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第3話 辛肉蕎麦ととろろご飯好きに悪い奴はいない
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靴を脱ぎ、岡持ちを一旦床に置いて、裏口の扉を閉めた。そして深呼吸。
そういえばフラワーの店先や中には入ったことあるけど、暮らしている場所の入るのは初めてだなと思った。
恐らく市川のおばさんと市川ツチカさんが2人でご飯を食べる部屋なんだと思う。8畳位のスペースで、台所もある。部屋の真ん中にちゃぶ台が置いてあって、薄型のテレビとか食器棚も置いてある。小さいソファも置いてある。色々な物がギュッと詰まっている。でもちゃんと人が座るスペースはある。蛇腹の仕切りがあるけど、きっとのあの奥が店頭へと繋がってるいるんだと思う。なんだかちょっと楽しい部屋だ。2階へと続く階段もある。あそこから自分の部屋へ行くのかと考えたところで自制した。
「そんなに……珍しい?」
「え?!いや……なんか楽しい部屋だなって」
「なにそれ」
わけ分からないこと言ってしまったと思ったけど、市川ツチカさんはくすくす笑っていたので安心した。
「早く食べないと麺伸びちゃうよ?」
「う、うん」
確かにその通りで、おじさん達が作ってくれた最高の食事を麺を伸ばすというあるまじき行為で最低にしてしまって駄目だ。
僕は岡持ちから器を出しちゃぶ台の上に並べた。辛肉蕎麦ととろろご飯が2つずつ。
「市川さんも辛肉蕎麦好きなんだね」
「……」
ちょっと嬉しくなって話しかけてみたけど、市川ツチカさんは途端に少し不機嫌になってしまった。
え。何。何か地雷を踏みましたか。
訪れる静寂の中、僕と市川ツチカさんは料理にかかっているラップを外し食べ始めた。
美味い。美味すぎる。どうしておじさんが作る辛肉蕎麦はこんなに美味いのか。鰹節と昆布がきいた汁に適度なラー油。辛味ネギと豚肉も美味しい。まるであれだ。そう。あれ。
「美味しそうに食べるんだね……」
「え」
市川ツチカさんはそう言っただけで、またスルスルと蕎麦をすすり食べ始めた。
一体どういう意味なんだろうか。
その後は食べるのに集中し、気が付けば器は空になっていた。
「市川さん」
「え」
食べ終わった直後、市川ツチカさんは自分の名前を口にした。
「市川さんはよそよそし過ぎない?」
「そ、そうかな」
そんな風に今まで名前の呼び方を指摘されたことがなかった僕は戸惑った。よそよそし過ぎるか。そうか。そういうものなのか。
「じゃ、じゃあ市川」
「味気ない」
「ええ?!それじゃあ……」
「ツチカ」
「うっ」
「何か問題ある?」
「なんというか……個人的には下の名前で呼ぶって、ある程度親しくなってからなのかなーって」
「別によくない?」
「うっ」
自分の中でいきなり呼び捨てにする文化が全く無かったし、しかもそれが女の子の名前となると完全に未知の領域だった。
「私は全然平気だけど。幸太郎」
市川ツチカさんは言い切った。自分の名前を呼び捨てでよばれるなんて随分と久しぶりな気がした。宝田は太郎って呼ぶし。中学生時代のクラスメイトはみんな清里だし。
「というか名前知ってたんだね」
「当たり前でしょ?!もしかして……幸太郎は知らなったの?」
「い、いや知ってたよ!」
「ならいいでしょ?はい」
市川ツチカさんは両手を前に出してこちらに手招きするようなジェスチャーをした。名前で呼べということだ。どうしよう。
「幸太郎は私のお母さんのことを市川のおばさんって呼ぶでしょ?それなのに私のことを市川って呼ぶの?何かややこしくない?」
そう言われてみると確かにそんな気がして、呼び捨てでよぶことのハードルがグンと下がったように思えた。
「だってもし店に来た時に、『市川のおばさん~!市川~!』って声かけるの?何か変なじゃない?」
「た、確かに」
「でしょ?紛らわしいでしょ?だから幸太郎が私を呼び捨てで呼ぶことは全く変ではないのだよ」
そうまくし立てる市川ツチカさんの言葉は何か不思議な魔法の詠唱のようで、何だか今なら呼び捨てにしても全然恥ずかしくないような気がする。
「カモン」
「……ツチカ」
意を決して口にしたものの、駄目だやっぱり恥ずかしい。
「……そんなに顔真っ赤にされるとこっちも恥ずかしいんだけど」
「……ごめん」
