エロゲー主人公に転生したのに悪役若様に求愛されております

雪平@冷淡騎士2nd連載中

文字の大きさ
上 下
27 / 82

体の中にあるもの

しおりを挟む
 村が光で満ちたのは、ほんの一瞬のことだった。村を襲った夜魔を全滅させるには、それで十分だった。

「今のは何だ……空から光が降ってきたが……」
「神様だ……辰様が村を守ってくださったんだよ」
「ああ、喜びごとだ 夜魔退治の喜びごとだ!」

 村が歓喜に沸いた。
 民家の戸から棒が外され、笑顔の人々が外に顔を出した。杖を持った紅飛斗たちもほっとした様子で、広場に集まってきている。

 辰様はその様子を見て、嬉しそうに目を細めた。けれど、すぐに私の手を引いて歩き出した。
「辰様? どこに行くのですか」
「……もう戻りましょう。少し疲れました」
 確かにあれだけの力だ。いくら神様といえど疲れてしまうのも無理はない。

 村人たちからの笑顔と感謝の言葉、それらの祝福が降り注ぐにぎやかな通りを抜けて、薄暗い天人廟へと入った。


 天人廟の中は、以前は何もなくてがらんとしていたけれど、辰様が住むようになってからはさまざまなものが持ち込まれていた。敷物が敷かれ、壁には大傘や織物が掛けられている。食事用の座卓と灯りのための油皿は、今は布団とともに部屋のすみに移動している。

 辰様は豆葡萄の敷物に腰を下ろした。
 髪をかき上げて頭を振る。黒い髪がさらさらと揺れた。
「辰様……?」
 応えるように目を上げて、私を見つめてくる。辰様の目は強い。いつも穏やかな口調だし、泣き虫だし、だからふだんは全然意識しないのだけれど。若葉を思わせる碧の瞳は、ただ美しいだけではない煌めきが宿っていた。日の入り込まない薄暗い室内で、白目の部分がくっきりと浮かび上がっている。その目でじっと見つめられると射貫かれたように動けなくなる。
 乱れた髪の一筋が頬に掛かり、血の気の引いた白い頬が余計に白く見えた。妙な色気が漂っている気がして、どきりとする。
 薄くあけた唇から小さく溜息を吐くと、苦しげに目を伏せた。まつげがかすかに震えている。心配で胸がしめつけられ、そばに膝を突いた。

「辰様、もしかして体調が……」
「短期間に喜びごとを重ねたので……。でも大丈夫ですよ、ちょっと休めば平気です」
 そうはいっても心配だった。
「どうかゆっくりお休みください。そうだ、そろそろお昼ですし、食事を持ってきますね。あと、何か元気が出そうな物を探してきます」
 私は天人廟を出ると、まっすぐ村長さんのお宅に向かった。村長、いや、紅飛斗長なら、神様を元気づけるものを持っていらっしゃるかもしれない。


「おや、副長のところの娘さんではありませんか」
 村長は玄関先で、笑顔で出迎えてくれた。
「そういえば副長はまだ御帰還されませんなあ。交渉ごとが長引いているのですかね」
「交渉ごと? 父は今そういう仕事をしていたのですか」
 早く辰様の話をしたかったが、村長の雑談をむげにするわけにもいかない。
「ああ、ご存じなかったですかね。あなたのお父様はいま隣村で交渉……というか、野菜の値切り交渉を頑張っておられるのですよ」
「……それは知りませんでした」
 苦笑してしまうと、村長はわざとらしくきまじめな顔をした。
「いや、笑い事ではないのですよ。鰺一匹で蕪菁かぶ二つ、それが約束だったのに、あちらの村が鰺一匹に蕪菁一つだと言い出して……あちらの言いなりになっていたら、海から魚がいなくなりますよ。これは厳密には紅飛斗のお役目ではないですけど、でもこういう仕事も決して疎かにして良いものではありません」
「はい」
 確かに村長の言うとおりだと思い、頷く。

「それでご用件は」
「実は神様のことなんです」
 早口でそう切り出すと、村長はにやりと笑った。
「でしょうねえ、そうだろうと思いましたよ」
 いや、それこそ笑い事じゃないのだけれどと憮然としてしまう。
「随分と仲良くされていらっしゃるようだ。紅飛斗として大変喜ばしいことです」
「う……」
 村長の何もかもお見通しだぞと言わんばかりの意味深な目つきに、私はうろたえてしまう。
「そ、それでですね、神様は随分とお疲れのようなのです。神様の疲労回復には何が良いのか、村長さんのお知恵をお借りしたいのです」

「ああ、先ほどは喜びごとで村を守ってくださいましたからね。しかも村だけでなく村周囲まで浄化するようなご威力でした。さぞお疲れでしょうなあ」

 村長はううんと唸った。
「いや、しかし、あれほど強大なお力の神様なら安心できますな」
「安心というのは……?」
「辰様がいらっしゃる以上、この村には今後新しい神様は産まれません。梅が咲く時期に辰様が箱に戻って死んで、梅雨に生き返るということを毎年繰り返すわけです。この村はずっと辰様ひとりだけということになる」

 ふと疑問が頭をよぎった。

――本来であれば、ことしは別の神様が産まれていたはずだ。その神様は一体どうなったのだろう。

 村長がご自分の頭をぺしんと叩く音に、はっと思考を現実に引き戻される。
「もしも辰様のお力が弱かったら困るなあと心配しておったのですよ。でも、あれなら申し分ない」

 村長は一度屋敷の奥に引っ込み、黒紀酒の入った壺を持ってあらわれた。
「お疲れには黒紀酒が一番良いと思いますよ。いやあ、それにしても辰様はやはり武神のようですね。いや私はそうなんじゃないかなとずっと思っていたんですよ。たくましいお体と美しいお顔! 私の読みは間違っていませんでしたな。お餅を降らせたときから、これはただものではないなと思ってたんですよ。そもそも人型の神なんて前例がない。何もかもが

 話しながら壺を差し出されたので、頭をさげて受け取った。ずしりと重い。
「辰様ほどのお力なら、ひょっとすると夜魔の親分も倒せるかもしれませんね」
 夜魔の親分だなんて、誰も見たことがない、伝説の存在だ。

 あの人にそこまでの期待を背負わせないであげてほしい、そう思った。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

王弟様の溺愛が重すぎるんですが、未来では捨てられるらしい

めがねあざらし
BL
王国の誇りとされる王弟レオナード・グレイシアは優れた軍事司令官であり、その威厳ある姿から臣下の誰もが畏敬の念を抱いていた。 しかし、そんな彼が唯一心を許し、深い愛情を注ぐ相手が王宮文官を務めるエリアス・フィンレイだった。地位も立場も異なる二人だったが、レオは執拗なまでに「お前は私のものだ」と愛を囁く。 だが、ある日エリアスは親友の内査官カーティスから奇妙な言葉を告げられる。「近く“御子”が現れる。そしてレオナード様はその御子を愛しお前は捨てられる」と。 レオナードの変わらぬ愛を信じたいと願うエリアスだったが、心の奥底には不安が拭えない。 そしてついに、辺境の村で御子が発見されたとの報せが王宮に届いたのだった──。

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

処理中です...