390 / 419
第2話
しおりを挟む
異常な事態、人間と直面した加奈子の心は甚大な影響を受けてしまったようだ。しかし、それはこの場にいる全員が共有しているであろう感情だった。暗澹とした黒く深い穴に陥っていく恐怖の前には、希望の光など射し込む隙間もない。特に、これまでの経験があるにしても裕介や亜里沙、加奈子が現在の状況を包み込めるはずもなく、呑み込めない不安を吐いた一言は、自衛官三人にも楔のように打ち込まれた。今すぐにヘリコプターへ三人を乗せておくべきかと思議した浩太が、その提案を口にしようとした矢先、階下から再度、銃声が聞こえる。
恐らく、どれだけ攻撃を重ねても、ことごとく立ち上がる東になす統べがないのだろう。だとすれば、あの殺人鬼がここに来るまで時間の問題だ。
浩太は、達也と真一を一瞥して、裕介達にとって残酷な決断を下す。
「達也、真一、先に三人をヘリに乗せる。俺達三人は田辺さん達がここに現れるまで待っていよう」
渋面していた達也は腰を抑えながら短く笑い、真一は首だけで頷く。だが、そこで異論を唱えたのは裕介だった。弾かれたように加奈子から浩太へと振り返り、火を吹く勢いで浩太へと詰め寄り胸倉を掴み、半ば、叫ぶような声量で言う。
「ふざけんな!三人を残して、俺達だけが安全な場所に行けってことかよ!」
熱のある声音の裕介に対して、浩太は自分の胸を握る裕介の右手に、自身の左手を被せて柔和な口調で返す。
「それが一番の選択なんだよ、分かってくれ裕介」
ぎっ、と裕介の奥歯が軋んだ。
「分かんねえよ!どうしてもって言うなら俺も……!」
「裕介!」
裕介の怒鳴りを鋭く断ち切ったのは真一だった。
困惑や悲しみ、そして怒りが混在した裕介はどんな表情をして良いのか分かっていないようだ。涙や鼻水で覆われたような顔を向ける。
真一は、短い笑いを洩らして一息おくと続ける。
「八幡西署に……二人で武器を取りに行った時……話したはず……だぜ?どんな状況になろうと……人間として生きようとする意思を持ってる奴が必要で……そんな奴だけが、諦めかけた人の背中を押してやることが出来るんだってよ……」
真一の声は、絶え絶えながらも、確かに裕介の心根にまで吸い込まれていった。
八幡西署で死者に転化した警察官を倒せず、危機に陥った際、真一の助力でどうにか切り抜けた後の言葉だ。
「お前がいたからこそ……俺達は東みたいな獣にならないでいられた……だからこそ、次は亜里沙ちゃん達の……背中を押してやってくれ……それが出来るのはお前だけなんだぜ……?」
恐らく、どれだけ攻撃を重ねても、ことごとく立ち上がる東になす統べがないのだろう。だとすれば、あの殺人鬼がここに来るまで時間の問題だ。
浩太は、達也と真一を一瞥して、裕介達にとって残酷な決断を下す。
「達也、真一、先に三人をヘリに乗せる。俺達三人は田辺さん達がここに現れるまで待っていよう」
渋面していた達也は腰を抑えながら短く笑い、真一は首だけで頷く。だが、そこで異論を唱えたのは裕介だった。弾かれたように加奈子から浩太へと振り返り、火を吹く勢いで浩太へと詰め寄り胸倉を掴み、半ば、叫ぶような声量で言う。
「ふざけんな!三人を残して、俺達だけが安全な場所に行けってことかよ!」
熱のある声音の裕介に対して、浩太は自分の胸を握る裕介の右手に、自身の左手を被せて柔和な口調で返す。
「それが一番の選択なんだよ、分かってくれ裕介」
ぎっ、と裕介の奥歯が軋んだ。
「分かんねえよ!どうしてもって言うなら俺も……!」
「裕介!」
裕介の怒鳴りを鋭く断ち切ったのは真一だった。
困惑や悲しみ、そして怒りが混在した裕介はどんな表情をして良いのか分かっていないようだ。涙や鼻水で覆われたような顔を向ける。
真一は、短い笑いを洩らして一息おくと続ける。
「八幡西署に……二人で武器を取りに行った時……話したはず……だぜ?どんな状況になろうと……人間として生きようとする意思を持ってる奴が必要で……そんな奴だけが、諦めかけた人の背中を押してやることが出来るんだってよ……」
真一の声は、絶え絶えながらも、確かに裕介の心根にまで吸い込まれていった。
八幡西署で死者に転化した警察官を倒せず、危機に陥った際、真一の助力でどうにか切り抜けた後の言葉だ。
「お前がいたからこそ……俺達は東みたいな獣にならないでいられた……だからこそ、次は亜里沙ちゃん達の……背中を押してやってくれ……それが出来るのはお前だけなんだぜ……?」
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる