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第17話
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「これ......手動で空きますかね?」
「ああ、それは問題ないと思うぜ。こういう設備の出入り口は、大体がボタンで操作してる。このショッパーズモールじゃあ、電気は停まってるから、ボタンって選択肢は消える」
「じゃあ、あの警報ベルは......?」
「警報系統は、個別の電化になるから、停まってても鳴るもんだぜ、と......」
言いながら、真一はしゃがみこんで下部の隙間に指を差し込んだ。少し力を込めるだけで、シャッターが僅かに軋み、渋面する。音に反応し、死者が集まる場合を憂慮しているのだろう。立ち上がり、祐介へ訊いた。
「なあ、このシャッターの奥には、まず自動扉があるよな?」
質問の意味が分からず、祐介は首を傾けると、はあ、そうですが、と気のない返事をする。その返しに、真一は黙然と足元を眺めだし、しばらくの後に言った。
「一気に開けて、すぐさま自動扉を蹴破りシャッターを降ろす。それとも、ここは諦めて別の入り口を探す。どっちが良いか決めていいぜ?」
唖然とした表情だった祐介は、ほんの少しだけ間を空けて短く笑った。
「......聞く必要ありますか?それ?」
「だろうな。じゃあ、やろうぜ」
互いに同じ態勢になり、目線を合わせて頷きあうと、一息にシャッターを押し上げた。
※※※ ※※※
一人戦車に残った阿里沙は、鬱々としたものを胸に抱えたまま、膝を丸めた。
この感情は、一体なにを意味しているのだろう、いいや、本当はわかっている。このわだかまりは、達也に向けられているものだ。
阿里沙には、なぜ祐介が達也を許せるのか理解できなかった。そもそも、こんな場所に来なければ、彰一は死なずに済んだのではないだろうか。そうなると、彰一が犠牲になった理由に、達也が絡んでいると思えてしまう。こんな考えは、もちろん、逆恨みだ。加えて、穴生で人を信じないのは、我が儘だとも口にしているし、その自覚もある。けれど、やはり、達也に対しての不信が拭えない。
頭にちらつくのは、いつだって彰一の顔だ。そして、その記憶に影を落としていくのは、達也の顔だった。それがとてつもない佞悪を招いてしまい、結果、これからの趨勢を顧慮してしまう、そんな自身の内面が酷く不気味だった。
どうしてだ。どうして、こんなにも達也のことが信じられないのだろう。
穴生での一件が関係しているから、許せないのか。はたまた、彰一を失った悲しみの延長にある情緒になるのか。
「違う......違う!違う!」
沸き上がる怒りを堪えきれず、阿里沙は戦車の内壁に拳を叩きつけ、音に驚いた加奈子が、大きく目を見開いた。
はっ、と意識を取り戻したのは、心配そうに歩み寄った加奈子が、阿里沙の肩に触れた時だった。
「......ごめん、ごめんね?大丈夫、大丈夫だから......」
こんなとき、言葉を出せない加奈子が傍にいるからこそ、自問の時間が増えてしまう。自分と向き合うことは、意外と辛いことで、なによりも、まだ社会に出ていない阿里沙は、経験に乏しく、決定的な事実に達するまで、思考が巡ってしまう。
そして、決定的な瞬間は、唐突に訪れる。加奈子を安心させようと、抱き寄せると、これまでとは明らかに差異のある感情が芽生えたのだ。阿里沙は、戸惑いながらも、ある結論に達する。
「......そっか、そうだったんだ」
認める他にない。これならば、達也への強い憤りも納得がいく。彰一の顔が浮かぶことに対しても、得心することができる上に、体験もない。
「あたし......いつの間にか......彰一君のことが......」
それから先は、加奈子の耳に届かないほどに細く弱々しい呟きとなり、冷たい壁に吸い込まれていった。沸き上がる感情というものは、いつでも、どこでも、どんなときでも不意討ちだ。
「ああ、それは問題ないと思うぜ。こういう設備の出入り口は、大体がボタンで操作してる。このショッパーズモールじゃあ、電気は停まってるから、ボタンって選択肢は消える」
「じゃあ、あの警報ベルは......?」
「警報系統は、個別の電化になるから、停まってても鳴るもんだぜ、と......」
言いながら、真一はしゃがみこんで下部の隙間に指を差し込んだ。少し力を込めるだけで、シャッターが僅かに軋み、渋面する。音に反応し、死者が集まる場合を憂慮しているのだろう。立ち上がり、祐介へ訊いた。
「なあ、このシャッターの奥には、まず自動扉があるよな?」
質問の意味が分からず、祐介は首を傾けると、はあ、そうですが、と気のない返事をする。その返しに、真一は黙然と足元を眺めだし、しばらくの後に言った。
「一気に開けて、すぐさま自動扉を蹴破りシャッターを降ろす。それとも、ここは諦めて別の入り口を探す。どっちが良いか決めていいぜ?」
唖然とした表情だった祐介は、ほんの少しだけ間を空けて短く笑った。
「......聞く必要ありますか?それ?」
「だろうな。じゃあ、やろうぜ」
互いに同じ態勢になり、目線を合わせて頷きあうと、一息にシャッターを押し上げた。
※※※ ※※※
一人戦車に残った阿里沙は、鬱々としたものを胸に抱えたまま、膝を丸めた。
この感情は、一体なにを意味しているのだろう、いいや、本当はわかっている。このわだかまりは、達也に向けられているものだ。
阿里沙には、なぜ祐介が達也を許せるのか理解できなかった。そもそも、こんな場所に来なければ、彰一は死なずに済んだのではないだろうか。そうなると、彰一が犠牲になった理由に、達也が絡んでいると思えてしまう。こんな考えは、もちろん、逆恨みだ。加えて、穴生で人を信じないのは、我が儘だとも口にしているし、その自覚もある。けれど、やはり、達也に対しての不信が拭えない。
頭にちらつくのは、いつだって彰一の顔だ。そして、その記憶に影を落としていくのは、達也の顔だった。それがとてつもない佞悪を招いてしまい、結果、これからの趨勢を顧慮してしまう、そんな自身の内面が酷く不気味だった。
どうしてだ。どうして、こんなにも達也のことが信じられないのだろう。
穴生での一件が関係しているから、許せないのか。はたまた、彰一を失った悲しみの延長にある情緒になるのか。
「違う......違う!違う!」
沸き上がる怒りを堪えきれず、阿里沙は戦車の内壁に拳を叩きつけ、音に驚いた加奈子が、大きく目を見開いた。
はっ、と意識を取り戻したのは、心配そうに歩み寄った加奈子が、阿里沙の肩に触れた時だった。
「......ごめん、ごめんね?大丈夫、大丈夫だから......」
こんなとき、言葉を出せない加奈子が傍にいるからこそ、自問の時間が増えてしまう。自分と向き合うことは、意外と辛いことで、なによりも、まだ社会に出ていない阿里沙は、経験に乏しく、決定的な事実に達するまで、思考が巡ってしまう。
そして、決定的な瞬間は、唐突に訪れる。加奈子を安心させようと、抱き寄せると、これまでとは明らかに差異のある感情が芽生えたのだ。阿里沙は、戸惑いながらも、ある結論に達する。
「......そっか、そうだったんだ」
認める他にない。これならば、達也への強い憤りも納得がいく。彰一の顔が浮かぶことに対しても、得心することができる上に、体験もない。
「あたし......いつの間にか......彰一君のことが......」
それから先は、加奈子の耳に届かないほどに細く弱々しい呟きとなり、冷たい壁に吸い込まれていった。沸き上がる感情というものは、いつでも、どこでも、どんなときでも不意討ちだ。
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