297 / 419
第2話
しおりを挟む
今すぐにでも脱兎の如く逃げ出したくなる。いっそのことなら、死ぬべきなのではないだろうか。過った矛盾を胸に、新崎は布団でも剥がしとるように、死者を身体からはね除けた。全身を濡らす血液が、前髪から滴り落ち、薄く開いた目に入るが、瞬きすらも煩わしい。
首をあげ、迫り来る死者を一見し、右膝を軽く曲げ、起き上がろうとした寸前、新崎は四階のエレベーターホールから人影が飛び出すのを確かに視認した。見慣れた迷彩色、聞き慣れた銃声、なによりも、その姿は、長年、共に訓練を受けてきた男のものだった。
「お......岡島......か?」
咆哮する大勢の死者を引き連れ、岡島浩太は身を翻す。そして、アパッチもまた、その姿を追ってプロペラの回転数をあげた。上昇していく機体を、仰向けのまま眺めていた新崎は、小さく笑い始める。
とても、一時であろうと、命を諦めた男には見えないだろう。
「なんて皮肉だ......なんて皮肉だよ、神様......俺に、こんな......もう一度、優奈に会えるって希望を与えるなんてよ......こんな惨めな姿を......一人娘に晒せってのかよ!」
唇に血が滲むほど、奥歯を噛んだ。
悔しかった。情けなかった。僅かな希望を垣間見ただけで、これほど命に執着してしまう。償える筈もない命の重さを背中に受けて、生きていくことなど出来るのだろうか。
いや、もう、考えている場合ではない。こうなれば、どんな泥濘を啜ってでも生き延びる。そして、もう一度、もう一度、新崎優奈をこの腕に抱き締める。
アパッチが崩れていく。その様を見送り、新崎は決意を新たにした。どれだけ惨めだろうと、必ず、この地獄を切り抜けてやる。大量の死者が、屋上から墜落したアパッチ目掛けて階段をかけ降りていく。すべての足音が途切れると、深く息を吸って呼吸を整え、身体をゆっくりと起こしていく。痛みはあるが、動けないほどではなさそうだ。
その時、四階のエレベーターホールから四人組の男女が現れた。一人は、まだ幼い少女、もう二人は高校生ほどの男女に見える。そして、最後の一人、迷彩に身を包んだ壮年の男が銃を構えている。新崎は、瞬間的に答えを導きだし、乾いた喉を震わせた。
「佐伯......お前なのか......?佐伯......助けてくれ......」
その声にいち早く気付いたのは、少年だった。先頭を歩いていた自衛官の肘をつかんで、聞き取れない声量で何かを伝えている。全身に残った力のすべてを喉に込めて、新崎は叫んだ。
「佐伯......!俺だ......!助けてくれ......さえ……!」
新崎の意識は、電源が切れたかのように途絶えた。そこから先の記憶は、すっぱりと途絶えている。僅かに残った感覚は、誰かに腕を引かれたであろう痛みだけだ。
首をあげ、迫り来る死者を一見し、右膝を軽く曲げ、起き上がろうとした寸前、新崎は四階のエレベーターホールから人影が飛び出すのを確かに視認した。見慣れた迷彩色、聞き慣れた銃声、なによりも、その姿は、長年、共に訓練を受けてきた男のものだった。
「お......岡島......か?」
咆哮する大勢の死者を引き連れ、岡島浩太は身を翻す。そして、アパッチもまた、その姿を追ってプロペラの回転数をあげた。上昇していく機体を、仰向けのまま眺めていた新崎は、小さく笑い始める。
とても、一時であろうと、命を諦めた男には見えないだろう。
「なんて皮肉だ......なんて皮肉だよ、神様......俺に、こんな......もう一度、優奈に会えるって希望を与えるなんてよ......こんな惨めな姿を......一人娘に晒せってのかよ!」
唇に血が滲むほど、奥歯を噛んだ。
悔しかった。情けなかった。僅かな希望を垣間見ただけで、これほど命に執着してしまう。償える筈もない命の重さを背中に受けて、生きていくことなど出来るのだろうか。
いや、もう、考えている場合ではない。こうなれば、どんな泥濘を啜ってでも生き延びる。そして、もう一度、もう一度、新崎優奈をこの腕に抱き締める。
アパッチが崩れていく。その様を見送り、新崎は決意を新たにした。どれだけ惨めだろうと、必ず、この地獄を切り抜けてやる。大量の死者が、屋上から墜落したアパッチ目掛けて階段をかけ降りていく。すべての足音が途切れると、深く息を吸って呼吸を整え、身体をゆっくりと起こしていく。痛みはあるが、動けないほどではなさそうだ。
その時、四階のエレベーターホールから四人組の男女が現れた。一人は、まだ幼い少女、もう二人は高校生ほどの男女に見える。そして、最後の一人、迷彩に身を包んだ壮年の男が銃を構えている。新崎は、瞬間的に答えを導きだし、乾いた喉を震わせた。
「佐伯......お前なのか......?佐伯......助けてくれ......」
その声にいち早く気付いたのは、少年だった。先頭を歩いていた自衛官の肘をつかんで、聞き取れない声量で何かを伝えている。全身に残った力のすべてを喉に込めて、新崎は叫んだ。
「佐伯......!俺だ......!助けてくれ......さえ……!」
新崎の意識は、電源が切れたかのように途絶えた。そこから先の記憶は、すっぱりと途絶えている。僅かに残った感覚は、誰かに腕を引かれたであろう痛みだけだ。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる