感染

宇宙人

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第8話

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    怪訝に眉間を狭めると、細い声が鼓膜を揺らす。

「だめ……お姉ちゃん……だめだよ……」

    達也はおろか、亜里沙でさえ耳にしたことがない幼い声音だった。
    何が起きているのか理解が追い付かない達也は、意を決して両目を開き瞠目した。
    マイナスドライバーを振り上げた亜里沙の背中から胸に回された小さな掌が、絡めた指を精一杯に締めている。
    そして、あの幼い声が再び亜里沙の背中から聞こえた。

「彰一お兄ちゃんは、そんなことしてほしくないって思ってるよ……裕介お兄ちゃんだって……お姉ちゃん、覚えてる?彰一お兄ちゃんが言ったこと」

    亜里沙は、彰一君が、と囁くように口にした。加奈子は亜里沙の背中に抱き付いたまま、俯いて続ける。

「私たちの誰かが、死んじゃったら、誰かに殺されちゃったら、それをした人がもしも、お友達だったらすごく怒る……けど、そうしたら、お友達を信じるって気持ちが無くなっちゃう……お姉ちゃんが達也のおじちゃんにそんことをするなんて……彰一お兄ちゃんだって絶対に嫌だよ……」 

    矮躯を背中にぴったりと付け、啜り泣く加奈子の言葉に、亜里沙の瞳が小さくなり、唇が顫動する。
    掲げた両手からマイナスドライバーが滑り落ちると、大の字で横たわる達也の左手にドライバーの柄が当たり音を出す。
    薄く開いた亜里沙の口から漏れだしたのは嗚咽だった。 

「分かってるよ……加奈子ちゃん、そんなことは分かってる……けどね?もう、お姉ちゃんはどうしたら良いかが分からないの」

    亜里沙の背中から加奈子の温もりが離れる。回された腕は残っているので、単純に加奈子は疑問が沸き上がり、頭を離したのだろう。
    小首を傾げるような、無垢な口調で加奈子が言った。

「お姉ちゃんは生きたくないの?甘いものをいっぱい、たべたくないの?」

    加奈子の一言に、亜里沙は息を詰まらせ目を剥いた。
    八幡西警察署で、生き残った裕介、彰一、加奈子、そして亜里沙は、九州地方を脱出したときにやりたいことを決めた。甘いものを一杯食べる、それが亜里沙の目標だった。彰一の目標は、自分を犠牲にしてでも誰かを助けるような人間になりたいだ。
    中間のショッパーズモールで、彰一は自身を盾にして三人を逃がす為、安倍という男を命を掛けて足止めしてくれた。そのお陰で亜里沙は今も生きている。

「加奈子はね……生きたいよ。生きて、彰一お兄ちゃんが悔しがるくらいな女の子になりたい……彰一お兄ちゃん言ってたよ、お姉ちゃんを見本にしろって……だから……」

    加奈子は、再び、亜里沙の背中に頭を乗せる。

「お姉ちゃん……こんなところで居なくならないで……」
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