感染

saijya

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第6話

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「なら、やっぱりここで逃げちゃえば……」

 野田の言葉に強く反応を示した亜里沙を遮ったのは田辺だった。若干、厳しさを携えた目付きと口振りで言う。

「駄目です。長くは生きられないとは言え、一年を過ぎても生きている可能性は大いにあります。いや、一年と言わずも半年あれば、東は必ず行動を起こします。ここで止めなければならないんです」

「なら、早く結論を言ってくれませんか?こうしてるだけでも、真一さんが命を懸けて稼いだ時間を無駄にすることになるんですよ」

 冷静に両者の間に入った裕介の促しを受けて、田辺は自身が熱を帯びていたことを自覚した。一人の人間が全てを捨ててまで助けようとしているのに、何を向きになりかけているのだろうか。
 田辺は、改めるように両頬を叩き、野田に尋ねた。

「野田さん、結論だけを伝えて下さい。原因などはどうでも良い。今は、命を繋ぐことだけを考えましょう」

 野田は短く息を吸って頷く。

「奴を完全に殺すには、脳を一度で潰す。これしかないと思う。それも銃弾などで一部を破壊するだけではなく、完全に叩き潰すことだ」

 その答えは一同を沈黙させるには十分だった。並外れた腕力と回復力、認めたくはないが、闘いにおいての判断力もある。そんな狂人の頭部を完膚なきまでに叩き潰すなどできるのだろうか。臍を噛む思いだが、そんな場面の想像すら湧かず、絶望の淵に立たされた浩太は、肩に手を置かれるまでの数秒の間、呆然としていた。

「……やりましょう、浩太さん」

 浩太の意識を戻したのは裕介の声だった。虚ろになりかけていた瞳に、少年の姿が鏡のように映る。置かれた掌から裕介の強い感情が伝わってきたが、抑えきれないとばかりに言った。

「諦めてどうするんですか!ここで諦めたら、俺達の為に犠牲になった人達を裏切ることになる!親子やお袋……彰一や、今も俺達を助けてくれている真一さんを!俺は裏切りたくない!」

 裕介の手は、浩太の双肩を握っており、今なお送られる熱により発火した篝火のような記憶の中で、浩太は振り返る。明かりの中には、市民の救助に全力を注いだ下澤がいた。仲間を守る為、必死に呼掛けた大地がいた。日常に居場所がなく、ようやく手にした家族と呼べる人達を守る為に孤軍奮闘した坂本彰一がいた。そして、なにより、佐伯真一の声が明かりの中から聞こえてくる。

「なあ、浩太……奇跡って言葉の語源を知ってるか?」

 遠賀にある工場で、皆が寝静まった頃に二人だけで話した内容が腹の底から響いてくる。
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