冷淡騎士に溺愛されてる悪役令嬢の兄の話

雪平@冷淡騎士2nd連載中

文字の大きさ
上 下
5 / 299

迷いの森サバイバル

しおりを挟む
誰かが鼻をくすぐるもどかしさで、意識がだんだんと戻ってくる。
目を開けると、目の前にはいつもの光景である真っ白な天井ではなく風に合わせて木の葉が揺れている。

そうか、追手から逃れて昨日から森の中で過ごしたんだ。
追手が来ている気配はない、今なら移動しても大丈夫だろう。

まだ城下町には行けない、もしかしたら屋敷の人達がうろうろしているかもしれない。
俺がいない事に気付いているだろうし、そうなったらしばらくこの森の中で隠れている方がいい。
俺が心配ではなく、悪魔の子を隠すためだから悪役らしいなと苦笑いする。

この迷いの森は魔物もいる危険な場所だとゲームの中で説明されていた。
昨日は適当に寝床にしたが、安全な場所を探すところから始めよう。

食料のパンを食べながら、森の中を魔物の気配に気を付けながら進む。

少し歩いて、足を止めて…また歩いて止まるを繰り返した。
俺の動きに合わせて、隣を飛んでいるものも動き出したり止まったりしている。

見た目は蛍のようだ、昼間でも森は薄暗いから蛍が光っているのがよく見える。
この世界に蛍がいるのかは分からないが、何だか可愛いくて一緒に森の中を旅した。

しばらく歩いても魔物には一度も遭遇する事はなかった。
少し疲れたから、木の近くに腰を下ろして休憩する。

目を閉じて耳を済ませると、ちろちろと水の流れる音が聞こえた。
ちょうど喉が乾いていたから、水の音がする方向に向かって歩いた。

いつの間にか蛍はいなくなっていて、気ままだなぁと気にする事なくどんどんと大きくなる音の方に向かって歩いた。
 
大きな茂みを抜けると、そこには小川が流れていた。
透き通る小川の水を手で掬って口元に持っていき、飲み干した。
美味いな、水をこんなに美味しいと感じたのは初めてだった。

ごくごくと、二、三往復を繰り返していたら小川の音とは別の音が聞こえた。
地を這うような恐ろしい呻き声に、顔がみるみると青ざめていく。

振り向きたくない、でも振り向かないと俺の命が危ない。
後ろをゆっくりと振り返り、あまりにも近いその距離に驚いて小川の中に体が沈んだ。

バシャッと水飛沫が大きく跳ねて、俺と魔物の顔にも掛かった。
狼の姿をした魔物は獲物を定めてぐるぐると喉を鳴らしていた。

急いで小川の道にそって走り出した、綺麗な小川の中に入ってしまったとはいえこれ以上小川を踏みたくなかった。
小川を渡れば魔物を離す事は出来ただろうが、俺はあくまで小川の横を通った。

走っても走っても、魔物の息遣いが耳から離れなかった。
足に草が絡まり、地面に頭から倒れてしまった。

早く立ち上がっても、すぐ目の前に魔物がいるからきっと無事では済まないだろう。

怪我を出来るだけ避けるために、立ち上がって逃げようとした。
しかし、後ろからさっきの呻き声ではなく「クゥ~ン」という可愛らしい鳴き声が聞こえた。
まるで子犬のようなその声に一気に緊張感がなくなり振り返った。

後ろには、落ち込みながら去っていく魔物の後ろ姿があった。
なにが起きたか理解していない俺の目の前を蛍が泳いでいた。

もしかしてこの蛍がいるから魔物に会わず俺は安全だったのか?
蛍は俺の周りをぐるぐると回って返事をしているようだった。

「ありがとう」

そう言って、食料のパンを小さくちぎり蛍にあげた。
蛍はパンを食べるのか分からないが、俺の手のひらから受け取ってくれた。

会話は出来ないが、蛍達と一緒にいるととても楽しかった。
今日も蛍に守られながら、俺は安眠出来た。






あれから、三日・四日と日は過ぎていき…食料だけではなく木の実と飲み水を確保する毎日だった。
飲み水はあの小川のだが、魔物の巣になっている場所もあり気付かれないようにこっそりと飲んだ。

体もその時魔物に気付かれる前に素早く小川の水を体に掛けて洗った。
蛍はいる時といない時があって、あまり頼りすぎないようにしようと思った。
寝る時はいつも居てくれるからそれだけで十分だ。

