感染

saijya

文字の大きさ
上 下
369 / 419

第9話

しおりを挟む
    亜里沙の背中に、じわりと広がってく涙が皮膚や背骨を通って心臓に届き、身体の奥から噴き出した真っ黒な塊を溶かしながら浸透していく。
    亜里沙は、彰一のように何かを成し遂げたか。違う、何もしていない。じゃあ、なぜ死ぬなんて言葉を口にしてしまったのだろう。決まっている。亜里沙は、結局、人に甘えているだけだった。そして今、生きることにすら甘えている。自分が生きていく理由を人に預け、他人の命を奪って死のうとしていた。命を繋ぐことに、自身の全てを使った彰一への明らかな侮辱に他ならない。
    亜里沙は、加奈子へ首だけで振り返り、腹部に回された小さな手を握る。 

「ごめんね……加奈子ちゃん……」

    達也の苦しそうな声がする。

「亜……里沙ちゃん……俺は、取り返しのつかないことをしちまった……俺はいつだって命を掛けれらる……けど、ごめん、それは今じゃねえんだ」

「達也さん……アタシ……なんてこと……」

「俺はこうなっちまって当然だ……」 

    生きたい、いや、生きていかなければならない。
    亜里沙に産まれたそんな気持ちの萌芽、それを改めて抱くには、少し遅すぎた。
    東という獲物を捕らえて離さず、貪り続けていた熊の荒々しい咆哮が響く。
    三人は揃って身体をすくませた。立ち上がった巨体には、びっしりと血が付着しており、東の体は陰惨を極める状態になっている。
しかし、一点だけ腑に落ちない。達也が亜里沙に組伏せられていた時間、なぜ、熊はこちらに意識を向けても襲ってこなかったのだろうか。達也の疑問など、気にもせず、熊は四つ足になり、新たな獲物を見定める。この状況でもっとも弱っているであろう人間は達也だ。
    苦痛に歪んだ声音で達也が言った。

「二人とも逃げ……ろ……」

    再度、獣の咆哮が轟いだ、そのとき、熊の背後で影が揺らめいた。三人が余りにも現実離れした光景に瞠目する中、影から伸びた右手が熊の頭を掴む。

「よお……この糞獣……人の身体を、散々、好き勝手食い散らかした上にシカトしてんじゃねえぞ?」


                          ※※※ ※※※


あるあるシティの五階まで響いた獣声に三人は足を止めた。途方もない不安を煽る雄叫びに、裕介は手にした銃のトリガーに指を掛けて振り返る。

「……やっぱり、三人とも遅くないですか?」

「ああ、確かにな」

浩太の淡々とした返事に、裕介は噛みつくように浩太の背中に言う。

「確かになって……浩太さん、今の聞いてましたよね?心配じゃないんですか?」

浩太がちらりと横目でみた真一は、荒い呼吸を繰り返している。

「……心配に決まってんだろ。けどな、俺たちはアイツらの為にも先に進まなきゃ駄目なんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

催眠アプリを手に入れたエロガキの末路

夜光虫
ホラー
タイトルそのまんまです 微エロ注意

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

僕が見た怪物たち1997-2018

サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。 怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。 ※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。 〈参考〉 「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」 https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf

処理中です...