から俺の手で興奮している事が分かり少しだけ気分が晴れた。

慰めているのに、余計にライムを泣かせてしまい申し訳なく思った。

しかし、俺はライムの潤んだ瞳に赤く色づいた頬に興奮した。
自分の体が信じられず、ライムから離れて一人で考えたかった。

男どころか、女にも興奮した事はない…小鳥の歌声のあの子でさえ性的な感情はなかった。
お互い裸だったから?いや、騎士団の奴らと風呂に入った事はあるが全くと言っていいほど何も思わなかった。

しかもあんな子供に……俺は……

「それはあれだ、恋だな」

「……は?」

風呂から上がり、部屋に戻るとベッドの上に黒い物体がいた。、
精霊の化身である、使い魔の黒猫のリーズナに聞くとそんな事を言っていた。

恋?俺が?俺の好きな子はあの子の筈ではないのか?

意味が分からず戸惑いが隠せず、毛繕いをしているリーズナを見つめる。
リーズナはいろんなメス猫にモテていて、自分でも恋愛の達人を自称しているから俺よりは確実だろう。

今はカーテンが閉められている窓を見つめる。

「…相手は男なんだが」

「じゃあ違うな、嫉妬だ」

突然考えが変わって眉を寄せてリーズナを睨む。
どっちなんだ、はっきりしろ。

嫉妬?俺がライムに?何の嫉妬だ?

リーズナの話によれば、俺がライムに好きな人…守りたい人がいると聞いて嫌な気分になったのは、自分より劣ってる男に恋人が出来るかもしれないからムカついたのだろうと言っていた。

俺は別にライムが劣ってるとは思わない、まっすぐで素直な戦い方をしている……俺にはないライムの人間らしさが出ていて…むしろ人として劣っているのは俺だ。
ライムに対してムカついていたら、家には呼ばない…俺はそんな出来た人間じゃない。

俺がライムに興奮したのは、ライムが興奮していたから移ったそうだ。
病気じゃないのに、移る移らないなんてあるのか?

なんか強引な気がするが、リーズナは「男はないない」と言っていた。
男が男に恋愛感情を抱く人はいないのか……俺の周りでは見た事がない。

明日、ライムに謝ろう…それと気持ち悪がらせただろうからちゃんと他意はない事を伝えよう。

しかし、俺は気持ち悪くはなかった……不思議だな…もし他人のを触らないと死ぬような展開になったら間違いなく死を選ぶんだが…

それにライムのは、小さくてピンク色で汚れを知らないもので…美味しそ…………

「……ん?」

「まーだ悩んでるのかぁー?大丈夫だろ!お前の顔と権力があれば誰にも負けねぇって」

なかなかの最低発言をしているリーズナはほっといて、俺のこの感情はまだ不確定だが…悪い感情ではない。

明日の仕事の資料でも読もうと、机に向かうと数回ドアがノックされた。
俺の部屋に来るのは限られた人間しかいない、父かメイド長か…それとも…

入室を許可すると一人のメイドが遠慮がちに入ってきた。
確か最近入ったメイド見習いだ……名前は…忘れた。

このメイドとはメイドになる前に一度街中で会っていた、あの子の歌声を学校前で聞いたあの日…襲われていたところを助けた。
俺にしてみればただの義務で一般国民を助けただけだが、とても感謝されてメイドになった今も恩返しをしようとしている。

