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第3話
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※※※ ※※※
薄い膜を張り付けたような濁った眼界で見えたのは、武骨な骨組みが露出した壁だった。いや、これは壁ではなく、天井だろう。自分の身体が、どうなっているのかすら、認識できない。
もしかしたら、もう自分は死んでしまっているのではないだろうか。
新崎は、ぐっ、と両腕を動かそうとするが、鋭い電流が腕を流れ、思わず、顔をしかめた。荒い呼吸を繰り返しながら、唸りをあげて首を持ち上げ、目を剥いた。両腕と両足が、太い縄で縛られている。
訳も分からず、茫然と眺めているとき、不意に男の声が聴こえた。
「よお、目が覚めたみたいだな」
視界の膜が一気に剥がれ、新崎は声の主へと視線をあげた。
まず、目についたのは、自衛官が履くブーツの爪先、次に迷彩柄のズボン、その先にあったのは、岡島浩太の仏頂面だった。
「お......岡島......か?なら、ここは......あの世ではないのか?」
浩太は、鼻を鳴らして返す。
「出来ることなら、今すぐにでも逝かせてやりたいけどな。アンタには、確認しなきゃいけないことが山程あるんだ、そう簡単に死ねるなんて思うなよ」
自嘲気味に唇を吊った新崎の顔面を、何かが覆った。
唯一、自由の利く首を振って噛み付き、視界を塞ぐ布を顔から外す。突然の事態に反応が遅れ、盛大に咳き込む新崎に構わず、浩太が訊いた。
「アンタの上着だ。言っている意味は分かるか?」
涙に滲んだ両目をうっすらと開く。そこで、浩太の右手に掴まれているものに気付いた。野田から連絡用にと渡されていた衛生電話だ。
新崎の顔色が明らかに変わった瞬間を見逃さずに、浩太は自身の右手を一瞥する。
「......高卒で学のない俺には、これが一体なんなのかよく分からない。だから、アンタの口から聞かせてくれないか?」
ぎりり、と歯軋りを交えた新崎は、横たわった態勢のまま顔を逸らす。
途端、浩太は激昂して新崎の腹部を踏みつけ、鈍痛に呻く新崎を低い声で責め立てる。
「良いか?俺は、アンタがこれを、どういった理由と目的で持っていたか、それだけを聞いてんだよ。他のリアクションは求めていない」
噎せかえる新崎だが、決して口を割ろうとはしていない。それは、浩太も充分に理解した。
その上で、浩太は言葉を続ける。
「アンタが寝ている間に、軽く携帯を調べさせてもらった。着信の履歴や発信の履歴、アドレス帳やメールに至るまでことごとく消してある。ここまで几帳面なら、蔓延る死者達と、なんらかの関係があるとみて、まず、間違いないよな?そして、アンタがこれを持っていたということは、少なからず、繋がりをもっているってことだ」
一つ一つ、確認するような口調で語る浩太を、新崎は黙然と見上げた。互いに喋らない奇妙な時間だけが過ぎていく。
薄い膜を張り付けたような濁った眼界で見えたのは、武骨な骨組みが露出した壁だった。いや、これは壁ではなく、天井だろう。自分の身体が、どうなっているのかすら、認識できない。
もしかしたら、もう自分は死んでしまっているのではないだろうか。
新崎は、ぐっ、と両腕を動かそうとするが、鋭い電流が腕を流れ、思わず、顔をしかめた。荒い呼吸を繰り返しながら、唸りをあげて首を持ち上げ、目を剥いた。両腕と両足が、太い縄で縛られている。
訳も分からず、茫然と眺めているとき、不意に男の声が聴こえた。
「よお、目が覚めたみたいだな」
視界の膜が一気に剥がれ、新崎は声の主へと視線をあげた。
まず、目についたのは、自衛官が履くブーツの爪先、次に迷彩柄のズボン、その先にあったのは、岡島浩太の仏頂面だった。
「お......岡島......か?なら、ここは......あの世ではないのか?」
浩太は、鼻を鳴らして返す。
「出来ることなら、今すぐにでも逝かせてやりたいけどな。アンタには、確認しなきゃいけないことが山程あるんだ、そう簡単に死ねるなんて思うなよ」
自嘲気味に唇を吊った新崎の顔面を、何かが覆った。
唯一、自由の利く首を振って噛み付き、視界を塞ぐ布を顔から外す。突然の事態に反応が遅れ、盛大に咳き込む新崎に構わず、浩太が訊いた。
「アンタの上着だ。言っている意味は分かるか?」
涙に滲んだ両目をうっすらと開く。そこで、浩太の右手に掴まれているものに気付いた。野田から連絡用にと渡されていた衛生電話だ。
新崎の顔色が明らかに変わった瞬間を見逃さずに、浩太は自身の右手を一瞥する。
「......高卒で学のない俺には、これが一体なんなのかよく分からない。だから、アンタの口から聞かせてくれないか?」
ぎりり、と歯軋りを交えた新崎は、横たわった態勢のまま顔を逸らす。
途端、浩太は激昂して新崎の腹部を踏みつけ、鈍痛に呻く新崎を低い声で責め立てる。
「良いか?俺は、アンタがこれを、どういった理由と目的で持っていたか、それだけを聞いてんだよ。他のリアクションは求めていない」
噎せかえる新崎だが、決して口を割ろうとはしていない。それは、浩太も充分に理解した。
その上で、浩太は言葉を続ける。
「アンタが寝ている間に、軽く携帯を調べさせてもらった。着信の履歴や発信の履歴、アドレス帳やメールに至るまでことごとく消してある。ここまで几帳面なら、蔓延る死者達と、なんらかの関係があるとみて、まず、間違いないよな?そして、アンタがこれを持っていたということは、少なからず、繋がりをもっているってことだ」
一つ一つ、確認するような口調で語る浩太を、新崎は黙然と見上げた。互いに喋らない奇妙な時間だけが過ぎていく。
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