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第17話
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次の瞬間、安部の眼球を抉りだし、それを一つ口に含んで咀嚼する。顎で潰せば、やけに塩気の強い液体が球体から吹き出して、口内に広がっていく。
東は、年代物のワインでも味わうかのように、舌で転がして、鼻から抜ける風味すら目を閉じて鋭敏に感じ取っていった。一つを胃袋に入れるのに数分を費やし、続け様、残った眼に指をいれて引き摺りだし、同じように嚥下する。
予想外の痛みに悶えているのか、使徒のなった安部は、これまで以上に暴れだすも、まるで子供をあやすような優しい手付きをもって、そっ、と安部の右手を捕まえて口を開く。
「暴れんなよ。これで、ようやく二人は一人になれるんだ。嬉しいのは分かるけどよ、もう少しだから、大人しくしていてくれ......」
安部は、首を腹で持ち上げ、東の左手を狙うが、機能を失っているであろう右手で額を落とされた。
両目の穴から溢れでる夥しい量の血液が涙のように感じられ、東は口角をあげた。
「ああ、勿論、俺も嬉しいよ......安部さん......」
以前、東は、カニバニズムを理解できないと口にしたが、今なら理解出来る。
真相心理の奥で、これまでの食人者は、全員とは言わないが、寂しさを内側に抱えた人物もいたのではないだろうか。理解されない苦しみ、他者から離れられるという比喩にもできない精神的苦痛、それらから逃れる為に、自分の魂は、一人ではないと信じるために、誰かを自身の中に捕らえておきたかったのではないだろうか。
そう考えれば、おのずとネクロフィリアにも説明がついてくる。いや、そういった異常者全て、根底は同じなんじゃないか。
つまり、俺もそういうことなんだ。
東は、鎌首をあげて安部の腹部に食らい付いた。腹を破り、渾身の頭突きで胸骨を割り、剥き出しになった心臓へ歯を立てる。使徒に転化した状態では、果たしてどちらか判断はつかないのだが、安部の沈痛そうな眼差しと悲鳴が、東にとっては悲壮にしかならない。
頑張れ、負けるな、強くなれ。そう安部は訴えてきているのだ。
口元を真っ赤に染めた東が、安部の腹部から顔をだして囁くように言った。
「ああ......俺と安部さんが一つになれば、絶対に誰も手出しなんざ、出来ねえよ」
世の中に蔓延る主義や思想、思念や理想、そういったものは、所詮、群れの考えに過ぎない。群れが散らばれば、固になり力を失ってしまう。一つの身体に二つの人間、これがどれだけ強いものか、教えてやる。
東が再び、臓器に噛みついた時、異変が起きる。腹部から頭にかけて、異常なほどに体内温度が上昇していく。それが、全身に回ると、今度はグチャグチャに潰れた右手に、激痛が走り始める。
痛みが駆け巡り、東は痛苦にもんどりうって腹に抱えた。
「ぐ......ぎぃ......ぐぎぃぃぃぃぃ!」
泳ぐように両足を上下させ、床に額を擦り付ける。
意識はある、しかし、この焼かれるような感覚は、それすらも根刮ぎ奪いさってしまいそうだ。
「痛い......!痛い痛い痛い痛い痛い!いてえぇぇぇぇ!」
痛みが引き始めるまでの数分が、途方もない時間に感じられる。そんな中、東は脂汗を溜めたまま、腹に抱えた自分の右手へ恐る恐る視線を伸ばし、目を見開いた。
あれほど損傷した右手、中指と薬指から真っ二つたつに裂けた右手が、何事もなかったかのように、元に戻っていた。
「あ?どういうこった......こりゃあ......?」
ゆっくりと、左手で触ってみる。骨があり、爪もある。次いで力を入れてみれば、痛みが少し残っているものの、問題なく動く。それに、頭に巣食う羽虫もいなくなっていた。
