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第20話
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彰一と笑い合った八幡西警察署、幸神で潜伏したホテル、穴生の住宅街での一幕、そして、中間のショッパーズモール、彰一と過ごした三日間、かけがえのない、尊い感情を抱くまでの三日間、それら全てを否定された気分だった。
人と分かち合えなければ、幸せではないのか。ならば、彰一は不幸のまま死んでいったと、そう告げられたのだと、阿里沙は思い、隠し持ったドライバーを鬼の形相で握りしめた。佞悪していく胸の内は、もはや、阿里沙自身では止められないのだろう。
これは、怒りなのか悲しみなのか、どちらとも判断できず、嗚咽混じりに、凶器から手を離して踵を返す。
「......わかんない......わかんないよ、彰一君......あたし、どうしたら良いんだろう......」
押し寄せては返す波の乱れ、女性の初恋というものは、男性と比べて、それほどに心を乱雑にさせるものだ。不安と怒りの過渡期は、阿里沙から容易に思考を奪いさってしまい、自身がどこを歩いているのかさえ曖昧になったいた時、突然、階下から声を掛けられて、阿里沙は意識を戻す。
「阿里沙、そんなとこで何してんだ?」
「......祐介君......?」
暗がりで顔は見えないが、聞き慣れた音色は、少なからず阿里沙の動揺を拭ったようだ。
阿里沙は、そこでいつの間にか寝床としていた部屋への階段を登っていることに気がつき苦笑し、その薄い声に祐介が眉を寄せる。
「......阿里沙、大丈夫か?」
「......あたしは大丈夫だよ」
「......泣いてるのか?」
「泣いてるよ......」
努めて阿里沙は暗くならないように返した。
こんなときにまで、祐介は優しさを忘れていない。それが、とても重くのし掛かってくる。さきほどまで、胸中に渦巻いていたものへの皮肉にすら感じてしまう。そんなことを知ってか知らずか、祐介は明るく言った。
「不安だよな。けど、大丈夫だ!東京の記者やいろんな人達が手を組んで、救助にきてくれるって!だから、俺達は、希望を捨てなくて良いんだよ!」
ぴくり、と片眉をあげた阿里沙が呟く。
「......希望?」
「そうだ!希望だ!今から、俺は真一さんと達也さんを呼んでくるから、阿里沙は加奈子ちゃんを連れて浩太さんがいる部屋に集っておいてくれ!」
そう残して工場の入り口へ向かう祐介の背中へ、唇を噛んだ阿里沙が蚊の鳴き声のような小声で囁いた。
「希望なんて......希望の象徴がなければ、意味がないじゃない......」
再度、阿里沙は階段を登り始めた。
恋に愛が加わり、初めて恋愛になる。
大きなものを失った翌日の朝を迎えるのは、夜の帳が降りるよりも遥かに辛いことなのかもしれない。
人と分かち合えなければ、幸せではないのか。ならば、彰一は不幸のまま死んでいったと、そう告げられたのだと、阿里沙は思い、隠し持ったドライバーを鬼の形相で握りしめた。佞悪していく胸の内は、もはや、阿里沙自身では止められないのだろう。
これは、怒りなのか悲しみなのか、どちらとも判断できず、嗚咽混じりに、凶器から手を離して踵を返す。
「......わかんない......わかんないよ、彰一君......あたし、どうしたら良いんだろう......」
押し寄せては返す波の乱れ、女性の初恋というものは、男性と比べて、それほどに心を乱雑にさせるものだ。不安と怒りの過渡期は、阿里沙から容易に思考を奪いさってしまい、自身がどこを歩いているのかさえ曖昧になったいた時、突然、階下から声を掛けられて、阿里沙は意識を戻す。
「阿里沙、そんなとこで何してんだ?」
「......祐介君......?」
暗がりで顔は見えないが、聞き慣れた音色は、少なからず阿里沙の動揺を拭ったようだ。
阿里沙は、そこでいつの間にか寝床としていた部屋への階段を登っていることに気がつき苦笑し、その薄い声に祐介が眉を寄せる。
「......阿里沙、大丈夫か?」
「......あたしは大丈夫だよ」
「......泣いてるのか?」
「泣いてるよ......」
努めて阿里沙は暗くならないように返した。
こんなときにまで、祐介は優しさを忘れていない。それが、とても重くのし掛かってくる。さきほどまで、胸中に渦巻いていたものへの皮肉にすら感じてしまう。そんなことを知ってか知らずか、祐介は明るく言った。
「不安だよな。けど、大丈夫だ!東京の記者やいろんな人達が手を組んで、救助にきてくれるって!だから、俺達は、希望を捨てなくて良いんだよ!」
ぴくり、と片眉をあげた阿里沙が呟く。
「......希望?」
「そうだ!希望だ!今から、俺は真一さんと達也さんを呼んでくるから、阿里沙は加奈子ちゃんを連れて浩太さんがいる部屋に集っておいてくれ!」
そう残して工場の入り口へ向かう祐介の背中へ、唇を噛んだ阿里沙が蚊の鳴き声のような小声で囁いた。
「希望なんて......希望の象徴がなければ、意味がないじゃない......」
再度、阿里沙は階段を登り始めた。
恋に愛が加わり、初めて恋愛になる。
大きなものを失った翌日の朝を迎えるのは、夜の帳が降りるよりも遥かに辛いことなのかもしれない。
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