「別に謝ることじゃ」
ツチカはそういった後、何かを思い出しかのようにこちらを見た。
「で、思い出した?」
「え?な、何を」
ツチカの表情はさっきまでとは打って変わり、こちらをじっとただ無機質に見つめていた。
その瞬間僕は思い出した。流石にこのことを忘れる程愚かじゃない。
「……うん。思い出したよ」
「本当に?!」
「ごめん」
「え」
僕は立ち上がり深々と頭を下げた。同年代の女の子の下着を見るだなんて漫画やアニメじゃあるまいし、その行為の罪深さといったら中々のものだ。実際は恥ずかしさより不快感がまさるのではないだろうか。
「昨日、着替えを覗いてしまってごめん。まさかツチカの部屋が隣で着替えているとは思わなかったから。不安な気持ちにさせて本当にごめん」
でもスポーツブラが見れて少し嬉しかった。というこの気持ちは墓場まで持っていきます。
頭を下げた後しばらくしても何の反応も無いので恐る恐る頭を上げてみると、ツチカはクスクスと笑っていた。
「そのことじゃないんだけど……まぁいいか。幸太郎って変な人だね」
「……そうかな」
「ツチカ―!そろそろ戻ってきてー!」
僕が何か腑に落ちないもやもやした気持ちを持て余していたら、市川のおばさんの呼ぶ声が聞こえた。
「はーい!それじゃ私戻るね」
「う、うん」
「おじさん達にごちそうさまって伝えておいて!あ、鍵はかけるから気にしないで」
そういってツチカはエプロンをつけて店先に戻っていった。
「僕も戻るか」
それにしても、思い出したとは一体何なんだったのだろうか。
僕は器を岡持ちに入れ市川フラワーを後にした。
「もどりましたー」
「おうおかえり」
「美味しかった?」
「うん。いつも通り最高」
僕はそういうとおじさんとおばさんは親指を立てた。
そして気が付けばもう閉店時間だったので、僕も少し後片付けを手伝った後自室に戻って横になった。あれだけ寝たのにもう眠気がやってきた。
「駄目だ。町田さんにお疲れ様言わなきゃ」
そう考えているのに、頭が段々ぼんやりしてきた。これはもう駄目だ。ハロー夢の世界。
意識が途切れそうになる中、ツチカが食べた辛肉蕎麦ととろろご飯の器は何1つ残っていない程に綺麗に平らげられていたことを思い出した。
辛肉蕎麦ととろろご飯が好きな奴に悪い奴はいない。
そんなことを思いながら僕は目を瞑った。
そういえばフラワーの店先や中には入ったことあるけど、暮らしている場所の入るのは初めてだなと思った。
恐らく市川のおばさんと市川ツチカさんが2人でご飯を食べる部屋なんだと思う。8畳位のスペースで、台所もある。部屋の真ん中にちゃぶ台が置いてあって、薄型のテレビとか食器棚も置いてある。小さいソファも置いてある。色々な物がギュッと詰まっている。でもちゃんと人が座るスペースはある。蛇腹の仕切りがあるけど、きっとのあの奥が店頭へと繋がってるいるんだと思う。なんだかちょっと楽しい部屋だ。2階へと続く階段もある。あそこから自分の部屋へ行くのかと考えたところで自制した。
「そんなに……珍しい?」
「え?!いや……なんか楽しい部屋だなって」
「なにそれ」
わけ分からないこと言ってしまったと思ったけど、市川ツチカさんはくすくす笑っていたので安心した。
「早く食べないと麺伸びちゃうよ?」
「う、うん」
確かにその通りで、おじさん達が作ってくれた最高の食事を麺を伸ばすというあるまじき行為で最低にしてしまって駄目だ。
僕は岡持ちから器を出しちゃぶ台の上に並べた。辛肉蕎麦ととろろご飯が2つずつ。
「市川さんも辛肉蕎麦好きなんだね」
「……」
ちょっと嬉しくなって話しかけてみたけど、市川ツチカさんは途端に少し不機嫌になってしまった。
え。何。何か地雷を踏みましたか。
訪れる静寂の中、僕と市川ツチカさんは料理にかかっているラップを外し食べ始めた。
美味い。美味すぎる。どうしておじさんが作る辛肉蕎麦はこんなに美味いのか。鰹節と昆布がきいた汁に適度なラー油。辛味ネギと豚肉も美味しい。まるであれだ。そう。あれ。
「美味しそうに食べるんだね……」
「え」
市川ツチカさんはそう言っただけで、またスルスルと蕎麦をすすり食べ始めた。
一体どういう意味なんだろうか。
その後は食べるのに集中し、気が付けば器は空になっていた。
「市川さん」
「え」
食べ終わった直後、市川ツチカさんは自分の名前を口にした。
「市川さんはよそよそし過ぎない?」
「そ、そうかな」
