378 / 419
第6話
しおりを挟む
まるで、子供が昆虫を生かさず殺さずの塩梅をつけるように、東は達也の肉体を追い詰めていく。それでも、達也は気を失わず、毅然と東を見据えており、顔を戻した東はその眼光に対して首を傾ける。
「自衛官よぉ?お前、現状を理解してんのか?随分、楽しそうじゃねえか」
髪から胸倉へ掴みなおし、問い掛けた東への返答は唇から飛び出した唾液だった。頬に当たり、忌まわしげに達也を睨目付ければ、満足そうな笑みが溢れていた。
攣縮する頬を右手で拭った東が口を開く。
「前にもこんなことがあったよなぁ?なんのつもりか知らねえが、これ以上、俺を挑発すんな。俺は、テメエみてえな奴が嫌いだってよ……」
鼻を鳴らした達也が返す。
「言ったよな……俺もお前が嫌いだってよ……」
肺に溜めていた空気を抜くように言った達也に、東はあのときと同じ言葉を繰り返した。
「……良い度胸じゃねえか」
虚ろな視線を送る達也の顔面へ振り下ろす為、東は右拳を掲げる。
達也を苦しめるのは、やめだ。そもそも、分かっていたことではないか。この男は例え、全ての歯を折られようと心までは砕けない。ならば、あの糞ガキへ標的を変えれば良いだけだ。
「じゃあな、自衛官」
更に拳を固めた瞬間、東はこの状況にそぐわない違和感を覚え眉をひそめた。それは、ごく僅かな変化、達也の視線の位置が自身の背後に向かっている。
「久しぶりだな、東」
鼻につく声が背中を叩き、ピクリ、とうなじがざわつく。懐かしい声音だった。
思わず、笑いが込み上げてくる。
「久しぶりだぁ?なんだよ、そんな言葉を交わす仲だと思われてたのかよぉ……嬉しいもんだなぁ、ええ、おい」
達也を開放した東は、両手を頭よりも高く挙げ、続けて言う。
「お前には、また会いてえと考えてたけどよ、それがまさか、ここまで来てくれるとはな。お前には感謝してんだ」
少しの沈黙の後、再び落ち着いた声がする。
「感謝?お前が僕に?随分、人間らしくなったな」
亜里沙が達也へ駆け寄る際も、東は目もくれずに男との会話を続行した。動けなかっただけなのかもしれないが、東の表情を一瞥した亜里沙は、そうではないと確信をもって口にできる。
この男は、畏怖や恐怖とは無縁なのだろう。もしも、この男が恐れることがあるのなら、それは死に直面したときだけだ。
「ああ、感謝だよ。俺は、ここにきてようやく色を手に入れた。大切な人間を作り、失って変われたんだ、やっと俺は自分を誇れるようになれたんだ。天よ、母よ、この世に産み落としてくれて、海より深く感謝しますってなあ」
「お前が命を語るなんてな……皮肉のつもりか?」
「自衛官よぉ?お前、現状を理解してんのか?随分、楽しそうじゃねえか」
髪から胸倉へ掴みなおし、問い掛けた東への返答は唇から飛び出した唾液だった。頬に当たり、忌まわしげに達也を睨目付ければ、満足そうな笑みが溢れていた。
攣縮する頬を右手で拭った東が口を開く。
「前にもこんなことがあったよなぁ?なんのつもりか知らねえが、これ以上、俺を挑発すんな。俺は、テメエみてえな奴が嫌いだってよ……」
鼻を鳴らした達也が返す。
「言ったよな……俺もお前が嫌いだってよ……」
肺に溜めていた空気を抜くように言った達也に、東はあのときと同じ言葉を繰り返した。
「……良い度胸じゃねえか」
虚ろな視線を送る達也の顔面へ振り下ろす為、東は右拳を掲げる。
達也を苦しめるのは、やめだ。そもそも、分かっていたことではないか。この男は例え、全ての歯を折られようと心までは砕けない。ならば、あの糞ガキへ標的を変えれば良いだけだ。
「じゃあな、自衛官」
更に拳を固めた瞬間、東はこの状況にそぐわない違和感を覚え眉をひそめた。それは、ごく僅かな変化、達也の視線の位置が自身の背後に向かっている。
「久しぶりだな、東」
鼻につく声が背中を叩き、ピクリ、とうなじがざわつく。懐かしい声音だった。
思わず、笑いが込み上げてくる。
「久しぶりだぁ?なんだよ、そんな言葉を交わす仲だと思われてたのかよぉ……嬉しいもんだなぁ、ええ、おい」
達也を開放した東は、両手を頭よりも高く挙げ、続けて言う。
「お前には、また会いてえと考えてたけどよ、それがまさか、ここまで来てくれるとはな。お前には感謝してんだ」
少しの沈黙の後、再び落ち着いた声がする。
「感謝?お前が僕に?随分、人間らしくなったな」
亜里沙が達也へ駆け寄る際も、東は目もくれずに男との会話を続行した。動けなかっただけなのかもしれないが、東の表情を一瞥した亜里沙は、そうではないと確信をもって口にできる。
この男は、畏怖や恐怖とは無縁なのだろう。もしも、この男が恐れることがあるのなら、それは死に直面したときだけだ。
「ああ、感謝だよ。俺は、ここにきてようやく色を手に入れた。大切な人間を作り、失って変われたんだ、やっと俺は自分を誇れるようになれたんだ。天よ、母よ、この世に産み落としてくれて、海より深く感謝しますってなあ」
「お前が命を語るなんてな……皮肉のつもりか?」
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
どうやら世界が滅亡したようだけれど、想定の範囲内です。
化茶ぬき
ホラー
十月十四日
地球へと降り注いだ流星群によって人類は滅亡したかと思われた――
しかし、翌日にベッドから起き上がった戎崎零士の目に映ったのは流星群が落ちたとは思えないいつも通りの光景だった。
だが、それ以外の何もかもが違っていた。
獣のように襲い掛かってくる人間
なぜ自分が生き残ったのか
ゾンビ化した原因はなんなのか
世界がゾンビに侵されることを望んでいた戎崎零士が
世界に起きた原因を探るために動き出す――
岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる