感染

saijya

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第20部 真相

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    人間という種族がもっとも優れた箇所はどこだろう。多くの人は、頭脳だと答えるだろう。
    動物には出来ない計算、多数の言語、それらですら、人間が編み出してきたものの一つに過ぎない。
 加えて、思い込みの力すら、動物にも負けてはいない。パブロフの犬という実験では、餌を与える前に、必ず、ある音を聞かせていた。結果、その音を聴いた犬の唾液の量が増加した。これは、犬の思い込みの力だろう。同様に、人間でも、思い込みをしてしまう時がある。他力本願という言葉があり、他人の力を借りて、なにかを成し遂げる、という使い方。実のところ、この使い方を正しくはない。本当は、仏の本願を頼って成仏する、という意味だ。
 多くの人は、恐らく、前者の意味で口にしているのではないだろうか。それこそが、思い込みの力だろう。下手に知恵のある人間は、そういった間違いに気づかずに、日々を過ごしている場合が多く、また、それを周囲が受け入れていく。
 まるで、言葉すらも感染していくようじゃないか、と田辺は胸中で呟いた。
 車内の窓は、厚みのあるスモークで覆われて、水中で目を開いたような景色しか見えてこない。場所を探ろうと、黒服に声を掛けてはみたものの、返ってきたのは、黙っていろ、の一言だけだった。
    このまま、車が沈んでしまいそうな程に重苦しい空気が流れている中、田辺が考えていたのは、さきほどの、思い込みの力の事だ。
 野田が、自身の復讐に駆り立てられている理由が思い込みの力によるものであれば、まだ、付け入ることは出きるだろう。しかし、なにかしらの動きが加わっている場合もある。今になって、こんなことに思考を割っても、どうしようもないのだが、こうでもしなければ、田辺自身、壊れてしまいそうだった。
 それは、浜岡も同じだ。隠してはいるが、少しでも気を緩めれば、即座に膝が笑ってしまうのだろう。右の膝頭を左右の手で抑え、笑顔を崩すこともしていない。動じてすらいない素振りをしているのは、斎藤だけだった。怒りのこもった鋭さと、今にも火を吹きそうなほどの視線は、終止、三人の誰かに向けられている。
    毎日、警察として現場の最前線に立ち続けた斎藤ならば、この男達の隙を発見してくれるかもしれない、そんな淡い期待を抱いていた田辺のこめかみに、またしても、あの感触を押し付けられた。

「おい、下手なことを考えるなよ。俺達は、お前らを届けさえすれば、ビジネスとして成立するんだ。お互い、ハッピーでいられる時間を、せいぜい楽しもうぜ」

「ハッピーな時間......それは、とても良い時間ですねえ......」

 男が浜岡を一瞥すると、銃口は田辺のこめかみから離れ、今度は浜岡の額に当てた。

「俺はあの男に言ってんだよ!余計な話をするな!」 

「......それはそれは、なんとも失礼しました。ですが、我々はきっと殺されてしまいますよね?」

「それを決めるのは、俺達じゃなく、後ろを走ってる奴だ。まあ、アンタラには悪いが命の保証はないな」

「そうですか。それは、本当に残念です。ハッピーな時間を過ごしたいと思い、こうして口を開いてみたのですが......」

 田辺から窺える位置で、男の唇が僅かに震える。

「......なんかお前......さっきから、結構、癪に触る話し方しやがるな......」

「そうですか?それは、すみません。なにぶん、こういった話し方なので......」
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