東は、自身の右手に起こった奇妙な現象を理解も出すぎに呆然と見詰めたまま、しばらくの間、立ち上がることすら出来なかった。
東は、年代物のワインでも味わうかのように、舌で転がして、鼻から抜ける風味すら目を閉じて鋭敏に感じ取っていった。一つを胃袋に入れるのに数分を費やし、続け様、残った眼に指をいれて引き摺りだし、同じように嚥下する。
予想外の痛みに悶えているのか、使徒のなった安部は、これまで以上に暴れだすも、まるで子供をあやすような優しい手付きをもって、そっ、と安部の右手を捕まえて口を開く。
「暴れんなよ。これで、ようやく二人は一人になれるんだ。嬉しいのは分かるけどよ、もう少しだから、大人しくしていてくれ......」
安部は、首を腹で持ち上げ、東の左手を狙うが、機能を失っているであろう右手で額を落とされた。
両目の穴から溢れでる夥しい量の血液が涙のように感じられ、東は口角をあげた。
「ああ、勿論、俺も嬉しいよ......安部さん......」
以前、東は、カニバニズムを理解できないと口にしたが、今なら理解出来る。
真相心理の奥で、これまでの食人者は、全員とは言わないが、寂しさを内側に抱えた人物もいたのではないだろうか。理解されない苦しみ、他者から離れられるという比喩にもできない精神的苦痛、それらから逃れる為に、自分の魂は、一人ではないと信じるために、誰かを自身の中に捕らえておきたかったのではないだろうか。
そう考えれば、おのずとネクロフィリアにも説明がついてくる。いや、そういった異常者全て、根底は同じなんじゃないか。
つまり、俺もそういうことなんだ。
東は、鎌首をあげて安部の腹部に食らい付いた。腹を破り、渾身の頭突きで胸骨を割り、剥き出しになった心臓へ歯を立てる。使徒に転化した状態では、果たしてどちらか判断はつかないのだが、安部の沈痛そうな眼差しと悲鳴が、東にとっては悲壮にしかならない。
頑張れ、負けるな、強くなれ。そう安部は訴えてきているのだ。
口元を真っ赤に染めた東が、安部の腹部から顔をだして囁くように言った。
「ああ......俺と安部さんが一つになれば、絶対に誰も手出しなんざ、出来ねえよ」
世の中に蔓延る主義や思想、思念や理想、そういったものは、所詮、群れの考えに過ぎない。群れが散らばれば、固になり力を失ってしまう。一つの身体に二つの人間、これがどれだけ強いものか、教えてやる。
東が再び、臓器に噛みついた時、異変が起きる。腹部から頭にかけて、異常なほどに体内温度が上昇していく。それが、全身に回ると、今度はグチャグチャに潰れた右手に、激痛が走り始める。
痛みが駆け巡り、東は痛苦にもんどりうって腹に抱えた。
「ぐ......ぎぃ......ぐぎぃぃぃぃぃ!」
泳ぐように両足を上下させ、床に額を擦り付ける。
意識はある、しかし、この焼かれるような感覚は、それすらも根刮ぎ奪いさってしまいそうだ。
「痛い......!痛い痛い痛い痛い痛い!いてえぇぇぇぇ!」
痛みが引き始めるまでの数分が、途方もない時間に感じられる。そんな中、東は脂汗を溜めたまま、腹に抱えた自分の右手へ恐る恐る視線を伸ばし、目を見開いた。
あれほど損傷した右手、中指と薬指から真っ二つたつに裂けた右手が、何事もなかったかのように、元に戻っていた。
「あ?どういうこった......こりゃあ......?」
ゆっくりと、左手で触ってみる。骨があり、爪もある。次いで力を入れてみれば、痛みが少し残っているものの、問題なく動く。それに、頭に巣食う羽虫もいなくなっていた。
東は、自身の右手に起こった奇妙な現象を理解も出すぎに呆然と見詰めたまま、しばらくの間、立ち上がることすら出来なかった。
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