そんな風に今まで名前の呼び方を指摘されたことがなかった僕は戸惑った。よそよそし過ぎるか。そうか。そういうものなのか。
「じゃ、じゃあ市川」
「味気ない」
「ええ?!それじゃあ……」
「ツチカ」
「うっ」
「何か問題ある?」
「なんというか……個人的には下の名前で呼ぶって、ある程度親しくなってからなのかなーって」
「別によくない?」
「うっ」
自分の中でいきなり呼び捨てにする文化が全く無かったし、しかもそれが女の子の名前となると完全に未知の領域だった。
「私は全然平気だけど。幸太郎」
市川ツチカさんは言い切った。自分の名前を呼び捨てでよばれるなんて随分と久しぶりな気がした。宝田は太郎って呼ぶし。中学生時代のクラスメイトはみんな清里だし。
「というか名前知ってたんだね」
「当たり前でしょ?!もしかして……幸太郎は知らなったの?」
「い、いや知ってたよ!」
「ならいいでしょ?はい」
市川ツチカさんは両手を前に出してこちらに手招きするようなジェスチャーをした。名前で呼べということだ。どうしよう。
「幸太郎は私のお母さんのことを市川のおばさんって呼ぶでしょ?それなのに私のことを市川って呼ぶの?何かややこしくない?」
そう言われてみると確かにそんな気がして、呼び捨てでよぶことのハードルがグンと下がったように思えた。
「だってもし店に来た時に、『市川のおばさん~!市川~!』って声かけるの?何か変なじゃない?」
「た、確かに」
「でしょ?紛らわしいでしょ?だから幸太郎が私を呼び捨てで呼ぶことは全く変ではないのだよ」
そうまくし立てる市川ツチカさんの言葉は何か不思議な魔法の詠唱のようで、何だか今なら呼び捨てにしても全然恥ずかしくないような気がする。
「カモン」
「……ツチカ」
意を決して口にしたものの、駄目だやっぱり恥ずかしい。
「……そんなに顔真っ赤にされるとこっちも恥ずかしいんだけど」
「……ごめん」
「別に謝ることじゃ」
ツチカはそういった後、何かを思い出しかのようにこちらを見た。
「で、思い出した?」
「え?な、何を」
ツチカの表情はさっきまでとは打って変わり、こちらをじっとただ無機質に見つめていた。
その瞬間僕は思い出した。流石にこのことを忘れる程愚かじゃない。
「……うん。思い出したよ」
「本当に?!」
「ごめん」
「え」
僕は立ち上がり深々と頭を下げた。同年代の女の子の下着を見るだなんて漫画やアニメじゃあるまいし、その行為の罪深さといったら中々のものだ。実際は恥ずかしさより不快感がまさるのではないだろうか。
「昨日、着替えを覗いてしまってごめん。まさかツチカの部屋が隣で着替えているとは思わなかったから。不安な気持ちにさせて本当にごめん」
でもスポーツブラが見れて少し嬉しかった。というこの気持ちは墓場まで持っていきます。
頭を下げた後しばらくしても何の反応も無いので恐る恐る頭を上げてみると、ツチカはクスクスと笑っていた。
「そのことじゃないんだけど……まぁいいか。幸太郎って変な人だね」
「……そうかな」
「ツチカ―!そろそろ戻ってきてー!」
僕が何か腑に落ちないもやもやした気持ちを持て余していたら、市川のおばさんの呼ぶ声が聞こえた。
「はーい!それじゃ私戻るね」
「う、うん」
「おじさん達にごちそうさまって伝えておいて!あ、鍵はかけるから気にしないで」
そういってツチカはエプロンをつけて店先に戻っていった。
「僕も戻るか」
それにしても、思い出したとは一体何なんだったのだろうか。
僕は器を岡持ちに入れ市川フラワーを後にした。
「もどりましたー」
「おうおかえり」
「美味しかった?」
「うん。いつも通り最高」
僕はそういうとおじさんとおばさんは親指を立てた。
そして気が付けばもう閉店時間だったので、僕も少し後片付けを手伝った後自室に戻って横になった。あれだけ寝たのにもう眠気がやってきた。
「駄目だ。町田さんにお疲れ様言わなきゃ」
そう考えているのに、頭が段々ぼんやりしてきた。これはもう駄目だ。ハロー夢の世界。
意識が途切れそうになる中、ツチカが食べた辛肉蕎麦ととろろご飯の器は何1つ残っていない程に綺麗に平らげられていたことを思い出した。
辛肉蕎麦ととろろご飯が好きな奴に悪い奴はいない。
そんなことを思いながら僕は目を瞑った。
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