正直俺はそんな事どうでもいい、恩なんて全く気にしなくていいと言ったが首を横に振って聞いてくれない。

そこは頑固な性格だとメイド長が苦笑いしていたのは記憶に新しい。
全く記憶に残らないメイドは豆茶を運んできたようだった。

「豆茶をお持ち致しました」

「頼んでないが」

「ご、ごめんなさいっ…カイ様のご友人が来られてると思って」

友人…ライムの事だろうか。

確かにライムとあんな事をしなければ、部屋に招いて豆茶の一杯でもご馳走しようとしていた。
でもライムは帰ってしまったし、俺が帰らせたから今はいない。

まぁ、せっかく持ってきたんだし…いただこうと豆茶のカップを机に置いた。
リーズナが机に飛び乗り、豆茶のにおいを嗅いでうっとりとしていた。

お前はミルクでも飲めと豆茶と一緒に持ってきていたミルクをリーズナ専用の水飲み容器に入れる。
リーズナは俺には言葉が聞こえるが普通の人間には聞こえないし、ただの黒猫に見えるだろう。
精霊が見えるライムには聞こえるだろうが、試していないので分からない。

「私、カイ様のご友人に失礼な事をしてしまったかもしれません」

「………何をしたんだ」

無意識に眉を寄せて睨んでいたらしく、メイドが泣きそうな顔をしていた。
リーズナに「女の子に優しくしなよ、カイ」と言われて、自分がどんな顔をしていたのかやっと分かって顔を押さえる。

「すまない」と謝るとメイドは首を横にぶんぶんと振っていた。

やはりライムの事になると俺らしくいられないな。

メイドの話によればタオルの交換で大浴場に向かったが、人の気配がして入るのをためらっていたらライムが開けて驚いて逃げたそうだ。
風呂に入る事を誰にも伝えなかった俺も悪いから責める気はない。

いきなり脱衣場に入らなくてよかった、ライムの裸を見られずに済んだ。

「………ん?」

「私、私…」

「いや、お前は仕事をしただけだ…ありがとう」

ちょうどいい位置に頭があったからポンポンと撫でると、メイドの顔が真っ赤に染まった。
下を向いているが、嫌だったのか?

「カイ様、お話がございます」とメイド長が部屋に入ってきてメイドは我に返ったように俺に頭を下げて部屋を出ていった。
騒がしいメイドだな、と豆茶を一口飲むとなんか視線が突き刺さってきた。

見ると、メイド長とリーズナが俺を見ていた。
……責めるような恨めしそうな顔だ。

「カイは本当にタラシだなぁ…何人の女を泣かせてきたか」

「カイ様、メイドをたぶらかすのはお止めください」

「……お前らな」

なにか勘違いしている二人に「違う」とだけ言い、メイド長の用件を聞く。

メイド長の用件は、父が俺を呼んでいるという内容だった。

それを早く言えと急いで部屋を出た。

父が俺を呼ぶ時、必ずなにかあった時だ。

急いで廊下の奥にある父の部屋に向かうと、先に兄のユリウスが来ていて立っていた。
椅子に座る父は俺を見て、口を開いた。

それは俺達の運命を変える話だった。

「王立騎士団長はカイウスになった」

「…えっ」

「何故ですか!父様!!」

父の言葉にユリウスは激昂して、父に身を乗り出していた。
俺も驚いて、どう言えば良いのか分からず固まった。

トドメのように「ユリウス、お前は王立騎士副団長としてカイウスを支えろ」と言った。
ユリウスにとっては屈辱だろうその言葉に唇を噛みしめて父を睨んでいた。

父の近衛騎士に止められているユリウスは、近衛騎士を振り払い部屋を出ていった。

俺よりユリウスの方が剣術が上だ、なのに何故俺を騎士団長にするのか。

「父様、俺は騎士団長には向いていません…ユリウスの方が…」

「まだお前はそんな事を言っているのか、もうとっくにお前の剣術の方が優れているぞ」

「………」

「それにお前には人望もある、神の力を抜きにしてもお前が適任だ」

肩に父のずっしりとした手が乗り、俺の重荷になっていく。
騎士団としてだけの重荷ではない、兄のぶんまで乗っているからだ。

俺に出来るかなんて分からない、でも…俺は選ばれたからには投げ出したくはない。

俺の大切な人が暮らす、この帝国を守りたい。

その大切な人は、小鳥の歌声の子なのかライムなのか……俺には分からない。
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