森での生活に不自由しなくなった時、不思議な光景を見た。

いつものように、木の実探しに出かけようと思ったら蛍の大行進を見た。
数匹が固まって何処かに向かっていて、気になり…俺も歩き出した。

蛍がずっとここにいるならきっと住処があるのだろう。
荒らすつもりはないが、ちょっと見てみたかった。

それにしてもこの子達は本当に蛍なのだろうか、いつも同じ子とは限らないが蛍は一日しか生きられないのではないのか?
この世界はファンタジーだから蛍ではなく精霊だったりして……そこまで考えて、それはないかと自己完結した。

ゲームでは精霊が見えるのは魔法騎士であるカイウスだけだ。
ヒロインのマリーでさえ見えないものが、モブ寄りの悪役である俺が見える筈はない。

蛍を追いかけていたら、見知らぬ広い場所に到着した。

大きな岩が真ん中にあり、その周りを無数の蛍が集まっていてとても幻想的だった。

見とれていたら、蛍が俺の周りに沢山集まってきて急に体がゆっくりと浮いた。
怖くて足をバタバタとばたつかせていても、どんどん体が浮いていく。

パッと急に離されて、驚いてしがみついた。

大きな木の上に下ろされて、俺…なにか気に障るような事をしただろうかと怖かった。
でも、蛍達は俺の肩に乗ったり周りをぐるぐると駆け回ったりして楽しそうだった。

少ししたら慣れてきて、目の前の景色を見る余裕まで出てきた。
そういえば、歌手になりたくて歌詞も考えていたのにこの森に来てから全然歌の練習をしていないな。
懐からずっと暖めていた、自作歌詞が書かれた紙を取り出した。

暖かい風が吹いて、蛍達が俺を歓迎してくれているようだった。
俺の初めての観客は蛍だ、まだ未熟だけど一生懸命歌おう。

ずっと虐げられて、いらない子だと思われて生きてきた。
だから歌は明るい、未来がある歌を作った。
俺にだって未来があるという隠れたメッセージを込めて…

瞳を閉じると聞こえる筈もないハーモニーが聞こえてきて、歌った。
俺の全てよ、誰かに届け。






気持ちよく歌い終わり、目蓋を開けた。
すると俺の目の前でパチパチと拍手をする人の姿が見えた。

こんなに間近で見ているのに、その人の全身が視界におさまっていた。

パタパタと背中に付いている羽根が緑色に光り、パタパタと揺らしていた。
これはどう見ても蛍ではなく、ゲームで見た精霊そのものだった。
小人のような身長に、ふわふわとしたドレスを身にまとっている。

この子達は古代に絶滅したと思われていた精霊達だ。
でもカイウスが生まれ、精霊の加護をその身に受けて精霊が見える事から精霊はまだいると歴史を改めた。 

だから精霊がいるのは不思議ではない、不思議なのは何故俺は精霊を見る事が出来るのだろうか。
ヒロインのマリーでさえ見る事は出来ない、勿論ゲームのライムだって例外ではない。
俺がこんなにはっきり見えるから、精霊じゃないと思っていた。

迷いの森はいろんな生物が暮らしているから、精霊もいるとは思うしそれだけだと不思議ではない。
なんで見えるのかはよく分からないが、ゲームのメインキャラクター達には会いたくはないが精霊ならまぁいいかと思えてきた。

カイウスとマリーの幼少期イベントは大きな岩の広場ではないから、ここにいれば間違っても会う事はないだろう。

今まで無意識とはいえ精霊がいたおかげで魔物に襲われずに今も生きている。
精霊に地面まで持ち上げて降ろしてもらい、精霊に手を振ってその場を後にした。
精霊が一番集まるこの場所で寝泊まりすれば安全は確保されるだろうが、精霊の安らぐ空間で歌わせてもらうだけで十分だ。

精霊に愛されたカイウスとは違い、俺が居たら精霊達が安らげないだろう。

今日の寝る場所を探すために歩き出した。
しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた

しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエル・クーレルがなんだかんだあって、兄×2や学園の友達etc…に溺愛される??? 家庭環境複雑だけれど、皆に愛されながら毎日を必死に生きる、ノエルの物語です。 R表現の際には※をつけさせて頂きます。当分は無い予定です。 現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、現在まで多くの方に閲覧頂いている為、改稿が終わり次第完結までの展開を書き進めようと思っております。閲覧ありがとうございます。 (第1章の改稿が完了しました。2024/11/17) (第2章の改稿が完了しました。2024/12/18)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...